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「広がる『近くで見られる文化財』」(くらし☆解説)【取材後記あり】

名越 章浩  解説委員

屋内での保存が必要な文化財は、温度や湿度、光の管理が難しく、一般公開の期間が限定的であったり、展示ケース越しに遠くから見てもらったりして、大切にされています。
しかし、それだとその文化財の価値が十分伝わらないこともあります。
そこで、いま様々な技術や精巧な複製を使って、文化財を近くで見られるように工夫する取り組みが広がっています。
名越章浩解説委員が解説します。

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【5Gを活用した文化財鑑賞】
東京・上野の東京国立博物館では、国宝「聖徳太子絵伝」の原寸大の高精細画像のパネルが展示されていて、いま注目を集めています。
「聖徳太子絵伝」は、今からおよそ1000年前の平安時代に描かれた障子絵で、聖徳太子にまつわる58のエピソードが場面ごとに描かれています。しかし、劣化を防ぐため公開は年に1度に限られています。

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高精細画像のパネルだと間近で鑑賞できます。
また、会場で用意されている特殊な眼鏡で見ると、描かれた聖徳太子などの登場人物が動き出し、アニメーションで場面ごとに分かりやすく解説してくれる仕掛けになっています。
AR=拡張現実の技術と、新しい通信規格の5Gを組み合わせた、新たな文化財の鑑賞方法です。

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また、5G対応のスマートフォンを見たい場所にかざすと、拡大して鑑賞することもできます。
色が剥げて分かりにくい箇所も、拡大して見ることができます。
この展示会は、新型コロナウイルス対策のため事前予約制になっていて、10月25日まで開かれています。

【文化財の価値を知ってもらう】

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文化財をうまく活用しながら、その文化財の価値を知ってもらい、多くの人に親しんでもらえば、文化財を大切にする心を育てることになります。
つまり、文化財の保存につながっていくのです。
技術の進歩で、こうした取り組みは今後益々広がりそうです。

【“触れる文化財”も】
例えば、最新技術を活用して、実際に“触れる文化財”もあるのです。
福岡県北九州市で開かれている「スーパークローン文化財」の展示会。「スーパークローン文化財」は、東京藝術大学のチームが最先端の3Dスキャナーなどを使いながら、伝統的な模写の技術で作り上げた美術品の複製です。

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会場には、国内外の文化財や絵画の24の複製などが展示されています。
法隆寺の国宝・釈迦三尊像もその1つです。
本物そっくりで、細かい汚れや傷みも、再現されています。
真横、真上、真後ろからでも至近距離で見ることができます。
新型コロナの感染拡大を防ぐために、会場では触るのを控えてもらっているということでしたが、通常であれば、「スーパークローン文化財」は“触れる文化財”として知られています。
さらに、会場は換気のためにドアが開けっぱなし。本物の文化財ではありえない光景です。
ウイルス感染の心配を減らしながら、文化財の鑑賞もできるということなのです。

様々な角度から文化財を見たり、触ったりすることで、その魅力をより立体的に知ることができます。
これまでの文化財鑑賞の常識が変わっていきそうです。

【奈良時代の塑像の傑作を忠実に再現】
さらに、素材や色など、作られた当時の姿を完全に復元し、それを間近で見られるようにしようというプロジェクトも進んでいます。

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東京藝術大学の副学長、籔内佐斗司教授の研究室で制作されているのは、奈良の東大寺法華堂に、1300年前から伝わる「執金剛神立像」の複製です。
本物は「塑像」の傑作とされる国宝で、年に1回しか公開されません。

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東大寺にある本物の「執金剛神立像」は長い年月を経て色がかなり薄くなっていますが、奈良時代に作られたときは、鮮やかな極彩色だったことがこれまでの調査で分かっています。現代の日本には無い顔料も使われていて、1つ1つ分析して、当時の色を正確に再現しています。
また、軸となる中の木の構造も、塗り重ねる粘土なども、すべて忠実に再現され、まもなく完成します。

完成後は、東京藝術大学の美術館で11月19日から公開されます。
どの角度からでも間近で鑑賞できるように展示されるそうです。
そのあと東大寺へ寄贈され、東大寺では、来年、公開を計画しているということです。

【“近くで見られる文化財”で広がる可能性】
“近くで見られる文化財”は、本物の価値を理解するための入り口です。
本物を保存し、後世にしっかり伝える重要性はいうまでもありません。
しかし、重要な文化財ほど古く劣化も進んでいます。保存・修理にはお金がかかりますが、予算は限られています。

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例えば、東京国立博物館はおよそ12万件の収蔵品がありますが、本格的な修理ができるのは、そのうち、年間たったの100件程度なのです。これでは劣化のスピードに追いつきません。
ですから、少しでも劣化を防ぐために、本物を表にあまり出さないようにして、最新技術や複製を使って、その文化財の持つ価値を伝える、きっかけにするのです。
展示会に多くの方がくれば、その収益を本物の保存費用に充てることができます。
また共感が広がれば、本物を社会全体で守っていこうということになり、例えば、寄付金で文化財を守っていこうという意識の変化が生まれるかもしれません。
さらに、文化財の修復にあたる新たな技術開発や、技術者の育成にもつながるのではないでしょうか。
“近くで見られる文化財”は、そうした可能性を広げているのではないかと思います。

(名越 章浩 解説委員)


■ 取材後記

今回、東京藝術大学の籔内佐斗司教授の研究室で制作されている東大寺の「執金剛神立像」の複製を取材しましたが、文化財の完全な複製の過程を見る貴重な機会となりました。
そこで、放送では紹介しきれなかった“発見”がありました。それは、日本と中国の「時代を超えた協力」です。
研究室には、中国人留学生が複数いて、日本人の学生と手分けをしながら作業にあたっていました。中国で有名な映画の美術担当だった人や、画家として活躍していた人などが、さらに専門的な知識を身に着けようと、中国国内や海外の様々な大学を探したところ、東京藝術大学の大学院が文化財保存・修復で面白い研究をしていることを知り、進学を決めたと言っていました。

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「執金剛神立像」には、現在の日本には無い顔料が使われていたのですが、この顔料が、中国から古代の日本にわたり、「正倉院に残る古文書で薬剤として記録されていたものではないか」と、思いついたのもこの中国人留学生でした。

 古代の日本には多くの技術者が大陸からやって来ていました。今ほど国境がハッキリしていない時代、そこには日本と中国の確かな交流があり、文化の醸成に大きく関わっていたのです。
 そして、1300年という時を超えて、奈良時代の貴重な文化財の複製を共同で作成している姿を見て、私は胸が熱くなりました。国境や言語の壁を超えて1つになれたら、世界の人々はもっと幸せになる。文化にはそれを可能にする力があると感じた取材でした。

 

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