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「変わる!? 早期退職」(みみより!くらし解説)

片岡 利文  解説委員

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■会社とサラリーマンとの関係がどう変わってきているのか、
20代30代の比較的若い世代と、40代以降の中高年世代、それぞれに起きている変化について考える。
■まず、中高年世代にとっての早期退職と言えば、早期・希望退職制度。
 主に人件費の高い40代以降の中高年サラリーマンを対象に、「退職金を割り増ししますから定年前に会社を辞めてくれませんか」と退職希望者を募る仕組み。
大手調査会社によれば、去年2020年はコロナ禍の影響も大きく、早期・希望退職の募集をかけた会社の数は上場企業だけで93社。前の年の2.6倍に跳ね上がった。

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■注目したいのは、この93社の中で、大手広告代理店の電通が導入した、これまでとはちょっと違う早期・希望退職制度。
従来型の早期・希望退職制度では、割り増しの退職金をもらって会社を早期退職したら、基本的に会社との関係はそこで終わる。
一方、電通の制度では、割り増しの退職金を受け取って早期退職したあと、電通が新たに作った子会社と個人事業主として契約を結ぶ。
そして、退職前の給料から算定された報酬を、65歳になるまでの最長10年間、子会社から受け取ることができる。
 早期退職者には、新たなビジネスになるような企画を子会社に定期的に提案するなどのノルマはあるが、それはそれとして「収入はある程度下支えしますから、その間に自分がやりたかった好きな仕事を軌道に乗せてください」という、辞めた後を支える早期退職制度だ。

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■もちろん会社にとっては慈善事業ではなく、社会保険料や年金などの負担がなくなるので、この制度を導入しても、退職者が定年まで残った場合に比べて、コストを半分程度に           押さえることが出来るという。一方、退職者は収入をある程度保障してもらえるものの、雇用関係がなくなって個人事業主になるので、会社に面倒を見てもらっていた費用は自分で負担しなければならない。それでも募集に手を挙げて会社を辞めた人は229人いた。

■そのひとり、51歳の正源司剛さんは、いま島根県で農家になるための研修を受けている。
 会社を辞める前は、部長を務めていた。
 元々地方の農業を支える仕事をしたいという思いはあったが、娘2人の教育費の心配もあり、定年まで勤め上げるしかないとあきらめていた。しかし、辞めた後も収入が保障されるならと早期退職し、今年1月から農家に弟子入りしてイチゴの栽培を勉強している。実は弟子入り修行ということで、いま農業からの収入はゼロ。この制度による収入保障があるから農業修行に踏み切れた。

■今回の早期・希望退職制度には、もうひとつ注目したい特長がある。
退職すると会社時代の人間関係が切れて孤独に陥りやすいということをよく聞くが、この制度で退職した人たちは、子会社のもと、あたかもひとつのチームのようにつながって、それぞれの新しい仕事をうまく軌道に乗せられるよう助け合うしくみが作られた。

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■例えば、農家を目指す正源司さん、元広告マンらしく、イチゴのパッケージを新しいものに変えてはどうかと、地元のJAに話を持ちかけたが、その際、デザインをお願いしたのは、会社を一緒に早期退職してフリーのデザイナーになった仲間だった。
こうした、会社を出たシニアたちを結びつけて社会を動かす力にするための仕組み作りは、世界に先駆けて高齢化に直面している日本でこそ取り組むべき課題。

■一方、若い世代に目を向けると、20代、30代にとっての早期退職のキーワードは「FIRE(ファイアー)」。

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■Financial Independence, Retire Early、「経済的に自立して、早期退職する」という意味。会社を辞めても暮らしていけるだけの資産を自力でためたら、会社を自主的に早期退職  して、あとは好きなことをして生きていこう、という考え。20代から30代の若い世代の共感を得て、試みる人が増えているという。

■実際にFIREを目指している若者、23歳のらっしーさん(仮名)、今年4月、アウトドア製品を販売する会社に入社したばかりだが、50歳までに資産をためてサラリーマン  生活にさよならし、カメラ片手に世界を旅したいと考えている。
 そのために取り組んでいるのが、投資による資産運用。徹底して倹約生活をして収入の半分以上を投資に回し、資産を増やそうと試みている。

■注目したいのは、なぜこういう生き方を選択する若者がでてきているのか、ということ。その一端を物語るデータがこちら。去年民間企業が行った、就活を考えている大学生の意識調査だ。

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■入社して5年以内に退職・転職する予定と答えたのが58.9%、
自分が就職した会社が65歳になる頃にはなくなると思うに「はい」と答えたのが35.1%。つまり、ひとつの会社で勤め上げるつもりはないし、そもそも会社はつぶれるものだと思っている、という人が就活を考えている大学生の中に少なからずいるということ。

■なぜ、こういう考え方になったのか。
そこで再び出てくるのが、番組の頭の方で見せた早期・希望退職を募集した上場企業のグラフ。この調査が始まった2000年からみてみると、ものすごい数の企業が早期・希望退職を募集してきた現実がわかる。

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■いまの20代30代の若者たちは、経済が危うくなると、会社は社員の面倒など見てくれないということをニュースで、あるいは身近な人たちの境遇で体感しながら育ってきた世代。つまり、若い世代の会社観は、こうした日本企業の失われた時代の映し鏡。

■日本の企業社会に対する、ある種の「失望の連鎖」、これをどのようにして「希望の連鎖」に変えていけるのか。人生百年時代の後半戦に突入した中高年世代も、若い世代が見て、ああいう風に生きてみたいと思ってもらえるようなモデルを、あきらめずに追求していかなければならないと感じる。

(片岡 利文 解説委員) 

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