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「建設現場のアスベスト被害 国が敗訴 メーカーは?」(くらし☆解説)

山形 晶  解説委員

建設現場で働いていた人たちが、アスベストを吸い込んで肺がんなどになったとして国や建材メーカーを訴えた裁判で、最高裁判所は、先週、国の上告を退けました。
国は裁判を起こした人たちに賠償する責任を負うことになりました。
一方、メーカーの責任については、今後、判断が示される見通しです。
この問題は私たちの身近な人たちにも影響するかもしれません。

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Q:アスベストは、以前は住宅やビルなど多くの建物に使われていましたね。

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A:はい。アスベストは繊維状の天然の鉱物ですが、熱や摩擦に強く、建物の建材などさまざまな工業製品に使われてきました。
ただ、とても細いので、空気中に飛び散って、吸い込んでしまうと、肺がんや中皮腫といった肺の病気を発症してしまうおそれがあります。
1970年代から規制が始まって、段階的に強まり、2006年には全面的に製造や使用が禁止されました。
アスベストの被害は、今でも建物の解体の時につきまとう問題ですが、かつては建物を建設する現場で、規制や対策が十分でないまま広く使われていたという問題があったんです。
例えば、大工、電気工、内装工などとして働いていた方は、知らないうちに吸い込んでいた可能性があります。

Q:かなり多くの職種ですが、実際に病気を発症してしまう可能性はどのくらいあるのですか?

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A:正確にはわかりませんが、毎年、一定の数の人が発症しています。
たばこを吸う習慣があるとリスクが高まるという研究結果もあります。
問題は、数十年という長い潜伏期間があることです。
今、症状がないからといって安心できるわけではありません。
過去にアスベストを扱っていた方は、定期的に健康診断を受けるなど十分注意してもらいたいと思います。

Q:もし病気になった場合、補償のようなものはあるのでしょうか?

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A:公的な制度としては、労災の認定があります。
ほかの病気と同じように、仕事が原因と認定されたら、医療費や、休業した場合の所得が補償されます。
さらに、アスベストの場合は、「救済法」が作られていて、労災の対象にならなかった人も、アスベストが原因で病気になった場合は医療費などが給付されます。

Q:医療費や休んだ分の所得の補償はあるということですが、病気になってしまったことへの補償はないのでしょうか?

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A:それがまさに裁判が起こされた理由の1つです。
補償されるのは医療費や休業補償といった、いわば「実費」です。
病気になったことへの補償、つまり慰謝料は支払われていません。
そこで、今から12年前、2008年に、初めて東京で裁判が起こされました。
訴えた相手は、規制を担ってきた国と、建材を製造・販売したメーカー40社以上です。
その後、全国に広がり、原告になった元作業員の人たちの数はあわせて900人を超えています。

Q:裁判所はどう判断したのですか?

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A:こちらの一覧をご覧ください。
これまでに高裁で6件の判決が言い渡され、国は6件とも負けました。
いずれも最高裁に上告されています。
このように同じ内容の裁判が複数ある場合、最高裁は、まとめて判決を言い渡すこともありますが、今回は、1件ずつ判断していく形になりました。

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まず初めに確定したのが、東京で起こされた裁判です。
先週、国の上告が退けられたため、国の賠償責任と「1人親方」についての判断が確定しました。
高裁の判断が維持された形になり、国は、原告に対して1人あたり数百万円の賠償金を支払う義務を負いました。
そして、「1人親方」と呼ばれる、従業員を雇わずに自分で働いている人にも賠償金を支払うことになりました。
ほかの裁判はまだ審理中ですが、順次、同じ結果になる見通しです。
一方で、メーカーの責任については、最高裁が改めて審理することになったので、今回は確定しませんでした。

Q:メーカーの責任はどう判断されそうですか?

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A:東京以外は、すべて「責任あり」という判断です。
これは、当時のシェアが大きかったメーカーには責任があるという考え方です。
今回、「責任なし」という判断だけが改めて審理の対象になったので、見直される可能性があります。
そしてほかの裁判でも、順次、同じ判断が示されて、最終的に統一されるとみられます。

Q:当事者の人たちにとっては、気になりますね。

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A:そうですね。
メーカーの責任の有無やその数は、今後の補償のあり方に関わるので、注目です。
その補償をめぐって考えなければならないのは、アスベストを吸って病気になった人たち全体への補償をどうするか、という問題です。
「全体」というのは、裁判を起こしていない人たちも含みます。
すでに裁判を起こしている人たちには、少なくとも国から数百万円ほどの賠償金が支払われますが、ほかの人たちは、国がこのまま何もしなければ、裁判を起こさない限り、補償を受けることはできません。
国の責任が明確になったのに、1人1人に裁判を起こすという負担をかけさせていいのか、という点が問題です。

Q:裁判は時間もお金もかかりますよね。

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A:はい。特に時間が問題です。
かつて建設現場で働いていた人たちの多くは高齢になっているからです。
こちらは東京の裁判の原告団長の宮島和男さんです。
肺がんを発症していて、年齢は91歳です。
裁判の途中で多くの仲間を亡くしました。
先週、都内で開かれた会見で、もっと早く裁判が進んでいれば亡くなった仲間もこの日を迎えられたということを訴えました。
そして裁判を起こしていない人たちも含めて補償を受けることができる「基金」の設立を求めました。

Q:基金というのは、どのようなものなのでしょうか?
A:これは裁判の原告側が提案している仕組みです。
国のもとに基金を管理する組織を設置して、国と建材メーカー各社が基金のために資金を出し合います。
そして、裁判を起こしていない人も含めて、最高裁で認められた基準に従った額の補償金を支払うという仕組みです。
残された時間は限られていますから、まずは速やかに対応できるこの提案を検討すべきだと思います。

Q:アスベストの被害者は全体でどのくらいになるのでしょうか?

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A:正確な数はわかりませんが、裁判の弁護団によりますと、建設業関係では、これまでに労災が認められた人たちはおよそ8000人。
救済法の対象になった人たちも含めると、建設業関係で公的に認定された人たちだけでも1万人にのぼるとみられます。
このうち裁判を起こした人たちは900人あまりですから、全体のわずか1割弱です。
さらに、長い潜伏期間があるため、最近になって病気を発症する人が相次いでいて、毎年1000人ほどが労災と認定されています。
そのうちの半分ほどが建設業関係です。
単純に計算すると建設業だけで10年後には5000人も増えます。
もし自分や身近な人が被害に遭っていたら、と心配になる方もいらっしゃると思います。
労災や健康に関する問題については、各都道府県の労働局や自治体に窓口が設置されていますので、相談してみてください。
裁判については、弁護団が今週金曜日・12月25日に無料の電話相談を行います。
番号は0120-110-745。受け付けは午前10時から午後4時です。

アスベストの被害はこれからも増え続けます。
解体工事も行われていますので、決して過去の問題ではありません。
これだけの数の人たちが、人生の最後の時間を苦しみながら過ごすことになるわけですから、国は、一刻も早く、補償の仕組みを考えるべきだと思います。

(山形 晶 解説委員)

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