◆地球温暖化が深刻化すると共に海にも変化が起きている
温暖化と言うとまず「気温の上昇」に注目が集まりますが、実は、近年温暖化によって地球全体で蓄積された熱の9割以上は海が吸収しているとされるほど、海が重要なカギを握っています。
そして、海に起きている変化は、私たちの身近な所にも様々な被害をもたらします。
例えば、去年の7月に熊本県の球磨川流域をはじめ各地で記録的な豪雨による水害が起き、3年前のこの時期には西日本豪雨があったように、近年観測記録を更新するような大雨が相次いでいる背景には「海水温の高さ」があると指摘されています。実際、日本近海の海水温も上昇し続けています。
水温が高くなると、蒸発して大気に含まれる水蒸気が多くなるため、大雨が降りやすくなると考えられ、今後も温暖化によってさらに災害の激甚化が予想されています。
◆二酸化炭素の増加で気候変動が進むにつれて海に起きる変化はそれだけではない
海面の水位が上昇し、高潮などの危険が増すことも知られていますが、他にも、水中の酸素が減ってしまう「貧酸素化」=言わば酸素欠乏と、海の「酸性化」もあります。これらは水温上昇とあわせて海の生態系への「三大ストレス」になるとも指摘されています。
酸素の欠乏は、水温が上がると水中に溶け込める酸素の量が減ることなどから起き、呼吸している魚など海の生き物には深刻な問題になります。
海の酸性化は温暖化と並行してやはり大気中の二酸化炭素の増加が原因になります。二酸化炭素が水に溶けると炭酸飲料などで知られる「炭酸」ができます。海水は元々ややアルカリ性なので、このアルカリ性が弱まって「酸性寄り」にシフトしていく、というのが海洋酸性化です。今年3月に発表された最新のデータでも、長期的に日本近海の海水のpHはこのように下がり続けていて、既に酸性化が進んでいることが確かめられています。
◆海の酸性化は何が問題?
酸性化は貝やサンゴ、エビやカニなど“殻を作る生き物”(※専門的には「石灰化生物」とも)の生存に関わる問題です。貝殻やサンゴ礁は主に「炭酸カルシウム」という物質で出来ていますが、これは酸に溶けやすい性質があるので、海の酸性化が進むと溶けやすくなったり、そこまでいかなくても十分形成出来なくなってしまいます。
アメリカ西海岸では2000年以降、養殖されていたカキの幼生が大量死して、原因に海水の酸性化があったとも報告されています。
◆水産業の被害が懸念される
先月、北海道大学などの研究グループが、この酸性化と水温の上昇などが複合的に影響することで、将来水産業に深刻な影響が出るおそれがあると発表しました。具体的にはホタテ貝とエゾバフンウニが想定されました。
水中写真の黄色い筒の中には水温や酸性度などの測定器が入っていて、研究グループは実際の海中で数年にわたり実測すると共に、温暖化の影響をシミュレーションしました。CO2の大幅削減をしないと今世紀末には左のグラフのように水温が上がって、夏場はホタテ貝やウニにとって危険と見られる23℃以上になるとわかりました。
右のグラフは酸性化の指標で炭酸カルシウムの殻のできやすさを示しています。こちらは逆に冬場に殻の形成に悪影響が懸念される「黄色信号」と言える状態になるとわかりました。
大気中の二酸化炭素濃度が同じなら水温は低い方が水中に溶け込み易いため、酸性化は深刻になるのです。
つまり、温暖化が進むにつれて夏場は水温の上昇で厳しい環境になり、冬場はCO2増加による酸性化の影響が強まって殻の形成に不向きになる。ほぼ通年にわたって問題が生じるということになります。研究グループの代表である北海道大学の藤井賢彦准教授は、「このまま温暖化や酸性化が進むと、将来ホタテやウニだけでなく他の貝類やエビ・カニなども深刻な打撃を受ける恐れがある」と言います。
◆海の異変はよそでも起きる
全国で見てもカキやアサリ、カニなど殻を持つ魚貝類は各地域の重要な水産資源ですから、将来的に大きな影響が懸念されます。
今日の「注意ポイント」は、このままだと将来、なじみのお寿司が食べられなくなるかもしれない!?と専門家は指摘しています。酸性化によって貝類やエビ・カニの漁獲が減ると見られる上、水温の上昇でサケ・マスなどの魚やその卵のイクラなども日本近海であまり獲れなくなっていく恐れがあるためです。
そして、世界全体でも気候変動の漁業への影響は、一昨年、IPCC=気候変動に関する政府間パネルが特別報告書の中でまとめていて、今世紀末には漁獲可能な魚の量が最大で20%以上減少するとしています。
◆水温が上がったらもっと寒い北の海へ移動すればいいのでは?
水温だけ考えても、生き物が生息地を変えて行くには時間がかかるので、現在の急速な温暖化に適応できるとは限りません。
また酸性化は、大気中のCO2が増えると逆に水温が低い北の海から影響が強まります。そのため、酸性化で特にダメージを受ける貝類など石灰化生物は、南からも北からも行き場を失ってしまいます。代表的なのがサンゴで、このままでは将来、世界のサンゴ礁はほぼ消滅してしまうとも予測されています。
◆対策はどうしたらいい?
北海道のホタテやウニに関しては、藤井さんたちは、酸性度を調整した水槽を用意して幼生の間だけでもそこで育ててから海に入れるなどすれば、ある程度の適応が可能とは見ていますが、これには大変な手間とコストもかかります。深刻な影響を避けるには、結局はCO2を大幅に減らし、脱炭素社会をめざす必要があると考えられます。
今年は、新型コロナウイルスの影響で延期されていた温暖化対策の国連の会議・COP26が11月に開かれますが、世界各国が足並みを揃えて対策を進められるか?こうした面からも問われています。
(土屋 敏之 解説委員)
この委員の記事一覧はこちら