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雇用を守れるか? 広がる出向

今井 純子  解説委員

新型コロナウイルスの影響で、厳しい経営を迫られる企業が増えている中、社員を別の企業に出向させることで、雇用をなんとか守ろうという動きが広がっています。

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【雇用を守るための出向ということですか?】
はい。出向には、いろいろありますが、今、注目されているのは、外部への出向です。新型コロナウイルスの影響で、仕事が減っている企業の社員が、籍は残したまま、そして給料も、原則、その会社からもらいながら、仕事のある、グループ外の全く別の会社で、一時的に働く。そして、いずれ元の会社に戻る。という、まさに、雇用を守るための出向です。

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【具体的に、どのような動きがあるのですか?】
まず、航空業界です。
▼ ANAホールディングスは、客室乗務員や空港のカウンターなどで働いている社員を、家電量販店のノジマや高級スーパーの成城石井、そして各地の自治体などに、一時的に出向させる方針を明らかにしました。基本的に、社内で公募して、来年春までに、400人以上を送りだし、数か月から2年程度、働いてもらう予定です。

【どのような仕事をするのですか?】
例えば、
▼ ノジマ。来週から受け入れを始めますが、客の問い合わせに応じるコールセンターや物流センターで。
▼ また、成城石井は、店でのレジ打ちや接客、商品の発注のほか、本社の接客マナーなどの研修にあたる部署で。
▼ さらに、佐賀県は、観光振興や子育て支援などを担当する部署で、受け入れることになっています。

【これまでとは全く別の仕事ですね】
はい。受け入れ先では、きちんと研修をしたうえで、業務についてもらうとしています。
また、日本航空は、すでに、社員に、グループ外の企業で一時的に働いてもらう取り組みを進めています。こちらも公募で、例えば、
▼ 空港で手荷物を飛行機に載せる仕事をしている社員が、宅配会社で荷物の仕分け作業をしたり
▼ 飛行機の整備をしている社員が航空関係の専門学校に講師として出向いたり、
▼ 客室乗務員が、コールセンターで電話の対応をしたりしているといいます。
こちらは、通常の業務をしながら、仕事のない日に外で働くというケースが多く、今、一日あたり500人程度が、別の企業で仕事をしています。

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【航空業界は、コロナで大変なのですね】
はい。国際線は今も、80%を超える減便が続いています。今年度は、両社とも、大幅な赤字になる見通しで、IATA=国際航空運送協会は、来年も世界の航空会社の収入は、感染が広がる前の去年のおよそ半分にとどまると試算しています。これまで、ボーナスを減らしたり、あるいは、ANAは一時的に仕事を休みにしたりして、雇用を支えてきましたが、仕事がない社員が他の企業に出向すれば、出向料などの形でおカネが入ってきて、給料を支えることができます。社員も、仕事がない状態より、なんらかの仕事をすることで、気持ちに張りが出るといいます。

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【出向の動き。航空業界以外にもあるのですか?】
はい。例えば、
▼ 三菱重工は、工場で働く3000人について、配置転換に加え、他の企業の工場に出向してもらう方向で調整をしているほか、
▼ 外食大手のワタミでは、一時期より減りましたが、居酒屋で働いていた社員など36人が介護や農業、スーパーなどに出向しています。
▼ さらに、中小企業も含めて、雇用が余っている企業と、不足している企業との間で、無料で出向の橋渡しをしている「産業雇用安定センター」は、6月以降、旅館、観光バス、部品工場などで働いていたおよそ350人を、トラック運送や組み立て工場などに送りだしました。

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【出向する社員の方も、一時的にとは言っても、慣れない仕事をするのは、大変ですね】
大変だと思います。ただ、今、世の中を見渡すと、雇用を取り巻く環境は厳しさを増しています。このところ、企業の中間決算の発表が相次いでいますが、およそ5社に1社が赤字です。雇用を守り切れず、希望退職を募る企業の数は、すでに去年一年間の2倍。対象人数は1万6000人を超えました。また、解雇や雇止めで仕事を失った人は見込みも含めて7万人を超えています。

【仕事を失う方が増えているのですね。厳しいですね】
はい。それでも、最新の失業率は3%。去年12月は2.2%でしたので、悪化はしていますが、リーマンショックの時、あっという間に5.5%に達したことを考えると、まだ、なんとか低い水準にとどまっています。雇用を守っている企業に政府が手厚い雇用調整助成金を出していることもありますが、コロナの前は、多くの企業が、深刻な人手不足、人材不足に頭を抱えていました。今は、大変だけれど、いずれコロナは終息して、お客さんや需要が戻ってくる。その時に、一気に仕事を展開するためには、雇用を守りたい。そう考えている企業も多いのです。

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そこで、業績が好調な企業、人材が足りないという企業を探して、少しの間、社員を働かせてもらおうと、考えだした対策なのです。
ただ、それだけではありません。出向で、社員が、別の企業や自治体でこれまでと違う、仕事を経験することで、視野や人脈、発想が広がり、自社に戻ってきた時に、新たな事業の開拓や、仕事の改革につなげることができるのではないか。そのような期待もあります。
実際、緊急事態宣言の時に閉店を余儀なくされ、別の企業に社員の出向を受け入れてもらったという外食の企業の中からは
▼ 少ない店員で効率的に作業をするミニスーパーに出向していた社員の経験が、店を再開した後の仕事の効率化に役立っている。
▼ 宅配の企業に出向していた社員の経験が、新たに、宅配事業を立ち上げることになった時に大きく貢献した。
こうした声もあがっています。

【受け入れる企業の側には、どのようなメリットがあるのですか?】
例えば、航空会社から人材を受け入れる企業は
▼ 客のクレームにも笑顔で乗り切る高い接客力を、自社の社員に浸透させてほしい。と話しています。航空会社には、鉄道会社やメーカー、医療機関などからも、次々、引き合いがきているということです。
また、航空会社以外から出向を受け入れる企業からも、
▼ 新規出店の計画がある中、外食や旅館などで接客の経験が豊かな人材は即戦力になる。
▼ 他業種の視点、発想を持って働いてもらうことで受け入れる側も、新たな事業や改革のヒントが得られるのではないか。
そのような期待もあって、ノジマなど、様々な業種から出向の受け入れを検討している企業もあります。

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【こうした動きで、多くの雇用が守れるのでしょうか?】
確かに、出向させるのは事業の回復を見込める企業で、受け入れるのは余裕のある企業です。今の厳しい状況でこうした企業は、限られるかもしれません。でも、出向は、コロナ後を見据えた、双方にメリットがある前向きな取り組みです。政府も、今後、社員を外部に出向させる企業に雇用調整助成金を拡充することも含め支援策を検討しています。地域地域で、自治体や産業界、そして企業の情報を持っている銀行などが連携して、双方の情報を掘り起こして、1人でも多く橋渡しをする。

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社会全体で、雇用を守る取り組みに、ぜひ力を入れていってほしいと思います。

(今井 純子 解説委員)

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