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離婚後の"父親の決め方" ルール見直しへ

山形 晶  解説委員

離婚して間もなく子どもが生まれた場合、誰が父親だとみなすのか。
明治時代にできたルールを見直す案が、専門家の審議会で示されました。
その背景や見直しの意味について解説します。

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Q:なぜ、離婚後の父親を決めるルールが定められているのでしょうか?
A:現在は、父親が誰なのかを科学的に確認するDNA鑑定という技術がありますが、昔はありませんでした。
ただ、子どもにとっては、保護者の1人である父親がいつまで経っても決まらないということになれば、不利益になりますので、明治時代にルールが作られ、今の民法にも引き継がれました。

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まず、結婚している間に妻が妊娠して出産した場合は、夫の子と定めます。
問題は、離婚後に子どもが生まれた場合です。

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離婚が成立したころまでに妊娠したのであれば、元夫の子の可能性があるため、元夫の子とみなすことにしました。
妊娠から出産までは300日ほどの期間がありますから、「離婚した日から300日以内に生まれた子どもは元夫の子」とすることにしました。
このルールは「嫡出推定」と呼ばれています。

Q:このルールが見直されるのはなぜですか?
A:子どもにとって何が最善なのかという視点で考えると、時代に合わなくなっている部分があるからです。

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例えば、離婚前から別居して、事実上、関係が破たんしていた場合を考えてみましょう。
離婚の手続きに時間がかかり、正式に離婚が成立したころに、女性が、後に再婚する男性の子を妊娠したとします。
今の制度では女性は離婚後100日間は再婚できませんが、100日後に再婚したとしても、生まれた子どもは、法律上、再婚相手の子ではなく、元夫の子になってしまいます。
元夫が、自分の子だということを否定する「嫡出否認」という手続きを裁判所に申し立てれば親子関係が否定されますが、元夫の対応しだいです。

Q:女性の方から元夫に働きかけなければならないのですね。

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A:はい。問題は、女性が元夫と関わりたくない場合です。
典型的な例は、元夫から暴力や暴言などのDVを受けていた場合です。
子どもの父親が元夫になってしまうのを避けたいという理由で、子どもの出生届を出せないケースが各地で相次ぎました。
その結果、戸籍が作られないまま子どもが育ち、就学や就職に影響が出てしまう事態になったのです。
これが、ルールの見直しが始まった大きな理由です。

Q:数年前に大きな問題になった「無戸籍」ですね。
このルールが原因なのでしょうか?
A:はい。法務省は、運用を工夫して「無戸籍」を減らそうとしていますが、先月(1月)の時点でも901人が「無戸籍」の状態で、およそ73%が「嫡出推定」が原因だと答えていました。

Q:それでは、どのようにルールを見直すのでしょうか?

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A:妻が再婚した場合は、例外として、再婚相手の子とみなすことにしました。さきほどの図をもとに説明します。
ルールの見直しは法制審議会の部会で議論され、先日、中間試案・試みの案が示されました。
その案では、「離婚後300日以内の子は元夫の子」というルールじたいは残すとしています。

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一方で、今のルールをいくつか見直して、「離婚後300日以内に生まれた子であっても、母が再婚していれば、再婚相手の子とみなす」ことにしました。
これなら、再婚すれば、元夫と一切関わることなく、今の夫の子とみなされることになります。

Q:これで無戸籍の問題は解消されるのでしょうか?

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A:前進することになりますが、課題は残されています。
例えば、母親と新たなパートナーが、事実婚を選択した場合です。
さきほどのルールの見直しは、法律上の「再婚」が条件です。
「離婚後300日以内の子は元夫の子」というルールが残っているので、再婚しなければ、これまでどおり「元夫の子」になってしまいます。

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そこで、「嫡出推定」のルールとは別に、新たな手続きの導入も提案されました。
それは、先ほど説明した「嫡出否認」という、親子関係を否定する手続きを、元夫だけでなく、もう一方の当事者である、子どもの側からも申し立てられるようにする、という仕組みです。
ただ、子どもは幼いので、母親などが代理人となって訴えを起こせるようにします。

Q:DVのようなケースでは自分たちから訴えを起こすのは難しいのではないでしょうか?

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A:そのため、「300日ルール」そのものをなくした方がいい、という声が上がっています。
ただ、慎重な意見もあります。
ルールをなくすと、元夫にDVなどの問題がないケースでも、一律に父親と推定されなくなります。
そうすると、子どもが、父親からの経済的な支援とか、当然に得られるはずの利益を得られなくなってしまうケースが出てくるという意見です。
ルールをなくしてDNA鑑定で父親を特定することも可能ですが、「鑑定が適正に行われたのか」という争いが生じてしまうことをどう考えるか、という課題が残ります。
ルールをなくすかどうかについては、法制審議会の部会で、引き続き議論される見通しです。
そして、今回の見直しに関連して、もう1つ大きな注目点があります。
女性に対して、離婚後100日間は再婚を禁止するルールを撤廃するというものです。
これも中間試案に盛り込まれました。

Q:なぜ100日間は禁止することになっているのですか?
A:まさに「嫡出推定」のルールが原因です。
仮に、離婚が成立した直後に再婚できたらどうなるかを見てみます。

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さきほど説明したように、「離婚後300日以内に生まれた子は元夫の子」というルールがあります。
そして、実は、もう1つ別のルールもあるんです。
再婚後200日以内に生まれたら再婚相手の子とみなさず、それが過ぎたら再婚相手の子とみなすというルールです。
この2つのルールが重複する期間、最大で100日間は「父親が2人」という状態になってしまいます。

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このため、100日間は再婚が禁止されたのです。

Q:今回の見直しで、再婚すれば、その時点で再婚相手の子になるんですよね?

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A:はい。「200日」というルールはなくなります。
そして「再婚相手の子とみなす」というルールが「300日ルール」より優先されることになります。
これによって嫡出推定が重複することはなくなり、再婚を禁止する期間を設ける必要がなくなるんです。

Q:これも大きな見直しですね。
今回は中間試案ということですが、今後はどうなるのでしょうか?
A:まだ試案の段階なので、法務省は「パブリックコメント」、一般の人たちからの意見を募ることにしています。
そして来年(2022年)の通常国会に法律の改正案を提出できるように、議論を進めていく見通しです。
課題として指摘されている部分も含めて、どのような結論になるのか、注目したいと思います。

(山形 晶 解説委員)


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