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「紛争10年 日本に逃れてきたシリア人留学生たち」(くらし☆解説)

二村 伸  解説委員

シリアの紛争が始まってから3月15日でまる10年になりました。ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇は、その前日、バチカンのサンピエトロ広場で日曜日の祈りを行い、こう述べました。「10年前シリアで始まった血まみれの紛争は、現代で最も深刻な人道上の惨事を招きました。シリアの苦しみが忘れ去られることなく、連帯して希望をとり戻せるように祈りましょう」

10年におよぶ紛争でシリアは多くの町が瓦礫と化し、国民の半数以上が住む家を追われました。祖国から逃れた人の中には日本に来て学ぶ若者も大勢います。日本で暮らすシリアの若者たちは祖国に戻る日をどんな思いで待ち続けているのか、そして日本の私たちは何ができるのか考えます。

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Q.今シリアはどうなっているの?

10年前、自由を求める小さな運動が、3月15日に大規模な反政府デモとなり治安部隊と衝突しました。その後紛争が激化して内戦に突入し、今もシリア北西部でロシアの支援を受けるアサド政権と、最後の拠点を死守しようとする反政府勢力の攻防が続いています。人権団体によれば、紛争で亡くなった人は38万人をこえ、その3割が一般市民だということです。
長い紛争で経済は疲弊し、市民の生活は極度に悪化しました。食料価格は3倍に跳ね上がり、その日の食べ物を得るのも容易ではありません。国連によればシリア国内では1100万人が支援を必要としており、とくに子どもたちの状況は深刻です。栄養不足により発育が遅れている5歳未満の子どもが50万人に上っているということです。

Q.これでは国を離れた人は帰りたくても帰れないのでは。

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UNHCR・国連難民高等弁務官事務所によれば、難民として国外に逃れたシリア人は660万人で、その半数以上がトルコで暮らしています。それ以外にはレバノンやヨルダン、イラクなど周辺の国々に大半がとどまっています。新型コロナウイルスの感染拡大により難民たちは仕事を失い収入を絶たれた上、移動もできず厳しい生活を強いられています。紛争終結の見通しも立たずこれまでに帰国した難民は、28万人にとどまっています。

Q.日本にもシリアから来た難民がいるのですね?

入管庁によれば、10年前に紛争が始まってからおととしまでに日本で難民認定されたシリア人は18人、人道上の配慮によって在留を認められた人が65人です。4万人の受け入れを表明したドイツなどと比べると少ないのですが、これ以外に4年前からシリアの若者を留学生として受け入れています。

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大学院進学を希望するシリアの学生をJICA・国際協力機構と文部科学省が、5年間であわせて150人ほど受け入れる計画で、これまでにあわせて85人が来日し、10人が入国制限の解除を待っています。学生たちは全国13の大学で情報通信や農業、平和構築などを学んでいまして、修士課程や博士課程を修了後、祖国に戻ることもできず日本で就職した人もいます。

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【ガイス・アッゼーンさん】

その一人、ガイス・アッゼーンさんは、4年前に来日して大学で情報システム工学を専攻、おととし修士課程を修了して都内のIT企業に就職しました。今はエンジニアとしてドローンの研究開発に携わっています。日本での経験を生かし将来はシリアで若者たちに教えるのが夢です。
ガイスさんは、「日本語が一番難しい。日本で学んで将来はシリアに帰りたい。シリアと日本の懸け橋になりたい」と話しています。

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【「チェンジ」福留大士社長】

ガイスさんが勤務する「チェンジ」の福留大士社長は、専門知識だけでなく仕事に真摯に向き合う姿勢や継続的に学ぶ姿勢が周囲に良い影響を及ぼしていると評価したうえでこのように話しています。「日本の学生の面接では聞けないような将来への見通し、仕事に対する覚悟など背負っているものの重さを感じる。日本は労働力が不足し、とくに高度のデジタル技術を持った人材が不足しているが、そうした人材が米国や中国ではなく日本に来てくれる環境を整えることで帰国後日本との関係も良くなり、私たちもたくましい成長力を企業の活力に取り組むことができる」

Q.難民は日本の社会にとって決して負担ではなく、むしろ良い影響を与えているのですね。

はい。今は国籍や性別を問わず多様性を重視する企業が増えています。

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シリアの留学生を受け入れているのは国だけではありませんで、全国5つの日本語学校が、NPO法人「難民支援協会」の協力で、4年前から毎年トルコで暮らすシリアの若者を受け入れ、これまでに20人が来日しました。学費は無料ですが、学生たちはアルバイトで生活費を稼ぎながら日本語を学び、大学進学をめざしています。

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【アブダッラさん】

アブダッラさんは千葉の日本語学校で学び、この春日本の大学に入学します。戦闘の激しい被害を受けた西部ホムスから家族とともに国外に逃れ、夢を叶えるために単身日本に来ました。日本語も2年間ですっかり上達し、「AI・人工知能を勉強し、国の発展に貢献できれば良いと思う。どんな困難があっても目標まで進み続ける」と話していました。

3年前からは国際基督教大学もシリア人留学生の受け入れを始め、これまでに4人を受け入れました。今年も新型コロナによる入国制限が解除されれば新たに2人入学する予定です。

Q.志が高い人が多いですね。教育の機会を奪われた若者の支援はたいせつですね。

難民というと日本ではネガティブなイメージを持つ人が多いようですが、難民も昨日までは私たちと同じ普通の市民でした。学生もいれば医師や弁護士、学校の先生もいます。危機を乗り越えて来た人たちは多様性のある社会づくりにも貢献してもらえると思います。

Q.私たち市民は何ができるのでしょうか。

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日本に来たばかりの若者は言葉や習慣に戸惑い孤立しがちです。不安を和らげるためにも地域の人たちが日頃から声をかけたり行事に招いたりして温かく見守ることが大切だと思います。支援団体は、宿泊施設や下宿の提供、企業にはインターンやアルバイトの機会の提供を呼び掛けています。日本語学校で学ぶ若者たちには、市民がボランティアで大学受験をサポートしたりオンラインで日本語学習を支援したりするなど多くの人の輪ができています。学生どうしの交流も相互理解に役立ちます。沖縄では地元の大学生がシリアの留学生と戦争について語りあい平和の尊さを学んだということです。

私たちのまわりにもシリアの若者をはじめ大勢の外国人が暮らしています。その中から将来祖国で活躍し、日本との架け橋になる人があらわれる可能性もあります。
そうした人たちが就学、就労しやすい環境を整え、才能を伸ばせるように後押しすることが、日本の社会の活性化にもつながるのではないかと思います。

(二村 伸 解説委員)

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