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「東日本大震災10年 いまも続く原発避難者の苦悩」(くらし☆解説)

飯野 奈津子  専門解説委員

東日本大震災からきょうで10年になります。原発事故の影響でふるさとを離れ、今なお多くの人が、避難生活を余儀なくされています。長引く避難の現状と課題について担当は飯野専門解説委員です。

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Q1 原発事故から10年たっても、故郷に戻ることができない。本当に切ないですね

A1 避難生活を続けている人たちに話を伺うと、失ったのは故郷だけじゃない、家族のだんらんの時や、友人とのつながり、健康をも奪われたという声もありました。改めて原子力災害の深刻さを痛感します。

Q2 故郷を離れて避難生活を続けている人は、どのくらいいるのですか?

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A2  復興庁によりますと、福島県から県外に避難している人は、先月8日の時点で、2万8505人です。ピーク時には6万2000人あまりとされていますから、10年たっても45%以上の人が避難先での暮らしを続けている状況です。
いまも避難指示が続く帰還困難区域の人だけでなく、放射線への不安などから避難指示が解除されても帰ることができない人や避難指示が出なかった地域からも自主的に避難を続けている人が少なくありません。
避難先は、全国に広がっていますが、東京や埼玉などの関東地方と福島県に隣接する県が中心です。このうち新潟県は、震災直後に福島県から最も多い7000人以上の人が避難したところで、震災直後から、NHKと民間の311被災者支援研究会が共同で、避難者への聞き取り調査を継続しています。最初に応じてくれた同じ人に話を伺うことを中心に行っていて、今回も先月末から今月初めにかけて87人が応じてくれました。35人が今も新潟に留まっていて、46人が福島に戻り、6人は他県に住まいを移しています。

Q3 これまでもこの調査についてお伝えしてきましたが、今回、どんなことが浮き彫りになりましたか?

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A3 多くの人から耳にしたのは、「離れ離れ」という言葉です。10年たっても以前のように家族が同じ地域で暮らせるようになった人はごくわずかだからです。そしてコロナ禍によって、そうした人たちの苦悩が深まっていることがうかがえました。
その中で今回取材したのは、新潟で母と子だけで生活を続ける母子避難の人たちです。避難指示が出された区域外からの自主避難者が多く、被害の補償や支援が少ないので、生活費を稼ぐために父親だけ福島に残って仕事を続けています。
放射線のリスクから子供を守りたいと、子供が成人するまではという思いで2重生活を続けてきましたが、そうした人たちの生活を新型コロナが脅かしています。

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新潟市にある避難者の交流拠点「スマイルカフェ」。運営するのは、原発事故の直後、当時4歳だった子供を連れて避難してきた根本久美子さんです。4年前、住宅の無償提供が打ち切られるのをきっかけに、購入した住宅の一部を開放して始めました。避難者の交流拠点の閉鎖が相次ぐ中で、同じ立場の親子がいつでも立ち寄れるよりどころにしたいという思いからです。

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これまで子供たちのためのクリスマス会や、小物づくりなど母親たちも楽しめるイベントを毎週のように開いて交流を深めてきました。ところが、新型コロナウイルスの感染拡大で、この1年、こうしたイベントはできなくなり、一方で生活困窮に関わる避難者からの新たな相談が増えているといいます。

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そのうちの一人、新潟市内のアパートで高校生の娘と暮らす50代の女性です。新型コロナの影響で、福島で仕事をしている夫の収入は3分の1に。パートで働く母親も仕事を続けられるかわからない状況です。住宅支援が打ち切られ、苦しくなった生活を新型ウイルスが直撃した形です。生活費を節約するために母親は食事の回数を減らして、しのいでいるというのです。根本さんがフードバンクと連携して食糧支援をしていることを知り連絡をしたということです。

