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「スエズ運河座礁 背景とくらしへの影響は」(みみより!くらし☆解説)

梶原 崇幹  解説委員

アジアとヨーロッパを結ぶ海上交通の要衝、エジプトのスエズ運河で、日本の会社が所有する超大型のコンテナ船が座礁した事故で、運河の通航が再開して、1か月あまりが経ちました。エジプト政府が、船主である日本の会社に、高額な損害賠償を請求したため、事態の長期化が心配されているほか、物価などくらしへの影響も懸念されています。

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中国からオランダに向かっていた「エバーギブン」は、3月23日、紅海側から、スエズ運河に入り、まもなく座礁しました。
今回座礁した「エバーギブン」は、愛媛県の正栄汽船が所有し、台湾の会社が運航していて、全長はおよそ400メートル、幅およそ60メートルで、「メガコンテナ船」と呼ばれています。
スエズ運河のおよそ6割の区間は片側通航になっていて、座礁した場所は、その片側通航地点だったため、運河は通れなくなりました。一時は420隻を超える船が足止めされましたが、6日後に、通航できるようになりました。

Q)今回の座礁で日本にいるわたしたちのくらしにも影響があるんでしょうか。

A)今回の座礁で、世界的なコンテナ運賃に影響が出ました。

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これは中国の上海からアメリカに向かうコンテナの運賃の推移です。新型コロナウイルスの感染拡大で、各国の港湾施設の稼働率が落ちたり、巣ごもり需要で海上輸送が急増したりしたため、去年の夏ころから、コンテナ運賃が急上昇していました。日本でも、この時期に、木材や一部の果物、家畜の飼料などは、価格が上昇していたということです。今回の事故で、4月以降、コンテナ運賃が、さらに上がったものとみられます。
今回の事故が、わたしたちのくらしにどの程度、影響を与えるのか、まだ具体的なデータはありません。ただ、専門家は、今回の事故が、海上輸送のひっ迫に拍車をかけたとみています。

Q)離礁から1か月あまりが過ぎて、座礁の原因は分かってきたのでしょうか。

A)現在、エジプト政府などが調査にあたっています。日本の国会でも質疑が行われ、その中で、事故当時の操舵室のやり取りとされる会話が明らかにされました。

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そこからは、今回の事故をめぐって、3つの問題点が浮かび上がってきました。▼1つ目は、狭いスエズ運河にメガコンテナ船、▼2つ目は、水先人の「不可解な」指示、▼3つ目は、「法外」ともいわれる損害賠償額です。

① 「狭いスエズ運河にメガコンテナ船」

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これはスエズ運河の断面図です。運河の幅は313メートルですから、幅には余裕があるようにも見えます。しかし、スエズ運河の左右はスロープのようになっていて、もっとも深い部分の幅は120メートルしかありません。超大型船はこの120メートルの幅を通航する必要があるとされています。エバーギブンの幅は60メートルですから、左右に30メートルの余裕しかなく、慎重な操船が必要となります。

② 「『不可解な』水先人の指示」

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水先人とは、一般に水先案内人とも呼ばれ、危険を伴う海域を安全に航行するため、船に乗り込んで、船長に助言を行う専門家のことです。エジプトのスエズ運河庁は、水先人を独自に養成していて、運河を通行する船に、その中から指定した水先人を乗船させることを義務づけています。

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「エバーギブン」には、指定された2人の水先人が乗船しました。船の操舵室には、やり取りを録音する装置が備え付けられており、関係者に近い国会議員がそうした記録をもとに国会の質疑で明らかにしたところによりますと、この水先人は、船の速力を25キロに上げるよう指示したということです。運河庁の規則では、コンテナ船の速力は、時速16キロに制限されています。
そして、水先人が、座礁の前に、短時間の間に、「取り舵いっぱい」、「面舵いっぱい」と指示し、実際に、操舵手が、左右いっぱいに舵を切ったようだと指摘し、結果的に船は座礁しました。

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指摘が事実だとすれば、狭い運河を通航しているのに、なぜ、こうした指示を出したのか、理由はまだわかっていません。
当時は、風が強まり、現場付近では、砂嵐を伴う風速26メートルの非常に強い風が吹いていたということです。
早く運河を抜けようとしたところ、船体が壁に近づき、とっさの措置をとったのではないかという見方も出ていますが、大型船の操船に詳しい専門家の1人は、「ありえない指示だ」としています。

さらに、運河に入る前に、船長が、水先人に、天候が回復するまで通航を見合わせたいと相談したところ、水先人は、これを受け入れなかったとの指摘も出されました。

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ただ、スエズ運河の規則では、水先人や運河庁の職員の助言で起きた事故についても、すべて船主が責任を負うことが定められています。

③ 「『法外』ともいわれる損害賠償額」

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海事に詳しい日本の法律家は、スエズ運河庁が定めた料率で計算すれば、離礁にあたったタグボートや人件費は、10億円を超えることはないだろうと指摘しています。

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今回、スエズ運河庁は、正栄汽船に請求した損害賠償額は、およそ1000億円で、その中には救助費用に加えて、慰謝料も含まれるとしています。この中には、遅延が生じたほかの船の荷主などの賠償請求は含まれていないとみられています。正栄汽船側は、スエズ運河庁の請求に争う姿勢を示しています。
さきほどの海事に詳しい法律家は、「座礁した船を救助するのは、スエズ運河庁の本来業務であって、慰謝料請求など聞いたことがなく、請求額も法外だ」としています。

Q)今回のような事故が再び、起きる可能性はないのでしょうか。

A)専門家は再発の恐れを指摘しています。
それは、コンテナ船の超大型化が急速に進んでいるからです。

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このグラフは、世界でもっとも大きいコンテナ船の推移です。20年前は、コンテナを7000ほど積むことができる船が最大でしたが、いまでは、「エバーギブン」のように、2万以上のコンテナを積めるメガコンテナ船が次々と建造されています。コンテナを高く積み上げた船は、横からの風圧を受けながら狭い運河を通航することになり、事故の危険性は高まっています。

Q)事故が起きた場合、多額の賠償責任を負う可能性があるとすれば、海上輸送にとっては大きなリスクですね。

A)損害の大部分は保険で賄われるとみられます。
ただ、多額の損害賠償が先例になれば、年間、数千万円といわれる保険料にも影響するとみられています。
関係者の間では、早くも、スエズ運河を通航する場合、運賃や保険料を上乗せする「スエズ割り増し」が必要になるとの見方も出始めています。
運賃や保険料が高くなれば、わたしたちの物価や企業の運送費にも影響が及びかねません。
日本政府は、これまでのところ、裁判で現地に差し押さえられている「エバーギブン」を早期に運航を再開できるよう求めただけで、それ以上の動きは見せていません。
スエズ運河が世界の海上交通の要衝であることを考えれば、政府は、運河の安全な通航や、適切な賠償の水準について、国際社会に議論を提起するなど、積極的な働きかけが求められていると思います。

(梶原 崇幹 解説委員)

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