ちょうど5年前の12月にできたパリ協定では、気温の上昇を産業革命前と比べ1.5℃までに抑えることをめざしていますが、もう1つ、各国に温暖化でどんな影響が出るか予測しその被害を減らす「適応」と呼ばれる対策も求めています。
この「気温上昇を抑え温暖化を食い止める」ことと「被害を減らす適応」は、言わば温暖化対策の「車の両輪」とも言えます。日本も2年前に「気候変動適応法」という法律を作り、これに基づいて初めてとなる影響予測の報告書案を先週、環境省の有識者会議がまとめました。
◆これは「2050年に二酸化炭素の排出実質ゼロをめざす」のとは別の動き?
「2050年排出実質ゼロ」は左側の「気温上昇を1.5℃に抑える」の方を実現するために必要なものです。
今年は新型コロナの影響で世界的に経済活動が落ち込んだにも関わらず、大気中のCO2濃度は最高記録を更新し続けていて、最新データでも去年10月より今年10月の方が明らかに高くなっています。
◆新型コロナの影響でCO2の排出は減っているのでは?
「新たな」CO2の排出が少し減っただけなので、大気中の濃度としては依然増え続けています。ちなみに赤いグラフがギザギザの形をしているのは、陸地が多い北半球の春から秋は植物の成長に伴う光合成でCO2が一時的に減るためこういう変化になり、それを補正したのが黒い線で、増加し続けていることがわかります。
ですから、やはり早く脱炭素社会を実現してこの大気中のCO2増加を止める必要があります。
一方で、温暖化をある時点で食い止められたとしても、もはや被害はゼロでは済みません。今後の影響・被害を予測して備えることも必要で、そのためにまとめられたのが今回の報告案です。
◆日本には気候変動でどんな影響が出る?
まず、世界の温暖化対策が今のままであれば、日本の気温は20世紀末に比べ今世紀末には4.5℃も上昇。世界の平均気温上昇を上回るペースです。そして、今世紀後半に脱炭素社会を実現できた場合、それでも1.4℃は上昇します。
日本の猛暑日はこのままでは20世紀末に比べ今世紀末には全国平均で約19日も増え、脱炭素社会が実現した場合で約3日の増加と予測されています。
こうした暑さは命の危険も増します。
既に近年、熱中症死亡者は増加傾向にありますが、今世紀末にはこのような暑さの影響による死亡リスクは2倍以上に増えると予測されます。東京や大阪では日中屋外で働ける時間が30~40%減少します。
また熱帯性の感染症を媒介する蚊などが、全国的に広く生息するようになるなど、暑さによる直接的な死亡以外の健康リスクも増えます。
◆最近は気候変動で災害が激甚化するとも言われるが?
近年、台風や大雨など水害の被害額は増え続けていますが、この傾向も強まります。
1日に200ミリ以上の大雨の日が1.5倍以上に増え、洪水のリスクが倍増し、土砂災害は発生頻度も規模も増すと予測されています。
こうした気象災害の激化は、商業施設や工場の休業、都市機能の麻痺にもつながり、社会・経済にも大きな打撃になると見られています。
◆温暖化で寒い地方が暖かくなることで、いい影響もあるのでは?
極端な寒さによって死亡することは減ったり、一部の果物が北海道など現在の寒冷地でも栽培できるようになるなどプラスの予測もありますが、全体では悪い影響の方が際立っています。
とりわけ食糧に関わる一次産業には深刻な影響が予想されています。
例えば、米の品質が低下したり、果物の種類によっては栽培が困難な地域も広がります。畜産では、暑さによるストレスで乳牛の生産力が低下したり、豚や鶏の成長も悪化。漁業では、サケ・マスやサンマなど多くの魚種で、日本近海で漁獲が落ちることが懸念されます。
そして、日本は食糧自給率が低いため、海外からの輸入も大きく影響します。このままでは今世紀末にはアメリカの小麦の生産が70%も減少するなど、世界全体で主要な穀物の生産が減少すると予測され、これも深刻な影響が懸念されます。
◆生き物の変化は食糧以外にも?
こうした生物への影響は生態系の破壊にもつながります。
例えば、世界遺産の白神山地などで知られるブナの森林は涼しい土地に適していて、今のままだと全国の8割近くが消失すると見られます。一方で、今世紀後半に脱炭素社会を実現した場合、大半は残るとも予測されています。
また、浅い海の生態系を支えるサンゴ礁も今のままだと今世紀末には水温の上昇などで日本近海から消失するおそれがありますが、脱炭素社会を実現できた場合はわずかですが残ると見られます。やはり、対策を急ぐ必要があると言えるでしょう。
◆今後はどうしたらいい?
この報告を元に、来年度国は被害を減らすための「適応計画」を改定し、自治体もそれを踏まえて各地域の適応計画を立てることになります。
適応の例としては、農業では「暑さに強い品種の開発」などがあげられ、稲などでは既に行われています。また激甚化する気象災害に対してはやはり防災力の強化が求められます。堤防やダムなどに加え、遊水池などの施設整備や、より早く正確な情報発信など総合的な治水対策を推進することになります。
◆私たちに出来ることは?
個人にできる適応策としては、夏場なら熱中症に対するこまめな水分補給やクールビズなど、また災害に備え生活物資を備蓄したり避難所を確認しておくことも適応策とも言えます。
そして、根本的な対策としては、やはり温暖化を食い止める脱炭素社会への転換が必要です。エコカーへの切り替えなど脱炭素社会につながる消費行動も大切ですし、国も地域社会も産業構造も変わる必要があります。
新型コロナとの共存が避けられない今だからこそ、経済の再生を脱炭素社会への転換にも結びつけていくことが重要でしょう。
(土屋 敏之 解説委員)
この委員の記事一覧はこちら