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下がる物価 値下げは続く?

今井 純子  解説委員

物価が下がっています。しかし、長期的に下がり続けるか、というと、需要に応じて価格を変える、新たな戦略を検討する企業もでていて、見方が分かれています。今井純子解説委員。

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【買い物に行っても、価格が安くなっている実感はありません。物価は下がっているのですか?】
統計を見ると、下がっています。まず、物価の推移を見てみましょう。
ゼロの線より上だと、一年前より物価が上がっていることを示します。
新型コロナウイルスの感染が拡大する前は、人手不足で賃金を引き上げ、そのため値上げせざるを得ないという企業が相次ぎ、物価はプラスで推移していました。当時の安倍政権も「もはや、物価が下がり続けるデフレの状態ではない」としていました。デフレが進むと賃金も下がり続けることになり、経済の悪い循環に陥るとして、デフレからの脱却を目指していましたよね。

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それが、今年に入って物価は下向きになり、先週、発表された9月はマイナス0.3%。2か月連続のマイナスになりました。

【なぜ物価は下がったのですか?】
様々な意味で、新型コロナウイルスの影響が出ているからです。

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▼ まず、夏から始まった。GoToトラベルの影響です。

【えっ。GoToトラベルですか?】
はい。GoToトラベルを利用して宿泊をする場合、宿泊料金が割引きとなります。それが反映されて、9月の宿泊料は、一年前より30.0%下落しました。
▼ そして、2つ目がエネルギー価格の下落です。
世界中で、移動が制限され、原油価格が下がった影響で、
▼ ガソリン、灯油、そして電気代が下落しました。
総務省は「GoToトラベルの影響がなければ、物価は去年と同じ水準。ほぼ横ばいだった」としています。

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【横ばいですか?】
それでも、コロナ前と比べると、下落の傾向は強まっています。
消費者物価の調査対象の523品目のうち、上がっている品目と下がっている品目の数を今年1月と比べると、上昇した品目が減っている一方、下落した品目が増えています。

【下がる品目が増えているのですね】
はい。身近なところでも値下げの動きが相次いでいます。例えば、
▼ スーパーの西友。9月から生活必需品765品目について、平均5.1%の値下げに踏み切りました。また、
▼ また、ホームセンターのカインズも、9月から、日用品や家電製品、家庭用の工具など、7200品目を平均で20%程度値下げしたほか、
▼ 「無印良品」を運営する「良品計画」も、家庭用の秋冬物の衣料品72品目を、今月から、順次大幅に値下げすることを発表しています。
先行きへの不安に応えるために、コロナでニーズが高まっている商品を値下げしたということですが、西友は、「値下げの後、カレーや乳製品の売り上げが20%あまり増えている。節約志向は、今後、高まるのではないか」と話しています

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【そうすると、今後、物価は、さらに下がる方向に行くのですか?】
短期的には、下がるという見方が強いのです。
消費者物価、年末にかけてマイナス幅が1%から1.5%程度まで拡大するというのが、多くの経済の専門家の見方です。
ただ、長期的に物価が下がり続ける「デフレ」の状態に戻るのか、というと、懸念を指摘する声と、デフレにはならないという声と、見方はわかれています。
まず、デフレを心配する声ですが、背景には、家計を取り巻く環境が悪化している点があります。

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【生活は厳しくなっていますよね・・】
はい。
▼ 物価を押し上げる要因になっていた「人手不足」。仕事を求めている人1人に対して、企業から何人の求人があるかを示す有効求人倍率は、去年8月、1.59倍。つまり、一人の人をほぼ1.6の企業がとりあう形でしたが、この8月は1.04倍まで低下しました。希望退職を募ったり、廃業に追い込まれたりする企業も増えていて、全体としては「人あまり」の状態に変わりつつあります。
▼ こうした情勢を受けて、働く人の賃金も8月は一年前と比べて、全体で1.3%下落。4月以降、5か月連続で、前の年を下回る状況が続いています。冬のボーナスの支給を見送ったり、大幅に引き下げたりする企業もでてきています。

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このような厳しい状況から、物価を下に押し下げる力が、全体的に強まっているという見方が出ているのです。

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【一方、デフレの心配はないという見方もあるということですね。なぜですか?】
というのも、今回、家計の状況を少し詳しく見ていくと、2極化の動きが目立っていて、それを受けて、新たな価格戦略を模索する企業がでてきているからです。

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【2極化ですか?】
コロナで大きなダメージを受けて、収入が減って生活が厳しくなっている人も多い一方、この半年間、特に収入は変わっていないと答えた人も、60%近くに達している。というアンケート調査の結果もあるのです。そうした家庭にも、一人一律10万円の給付金が配られたことなどから、家計が持つ現金・預金を全体でみると、1031兆円と3か月前より30兆円増えて、過去最高に積み上がっています。

【生活が厳しい家庭が増えている。一方、余力のある家庭もあるということですね】
はい。先ほどの日銀の調査では、今後1年間、商品やサービスを選ぶ際に特に重視することも聞いていて
▼ 「価格が安い」ことを重視するという回答が最も多いのですが、1年前と比べて7ポイント近く減っている。一方
▼ 安全性や、機能を重視する、と答えた人が増えています。
こうした動きもあり、企業の中からは、同じような商品やサービスでも、需要に応じて、価格を上げたり、下げたりする、新たな戦略をとる動きもでてきているのです。

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【需要に応じて価格を変える?】
すでに、航空券やホテルでは、販売状況を見て、高い価格で売ったり、売れ残りを防ぐ手段として、価格を下げて売ったりする動きは一般的になっていますよね。
今回、コロナの逆風を受けている企業の中からも、例えば、
▼ オリエンタルランドが、中長期的に、東京ディズニーランドなどのチケット価格を変動制にすることを検討するとしているほか、
▼ JR東日本も通勤・通学のピーク時の利用を、日中に動かすために、オフピークの時間に定期を利用した人にポイントを付与する。将来的には、オフピークの時間にしか使えない割安な定期券を作る一方、ピーク時間帯に利用できる定期は値上げをすることを検討したいとしています。
季節や時間帯によって、あるいは、新しい価値と組み合わせることで、同じような商品やサービスでも、価格を変え、全体の収益を増やしていきたいという狙いです。デジタル化やAIの技術が進んでいることもあり、コロナでこうした動きが加速するのではないか。

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そうなると、一斉の値下げとはならず、物価と賃金が下がり続けるデフレの悪循環は避けられるのではないかという見方です。

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【家庭にとっては、選択肢が増えることになるのかもしれませんね】
そうですね。今、厳しい企業はたくさんありますが、様々な知恵と工夫で、収益を支え、雇用や賃金を支えてほしい。そして、コロナの厳しい時期を乗り越えた後、今度こそ「物価を上回る賃金の引き上げ」という、よい循環につなげることができるよう、今から取り組むことが大事だと思います。

(今井 純子 解説委員)


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