NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「水素が支える!?脱炭素社会」(みみより!くらし解説)【取材後記あり】

土屋 敏之  解説委員

◆地球温暖化を食い止めるため、「2050年脱炭素社会」、そして「2030年には温室効果ガスを46%削減する」といった目標が打ち出されている中で、「水素」が注目されている

k210521_1.jpg

水素が注目されるのは、一言で言えば「燃やしても二酸化炭素を出さないクリーンエネルギー」だからです。例えば、既に「燃料電池車」と呼ばれる水素を燃料にした自動車の場合、水素と空気中の酸素を反応させて走りますが、この時できるのは水と電気エネルギー。走行時にCO2は出しません。
そして、この逆に水に電気エネルギーを与えて電気分解することで水素を作り出すこともできます。この電気を再生可能エネルギーで作るのが脱炭素社会に向けたポイントになります。

k210521_3.jpg

脱炭素社会を実現するには、CO2を最も多く出している発電所などエネルギー分野 でも排出ゼロをめざす必要がありますので、CO2を出さない再生可能エネルギーを増やしていく必要があります。
 しかし、太陽光や風力などの再エネは天候によって発電量が変動するため、再エネの割合が増えると電力供給が不安定になってしまう懸念があります。

k210521_7.jpg

そこで、電力の需要をここでは便宜上一定としていますが、再エネの発電量が需要より多い時は、その余った電気を使って水素を作りためておく、ということが考えられています。逆に再エネの発電量が足りない時は、ためておいた水素で発電します。つまり、水素を利用することで発電量が大きく変動しても安定させられる、言わば「電気をためる」役割としても注目されているのです。

◆電気が多い時にためておくというのは蓄電池のような役割?

k210521_9.jpg

蓄電と水素化は、再エネの変動を吸収することで普及拡大を支える2本柱とも言えます。
蓄電池で電気を貯めるのももちろん有力な方法で、私たちの家庭のレベルでは電気自動車などのバッテリーも蓄電池としても使えます。ただ、蓄電池にも課題があります。値段が高いこと以外にも、時間と共に自然に放電してエネルギーが減ってしまう性質があること、また製造にレアメタルが必要なこともあります。蓄電池は「長期間」「大量に」電気エネルギーをため続けていくには向いていない面もあるのです。
水素と蓄電池などは特徴が異なっているので、それをうまく組み合わせるとより効果的だと考えられています。

k210521_14.jpg

東北大学の津田理教授は、この水素と蓄電を組み合わせて再エネをためることで変動を安定させる研究を行ってきました。
再エネの発電量が電力需要よりも多い場合、何秒、何分といった短時間に変動する部分については、蓄電池などで電気を一時的にため素早く安定化させます。一方、だいたい10分以上の比較的ゆっくりした変動に対しては、水を電気分解して水素ガスを作りためておきます。さらに長時間になると、この水素を「水素吸蔵合金」という特殊な金属に吸収させることでガスよりコンパクトにして、安全にためておくことが出来ます。こうした水素と電気のため方のベストな組み合わせをコンピューターでリアルタイムで制御することで、再エネだけでも安定した電力供給が可能だとわかってきました。
コスト面などまだまだ色々課題はありますが、津田さんはこうした水素と蓄電技術をうまく組み合わせたシステムなどが普及していくことで、技術的には再エネ100%の社会も実現できると考えています。

◆水素の利用は、今後どう広がっていきそう?

k210521_15.jpg

ここまでは主に電気を使う手段としての水素を見てきましたが、それだけでなく直接、水素を燃料などに使う方法も開発が進んでいます。
例えば、トヨタはこれまでの燃料電池車とは別に、水素をエンジンで燃やして走る競技用車両を開発して24時間耐久レースに投入します。航空分野でも、ヨーロッパのエアバスは2035年までに水素を燃料にして飛ぶ飛行機の開発を掲げています。さらに、製鉄工場などでも利用が進みそうです。現在、鉄鉱石から鉄を取り出すのには石炭を使う必要がありますが、この石炭の代わりに水素を使う技術開発が世界的に進んでいて、日本鉄鋼連盟は2050年までにCO2排出実質ゼロをめざすと今年発表しています。

k210521_17.jpg

政府が年末にまとめた「グリーン成長戦略」でも水素を重要なエネルギーと位置づけています。2030年に最大300万トン、2050年には2千万トンもの導入目標を掲げていて、価格も現在の天然ガスなみのコストにすることを目指しています。
現在の水素エネルギーのコストは化石燃料の数倍しますので、これを技術革新や再エネの大量導入で余っている時に作ることなどで、世界的にもコストダウンへの取り組みが進んでいます。他に、水素は燃えやすいので扱いが難しいことや、軽くて密度が低い分、運んだり貯蔵するのに体積が大きくなって場所をとるという課題もあります。
こうした課題に対して例えば、水素を化学反応させて肥料などに使われる「アンモニア」 を作るという方法も研究開発が進んでいます。アンモニアは簡単に液体に出来てガスよりずっと体積を減らせますので海外から輸入するのにも使えますし、直接燃やしてもCO2を出さない燃料です。また、貯めておくには水素吸蔵合金などを使いコンパクトにすることもできます。
脱炭素社会を実現するのは容易なことではありませんが、こうした水素を活用する技術 や電気を貯める新たな技術などが進歩し普及していくことで、確実に近付いてくると思います。

(土屋 敏之 解説委員)


【取材後記】

脱炭素社会に向けて、電力と非電力エネルギーの両方で注目されているのが水素ですが、水素ガスは可燃性で体積も大きくなってしまうため、水素を活用するために、効率よく液化したり、また「水素キャリア」と呼ばれる物質の研究開発も進んでいます。放送で簡単に触れたアンモニアもこの水素キャリアの1つと位置づけることができますし、他にMCH(メチルシクロヘキサン)という液体の有機化合物なども検討が進んでいます。
エネルギーは本来、長距離輸送するよりも各家庭の屋根に太陽光パネルが普及するなど地産地消できる方が効率的で災害などにも強靱な社会につながる面がありますが、より早く、より低コストで世界全体が脱炭素社会を目指していく必要がある状況の中で、こうした水素キャリアをいかしたグローバルな再エネ供給網を作っていく、というのも1つの流れだと感じます。

キーワード

関連記事