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「コロナでも合唱の灯は絶やさない!」(くらし☆解説)【取材後記あり】

水野 倫之  解説委員

新型コロナウイルスの影響で厳しい状況が続く音楽界。中でも苦しいのが大人数で歌う合唱。そんな中新たなスタイルで活動再開にこぎつけた合唱団がある。
合唱の灯は絶やさないと意気込むその取り組みについて、水野倫之解説委員の解説。

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合唱は密で飛沫が飛びやすいということもあり、演奏会どころか練習もまともにできなくなっていた。以前合唱団に所属していたことがあり、合唱の今後がどうなるのか気になっていたところ、様々な工夫で活動再開にこぎつけた合唱団があると聞き取材した。

その合唱団は東京混声合唱団。団員30人のプロの合唱団で、定期演奏会や学校訪問など年間150回の演奏会を開いてきた。
ところがコロナの影響で3月以降、60の公演が全て中止となって収入がほぼ途絶え、持続化給付金などを申請して何とか食いつなぐ、先が見えない状況となった。

実際のところ合唱の感染リスクはどうなのか。
世界最速のスーパーコンピュータ富岳を使った研究が行われている。25人が前後間隔1mで合唱した場合を想定すると、一人から1分間に2500個の飛沫が飛散し、気流にのって普通の会話よりも遠くへ飛び、前の人の後頭部にかかってしまい、やはりリスクがあることがわかる。

このままでは合唱の灯が絶えてしまうと危機感を抱いた団員たちが、まず取り組んだのがリモート合唱だった。ピアノ伴奏に合わせて各自が収録し、一つの曲につなぎ合わせた。
「明るい明日がやってくる」というメッセージが込められ、28万再生を記録。
あらためて合唱に可能性を感じた団員たちはあらたな演奏方法を考えだした。
それが口を閉じて歌うハミングだけで構成された曲。
ハミングなら飛沫は飛ばないが、合唱界では初めての試みだった。
ハミングでどこまで挑戦できるのか、著名な作曲家3人に依頼したところ無償で曲を提供してくれたということ。
合唱団では演奏の様子をHP上で公開するとともに、全国の学校やアマチュアの合唱団向けに楽譜も公開。

でもやはり合唱は歌詞に聴衆に訴える大きな力がある。何とか演奏会で普通に曲を歌えないか、団員たちが目を付けたのはマスクだった。
でも普通のマスクだと飛沫の飛散は抑えられるが、あごが締め付けられて大きく口を開けて歌うことが困難で、声も通らなかった。
そこで団員たちはミシンを持ち寄ってマスクを手作りしてみた。ただ縫製は素人でなかなかうまくいかなかった。
マスクメーカーに問い合わせてもオリジナルマスクの製作には数か月かかると言われ、あきらめかけていたころ、団員の一人が自宅近くで手作りマスクが店頭販売されているのをみかけ、思い切ってお店のご婦人に相談したところ、協力してもらえることになった。
そのお店は千葉県佐倉市の街中にある。これまではおもに婦人向けの部屋着をつくって販売していた。
経営者の梅澤香代子さんは「歌ったことなかったのでどうかと思ったが、このコロナで何か役にたてることがあればと思い協力した」と話す。
実際団員にも店に来て歌ってもらい様々形を試した。
そして口を開けて歌えるようあごの部分の引っ掛かりをなくすため、ベールのような形にしたが、息継ぎをすると布が顔にまとわりついてしまうのが難点だった。
そこで梅澤さんはプラスチックの芯を2本ハの字型に入れることでこの問題を解消。
また耳が痛くならないよう、ゴム紐のかわりに伸縮性のある布を紐として使うことに。
こうして出来上がったのが息継ぎしやすく歌いやすい「歌えるマスク」。

しかしこのマスクでリスクは抑えられるのか。
スパコン富岳を使ったシミュレーションでは全員が口元を覆うシールドを付けた場合を想定した計算が行われていて、何もつけない場合に比べて飛沫飛散はかなり抑えられることがわかる。
シミュレーションをした神戸大学の坪倉誠教授によると、「口元を覆うシールドよりマスクのほうがより飛沫が抑えられることが計算でわかっており、ベールのようなマスクをして一定の距離をとって歌えばリスクを下げる効果はより高いと思う」と話す。

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東京混声では歌えるマスクをつけて通常の練習も再開している。団員はもちろん、指揮者もマスクをして歌唱指導。ただ感染リスクがゼロになるわけではないので、お互い1m以上は間隔をとり、休憩時間には窓を開けて換気にも気をつかう。

そしてこのマスク、団員の予想以上に注目を集めた。活動再開に悩んでいた全国のアマチュア合唱団から問い合わせが相次ぎ、販売を始めた。合唱団のホームページからたどって注文できるが、ご婦人に加え、縫製工場に頼んではいるが、入手には1か月はかかるという。

コロナでもあらたな合唱のスタイルを追求し続けてきた合唱団。
その努力のかいもあって、途絶えていた学校を訪問しての演奏会も先週から再開することができた。
この日招かれたのは、都内の高校の文化行事。
学校内には合唱による感染リスクを心配する声もあったが、歌えるマスクをしていると聞き、開催を決めたという。
全員がマスクをし、団員同士や客席とも十分な距離をとったうえで、高校生にも親しみのある曲を中心に歌声を披露。
生徒たちから大きな拍手が送られていた。

今週末には定期演奏会も再開する予定。
このマスクで活動を再開したアマチュア合唱団もある。
今年はベートーベン生誕250年で、年末には第九の合唱が多く計画されていたが、すでに中止となったのも多い。ただこうしたマスクと距離をとることで、演奏会にこぎつけている合唱団があるわけなので、まだ開催を迷っている団体は一度この新しいスタイル、検討に値すると思う。

(水野 倫之 解説委員)


■ 取材後記

普段エネルギーや科学技術をカバーしている私が合唱を取り上げたのは、以前アマチュア合唱団に所属したことがあり合唱の行く末が気になっていたからですが、さまざま取り組みをしていたのが東京混声合唱団だったことが決定的でした。というのも私は所属合唱団で指揮もしていたため、いつも東京混声の演奏を聴いて参考にしていました。私にとってはいわばあこがれの合唱団だったわけで、これは絶対取材しなければと思った次第です。
ただ取材を始めて驚いたのがコロナ禍でのプロ合唱団の厳しい現実でした。音楽界はどこも大変ですがもともとオーケストラなどと比べて合唱を聴こうという人は少なく、演奏会収入も多くなく待遇も決して良いとは言えません。団員の中にはアマチュアを指導して生計を立てている人もいます。しかしコロナでそのいずれも絶たれてしまい、なりふりかまわずさまざまな手に打って出るしかありませんでした。団員が縫製のご婦人をいきなり訪ねたのもその例で、これはぜひご婦人も取材したいとお願いしたところ、快く引き受けていただきました。また高校の文化行事も、直前まで開催すべきかどうか悩んだといいます。歌えるマスクが開催の決め手になったとのことで、2日前の申し込みにもかかわらずこちらも快く引き受けてもらいました。
今回取材した団員からは自分たちが合唱界をけん引せずに誰がするんだという強い責任感のようなものを感じました。私が見ていたように、今も多くのアマチュアの合唱団が東京混声の動きを見ています。今後も多くの人々や団体の活動の参考になるような情報を発信していきたいと思っています。

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