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「どうなるの?世界文化遺産 暫定リスト見直しへ」(みみより!くらし解説)

名越 章浩  解説委員

世界文化遺産への登録を目指す国内の候補地について、文化庁の審議会は、ユネスコへの推薦の前提となる「暫定リスト」を見直す際には、自治体への公募に基づくこれまでのやり方を改め、審議会が初めから検討すべきだとする答申をまとめました。
名越章浩解説委員が解説します。

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【暫定リストとは?】

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日本の文化財が世界遺産として登録されるためには、ユネスコに対して、事前に将来の世界遺産候補を示しておくことが基本になっています。それを一覧にまとめたものが「暫定リスト」です。
世界遺産には、文化遺産と、自然遺産、その両方の価値を備えた複合遺産がありますが、今回の暫定リストの見直しは、このうちの文化遺産の話です。
日本の場合、文化遺産の暫定リストには、今年の世界遺産登録を目指している「北海道・北東北の縄文遺跡群」を含め、現在あわせて6件が掲載されています。

【どう見直すの?】 
では、このリストがどうのように見直されるのでしょうか。

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文化審議会の世界文化遺産部会が、3月30日にまとめた答申によりますと、現在、暫定リストに載っている6件は、そのまま残りますが、推薦に向けた活動を一定期間、行っていない場合は、関係自治体の意向を確認したうえでリストから削除することもあり得る内容になっています。
そのうえで、自治体からの公募はしないという内容になっています。

そこで、きょうの「みみより!ポイント」はこれです。
「本来の目的は遺産の保護・保存」。
世界遺産って、観光面での効果が注目されがちですが、原点に返ろうということです。
詳しく説明する前に、まず、これまでの経緯を振り返っておきます。

【暫定リストの経緯】

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日本で初めて世界遺産が誕生したのは、法隆寺や姫路城が登録された平成5年のことで、そのころは、まだ公募制ではなく国主導で候補を決めていました。
それが、だんだん自治体からも手が挙がるようになってきて、平成18年度から19年度にかけて、公募を実施したという経緯があります。
当時、全国から30件以上の応募がありました。
この公募で、「富岡製糸場」や「富士山」など、あわせて9件が暫定リスト入りし、そのほとんどが、すでに世界遺産に登録されています。
このため、今後リスト入りを目指す自治体の間では、次の公募がいつなのか、関心が高まっていたのです。

【公募をやめるとどうなるの?】

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では、公募をやめると、次はどういう仕組みでリスト入りが決まるのかというと、文化審議会の世界文化遺産部会が中心となって、候補を検討することになっています。
要は、その道の専門家を中心に、学術的な価値や他国の登録例を踏まえながら、世界遺産にふさわしいものを選ぶというやり方です。
ただ、遺産を守っていくのは、これまでと同様、自治体や地域の人々が中心になります。
公募だと、自治体の声をそのまま届けられるというメリットがあります。
しかし、ともすると登録が目的化してしまい、登録後に自治体の担当課の体制が縮小したり、本来の目的の保存・継承の議論が暫定リスト入りの段階で十分でなかったりするケースもあったのです。
ですから、持続可能な保存や活用が見込まれる資産を、最初から専門家が選ぶほうが良いのではないか、となったわけです。

【世界遺産の課題も背景に】
こうした議論の背景には、世界遺産が抱える課題もあります。

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例えば、遺産を守っていくための担い手不足の問題です。
過疎化や少子高齢化などにより、特に地方の世界遺産では、将来的にどのように守り続けていくかが、課題になっています。
また、世界遺産に登録されると、「緩衝地帯」といわれる周辺地域も法律で保護され、管理も厳格に求められます。このため、例えば、新たな店舗やマンション建設など、周辺での開発計画が問題になったりしています。
将来的にまもっていけるビジョンを具体的に描けているかどうかが、これまで以上に問われているのです。
さらに登録される世界遺産も多様化しているという課題もあります。
例えば6年前に世界遺産登録された「明治日本の産業革命遺産」は、長崎県、福岡県、山口県など8つの県にまたがる23の資産で構成されています。
23資産の中には、1つだけを見ても、なかなかその世界的な価値が分かりづらいものもあります。
こういう形式の世界遺産は、「シリアルノミネーション・サイト」と呼ばれ、1つ1つの構成資産の単体に世界遺産としての価値がなくても良いのです。それぞれがストーリーでつながり、全体で世界遺産としての価値が証明できれば良いという世界遺産の考え方があります。
海外では、このシリアルノミネーションでの登録が増えていて、近年では、国をまたいで構成する世界遺産(トランスバウンダリー・サイト)も珍しくなくなりました。
東京・上野の「国立西洋美術館」(『ル・コルビュジエの建築作品:近代建築運動への顕著な貢献』)も、同じ建築家による、7か国にまたがる世界遺産として有名です。

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このように、自治体ごとに手を挙げる公募方式だと世界遺産としての価値を証明しづらい文化財であっても、最新の知見を持っている専門家が、最初から候補を絞った方が、世界遺産として保護される可能性が高まるというというわけです。

【世界遺産の原点を考える】
さらに、世界遺産の数は、全世界で1121件にのぼり、そもそも増えすぎではないのか?という意見もあり、登録の審査がより厳しくなっていることから、しっかりと、世界遺産の原点に立ち戻る必要もありました。
「みみより!ポイント」にあげた「本来の目的は遺産の保護・保存」です。

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1959年、エジプトのナイル川で大規模なダムの建設計画が起こり、古代エジプトの遺跡「アブ・シンベル神殿」が水没の危機に直面したときのことです。
このとき、ユネスコが遺跡の保護を世界に呼よびかけ、多くの国の協力で遺跡が救済・移築されました。
これが世界遺産の発想の原点といわれています。
登録されれば、地域に大きな経済効果をもたらす世界遺産ですが、大切なのは、文化の多様性を尊重し、相互理解を通じた平和の実現というユネスコの理念です。その原点を踏まえたうえで、今後、どのような候補があがってくるのか、注目したいと思います。

【今後の暫定リストは・・・】
さて、今後の暫定リストはどうなるのでしょうか。
文化庁は、以前、公募したときには選ばれなかったものの中から、最新の知見をもとに候補になりうるものを洗い出す作業になるのではないか、と考えています。
また、有形と無形の文化財の両方の価値を証明できる文化財や、災害と暮らしに関係する文化財も検討候補の1つになりそうです。
その際に、自治体や国民などへの「意識調査」も行う予定です。
例えば、どんな分野やどんな時代の遺産が世界遺産にふさわしいか、などの意見を聞くことになるようです。
国民の声や専門家の知恵を生かしながら事前の準備をしっかり進め、そして何より、国民の納得感のある候補が選ばれていくことを期待したいと思います。

(名越 章浩 解説委員)

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