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「"脱炭素社会"へどう変わる?」(くらし☆解説)【取材後記あり】

土屋 敏之  解説委員

◇世界的に「2050年脱炭素社会」をめざす動きが加速しているが、そもそもなぜ2050年?

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 5年前に出来たパリ協定では「気温の上昇を産業革命前に比べ1.5℃までに抑えることをめざす」と合意していますが、この1.5℃に抑えられる条件が「2050年までに、世界全体でCO2(二酸化炭素)など温室効果ガスの排出を実質ゼロ」つまり脱炭素社会にする必要があると計算されているためです。
 また、年々の排出量が影響するため、例えば2030年には(2010年比)45%ぐらい減らすペースが必要とされます。

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 その実現は容易ではなく、そこで今、各国が打ち出しているのが「グリーン・リカバリー」と呼ばれる政策です。新型コロナウイルスからの経済復興に各国とも多額の公的資金を投入していますので、これを脱炭素型の産業を育て社会の転換が進むように使おうという政策です。

◇日本のグリーン成長戦略・実行計画

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 日本では年末に政府が「グリーン成長戦略」をまとめました。その実行計画は14の分野にわたっています。例えば「自動車」の分野では2030年代半ばまでに乗用車の新車を電気自動車やハイブリッドなどいわゆる電動車に切り替えるとか、「住宅」では断熱性能のアップや太陽光の普及などゼロエネルギー化を進めていく、など私たちのくらしに関わるものも多いんです。

◇カーボン・リサイクル

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 CO2は化石燃料の使用などから排出されますが、カーボン・リサイクルは、逆にこのCO2を回収して資源として再利用することで、大気中に出るCO2を減らせる技術です。
 例えば日本の企業が開発した技術で、コンクリートの原料のひとつとしてCO2を使い、固定するというものがあります。元々セメント・コンクリート産業はCO2を大量に出す分野ですが、この技術では逆にコンクリートを1トン製造すると、トータルでCO2を8kg削減できる計算になるそうです。
 こうした技術開発でCO2を削減しながら、その新技術を経済成長の原動力にしていくというのがグリーン成長戦略のひとつの考え方です。

◇特に重要なポイントは「エネルギー」

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 左側の4つはいずれもエネルギー関連ですが、日本のCO2排出が一番多いのは火力発電所などエネルギー部門なので、その脱炭素化は必須と言えます。原発をどうするかは大きな議論がありますが、政府は2050年には電力全体の50~60%を再生可能エネルギーに、という参考値を挙げています。
 その手段の1つが「洋上風力発電」、つまり海に多数の風車を建てるというもので、海に囲まれた日本は導入可能な量が多いとして、2040年までに最大4500万kWと原発数十基分にも相当する発電量の目標を挙げています。
 洋上風力の拡大には技術面や生態系への影響など様々な課題が指摘されますが、さらに「エネルギーの脱炭素化」全体に大きな2つの課題があります。

◇実現への課題

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 1つは、再エネの発電量は気象条件などで変動するので不安定だとされること。もう一つは、コスト・経済性です。

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 まずこの不安定さを解消するための1つのカギとして期待されるのが14分野の中にも挙げられている「水素」の活用です。再エネの発電量が多い時はそれで水素を作って貯めておきます。そして、この水素を石油やガスに代わる燃料として、車や飛行機、発電所も動かす構想です。
 水素で走る燃料電池車は既に日本で市販されていますし、欧州のエアバスは2035年までに水素で飛ぶ航空機を実用化させる目標を掲げています。実行計画では、2050年に水素の利用量を現在の10倍の2千万トンに増やすことを目指しています。
 
◇コスト・経済性

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 やはりコストや経済性が最大の課題と言えます。政府は脱炭素化に向けて2兆円の基金で支援するなどとしていますが、もう1つ浮上しているのが「カーボン・プライシング」というものです。これは具体的には、CO2の排出に課税する「炭素税」や、排出できる枠を決めてその枠を売買する「排出量取引」などで、要するに、CO2を大量に出す所からはお金を取り、それを脱炭素の技術開発やコストダウンなどに回して、この経済性の壁を越える力にしようと言う考え方です。
 既に各国で導入が進んでいて、日本でも今年中に方向性をまとめる見込みです。

◇カーボン・プライシングによる負担は?

 例えば東京都では大規模事業所を対象に排出量取引制度を10年前から導入していて、対象事業者全体でCO2が27%減っています。
 排出量取引で利益が上がる企業や省エネ設備への更新が進んだ面がある一方、削減が進まない企業では多いと年数百万円、負担している所もあると見られます。
 重要なのはカーボン・プライシングを単なる増税にせず、経済にも好循環を生む制度設計ができるかだと思います。

◇わたしたちにできること

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 まず省エネは家計にもプラスになります。
 照明器具の更新の際にLEDに変えていくこと。また現在は新型コロナの影響で在宅の人が増え様々な宅配の利用も増えていますが、不在で再配達するとエネルギーもロスしますから、時間指定や「置き配」などもうまく使ってなるべく一度で受け取ることも、身近で出来ることです。
 さらに国は家庭に太陽光パネルと電気自動車などをセットで普及させていこうと補助金を増やす計画もあります。これは電動車の大容量バッテリーを家庭用の蓄電池として使えることで、発電量が多い時は車に貯め、夜間などは車から家に電気を供給する、言わば「再エネの自給自足」が出来るようになるイメージです。これは、災害で大規模停電が起きたりしても電気が使えることにもつながります。
 このように、「脱炭素社会」の実現には、国も企業も私たちの暮らしも大きく変わることが求められますので、その先にどんな豊かさをめざすのか?その負担をどうするのか?幅広く議論していく必要があると思います。

(土屋 敏之 解説委員)


■取材後記

 今回の放送でも、新聞やテレビのニュースでもよく使われる「温室効果ガスの排出“実質ゼロ”」という言葉。これがちょっとわかりにくいので補足したいと思います。

 2050年に「実質ゼロ」というのは、CO2など温室効果ガスを全く出してはいけなくなる、という意味ではありません。
 「化石燃料の使用など人為的に大気中に排出されるCO2の量」と「森林の成長などで大気から吸収されるCO2の量」がバランスしている状態、つまり排出と吸収が釣り合った状態が「実質ゼロ」と言われるものです。

 ですから、森林の整備や植林などでこの吸収量の方を増やせれば、その分は排出増も可能ということになります。
 この面から注目されているのが、今回の実行計画にも挙げられている「カーボン・リサイクル」です。
 これは、言わば厄介物扱いされているCO2(の中のC=炭素・カーボン)を回収し資源として“再利用”することで大気中に出る量をマイナスする、見方を変えれば森林のように吸収量の方を増やそうという技術です。

 今回はコンクリートの例を挙げましたが、この他にも「人工光合成」と呼ばれる、光のエネルギーでCO2から有用な有機物を作り出す技術もカーボン・リサイクルの一種とも言え世界的に開発競争が進んでいます。

 しかし、コストや導入可能規模、そしてこうした“再利用”の過程で必要なエネルギーや資源はどうなのか、などまだまだ模索の段階とも言えます。

 温暖化対策の本筋は、やはり化石燃料から再生可能エネルギーへの転換をどう進めるか、にあると言えるでしょう。

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