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あの日から10年 "あなたを忘れない"

二宮 徹  解説委員

今月11日で東日本大震災から10年になります。
犠牲者は震災関連死を含めて2万2000人あまり。震災で家族を亡くした人たちの思いについて、お伝えします。

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先月、岩手と宮城の津波被災地を取材しました。土地の造成やかさ上げはほぼ終わり、道路や住宅地など、ハード面の復興はかなり進みました。ただ、各地に整備されてきた伝承館や保存される建物以外、震災の爪痕はほとんど見えなくなってきています。
このため、被災の記憶や教訓の風化が進むと心配され、語り部など、遺族や被災者の言葉の重みが増していると感じます。

家族を亡くされて語り部をされている方のつらい経験から出される言葉は胸に迫ります。
宮城県石巻市の大川小学校では、児童74人、教職員10人の命が失われました。壊れた校舎などは保存が決まっています。すぐ近くに裏山があるのに、学校は津波が襲う直前まで、およそ50分間、子どもたちを校庭にとどめていました。
語り部活動をしている佐藤敏郎さんは、6年生だった次女のみずほちゃんを亡くしました。当時、隣の女川町で中学校の教師をしていて、自分や教え子は避難して無事でした。学校に泊まり込んでいた2日後、みずほちゃんが遺体で見つかったと知らされ、駆け付けました。
佐藤さんは「学校はがれきだらけで、泥だらけの子どもたちの遺体や泥だらけのランドセルが道路に並べられていた。みずほは本当にそばにいます。そんな感じがする。震災前と変わらない感覚があります。子どもに帰ってきてほしいという思い、それしかない。でも帰ってこない。だから、せめて無駄にしない、そういう未来であってほしい」と話しています。

佐藤さんは全国の学校で講演するなど、いのちを守る防災を呼び掛ける活動もしています。
大川小学校は、学校としては統合され閉校しましたが、佐藤さんらは旧大川小学校ではなく、大川小学校と呼んでいて、
石巻市も、震災遺構の名称を「旧大川小学校」ではなく、「大川小学校旧校舎」にしました。
佐藤さんは、なぜ学校は子どもたちを守れなかったのかを問い、2度と犠牲を出さないでほしいと願いながら、経験や思いを伝えています。
ただ、家族を亡くして、語り部をしている方は多くはありません。しかも、新型コロナウイルスのため、各地で活動に影響が出ています。

コロナで語り部のお話を聞く機会が減っている中での震災10年です。
それに、語り部をしていない多くの方の言葉にも耳を傾けてほしいと思います。

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こちらは、NHKの「こころフォト」というホームページです。
https://www.nhk.or.jp/kokorophoto/

東日本大震災で亡くなった方や行方不明の方の写真とご家族からのメッセージを掲載しています。震災の2年後のスタートから、これまでに寄せられた写真はおよそ600枚。
毎年メッセージをお寄せくださる方もいます。写真も家ごと流され、親せきが持っていた結婚式などの集合写真しかないという方もいます。今もたくさんの写真とメッセージが寄せられています。
震災10年にあたって寄せられた中から、家族を思い続ける2人のメッセージをご紹介します。

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幼稚園の送迎バスに乗っていて、津波に巻き込まれた当時6歳の佐藤愛梨ちゃんに、妹の珠莉さんからです。
「お姉ちゃんへ 
元気ですか。私は、中学生になったよ!苦しいな、つらいなと思うことはたくさんあるけど、周りのみんなに支えられながら幸せに過ごしています。
お姉ちゃんからもらった制服を着て学校にも行っています。少しでもお姉ちゃんと同じ景色を見れたらいいなと思って制服には「愛梨」と「珠莉」の2つの名前 を刺繍したよ!
お母さんもお父さんも元気だよ。きっと、みんなあの頃と全然変わってないから安心していつでも戻ってきてね。
これからも苦しいことやつらいことは、たくさんあると思うけど、お姉ちゃんのように周りの人を笑顔にできるように頑張るねっ!私はずっとお姉ちゃんを忘れないからね!
だから、お姉ちゃんも私たちのこと忘れないでね。幸せになってね 大好きだよ。
珠莉より」

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自宅で津波に巻き込まれた父・伊藤榮さん、母・博さん、兄・善博さんの3人に、長女の馬場美智枝さんからです。
「今でも家族の夢をみます。会いたいです。話をしたいです。
いっしょに食事をしたいです。いっしょに旅行したいです。みんなでこたつに入ってお茶を飲んで話をしながらお正月を送りたい、生活をしたいです。でも無理なことなんでしょうねえ。
今の願い事を言えば震災前に戻ってほしいですね。みんなと家族と会いたいです。ただそれだけです。」

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家族を思い続けるこころが伝わってくるメッセージを読むと、犠牲者2万2000人というのは単なる数字ではなく、亡くなった人それぞれに人生や夢があった、そして、今もその人を思い続ける家族がいるということが伝わります。
私は長く災害を担当していますが、災害から学ぶということは、防災や避難の教訓・教えだけでなく、こうした悲しみや思いを知る、受け止めることでもあると思っています。遺族や被災者とひとくくりに伝えがちですが、一人一人の思いがあるということもあらためて感じます。

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ご両親とお兄さんへのメッセージをくださった馬場さんは、前の日に実家に行った際、病気で寝ていた母を自宅に連れてこなかったことを後悔していると以前書いています。
ほかに、旅行に行く約束を先送りにしていたとか、あの日の朝、「おはよう」と言われたのに答えなかったことなどを悔やんでいる人もいます。
何気ない日常を大切にすることも、心に留めておきたい思いです。

何気ない日常を大切にする。大事なことだけれど、忘れがちです。
災害は突然襲い、たくさんのいのちと日常を奪います。自分や家族が、別れの言葉一つ残せずに亡くなるかもしれません。
私たちは、次の災害に向けて、家庭や地域での防災をもっと進める必要がありますが、実際の備えや行動につながるのは、自分や家族を守ろうとする強い気持ちです。
あの日から10年、家族を亡くした人たちの思いを知って、自分や家族のいのちを守る防災の一歩につなげてほしいと思います。

(二宮 徹 解説委員)

 

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