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根本さんの元に寄せられる相談は、以前は月に数件程度でしたが、去年からは離れた地域からも寄せられ、50件になることもあるそうです。家計が苦しくなって2重生活を続けられないと家族に言われ、福島に戻るか新潟に留まるか、選択を迫られている人。そうした苦しい状況でも、行政の窓口には相談できずに、駆け込んできた人もいます。10年もたって今更何をといわれそうで、行政には相談できなかったというのです。
根本さんは 「今起きている現実を知ってほしい。避難を続けている理由がある、戻った人にも理由がある。10年だから終わりではなく、自然災害なら落ち着くかもしれないが、改めて大変な思いをしている人がいることを知ってほしい」と話しています。

Q4 新潟での生活が10年になると子供も友達ができたりして生活になじんでいるので、福島に戻るといっても難しいと思います。そうした悩みがあっても、声をあげづらくなっている状況もあるのですね。

A4 時間の経過とともに周りの人の関心が薄れていることや、避難者の交流拠点が減って、人とのつながりが薄れてきていることも影響していると思います。
そうした母子避難の人も含め、今回の避難者を対象にした調査でも、この10年の間に親しい人との関係が希薄になってきていることが浮き彫りになっています。

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避難生活を経験する中で震災前と比べて人間関係が希薄になったと感じるものがあるかきいたところ、「希薄になったことはない」と答えた人が24%で、70%以上の人が希薄になったと感じていました。最も多かったのが「近所づきあい」で「友人関係」「避難者同士のつながり」「家族関係」などとなっています。
福島に戻ったといっても子供や孫と離れて暮らす高齢者が多いですし、近所の知り合いは戻っておらず、コミュニティーがバラバラになってしまったと語る人もいました。
その状況に追い打ちをかけているのが新型コロナです。

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新型コロナの暮らしへの影響をきいたところ、先ほど紹介したように、「経済的に厳しくなった」という回答もありますが、「外出を控えるようになった」「家族や友人と会えなくなった」という回答が目立ちます。
離れて暮らす孫に会える機会が減って寂しさが増した、父親ともなかなか会えず子供が寂しがる、避難先で趣味の活動に参加して仲間ができたのに、出掛けられなくなって孤独を感じるといった声もありました。

Q5 避難している人たちは自分の意に添わない形で家族や親しい人と離れ離れになっていますから、余計に寂しさを感じるのでしょうね。
ほかにはどんなことが調査からみえてきましたか?

A5 生活上の困り事が多様化していることもうかがえます。

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今の生活に不足を感じることは何かきいたところ「健康面への支援」が最も多く、次いで「元住んでいた地域の復興」や「損害の賠償」。「住宅支援」や「除染」などとなっています。震災から4年目ごろまでは「住宅支援」や「除染」に集中していましたが、分散する傾向が強まっていて、新たに親の介護の問題をあげる人もいました。福島に戻った親が介護が必要な状態になって戻るかどうか悩んでいる、避難先で知り合いもいないところで閉じこもっているうちに母が認知症になって介護に直面しているといった声です。子供を連れて避難した親にとって、10年という歳月は、子供の成長と同時に、自分の親の高齢化、自分自身の健康問題なども招いているといえると思います。

Q6 一人一人家族の状況や住まい方も変わってきていますから、抱える困り事も多様化しているということですね

A6 そういうことです。だからこそ、国や自治体は、避難者一人一人の個別事情を十分すいあげて、生活の再建につなげられるよう息長く支援することが必要ですし、避難者が互いに悩みを相談しあえるような交流拠点も、10年たったから閉鎖するという対応ではなく、存続できるよう支援することが欠かせないと思います。
「事故さえなければ、家族で楽しく暮らせたのに」というつぶやきを何度も耳にしました。10年たっても元の生活を取り戻せずにいる人たちのことを忘れてはならないと思いますし、同じような事故を繰り返さないことが、今も避難生活を続ける人たちの思いに応えることになるのだと思います。

(飯野 奈津子 専門解説委員)

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