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「現代への教訓 四国の災害伝承碑」(くらし☆解説)

清永 聡  解説委員

国土地理院は、防災への意識を高めてもらおうと、去年から過去の災害を記した石碑などを「自然災害伝承碑」という新しい地図記号にして掲載を始めました。さらに、地図記号に登録されていないものの全国には災害の記録を伝える石碑などが数多くあります。
今回は四国に残されているこうした石碑から分かる災害の教訓についてお伝えします。

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【自然災害伝承碑とは】

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Q:この地図記号ですね。
A:こちらは新しくできた地図記号「自然災害伝承碑」です。新しい地図記号は13年ぶりのことです。過去の土砂災害、洪水、津波、火山などについて記録した石碑で、現在全国606か所。四国は85か所が登録されています。印刷された地図だけでなく、国土地理院のネット上の地図「地理院地図」というページでも見ることができます。

こちらが地理院地図です。愛媛県を見てみます。地図のマークをクリックすると写真が出てきます。さらに写真をクリックすると簡単な説明も出てくるようになっています。
実際にここがどんなところか、訪ねてきました。石碑があるのは愛媛県大洲市長浜町の須沢地区。
石碑はミカン畑の隅にありました。明治19年にここで大雨による大規模な土砂災害が発生して、39人が亡くなったということです。石碑は今も地元の人が大事に管理していました。

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【登録されていない石碑などにも貴重な記録が】
Q:愛媛県大洲市というのは、おととしの西日本豪雨でも被害があった場所ですよね。
A:自然災害は繰り返し発生することがあります。石碑の存在は、過去の災害を伝えて今後の教訓につながる役割があるわけです。国土地理院のホームページで一覧を見ることもできますので、皆さんが住んでいる近くの石碑を探すこともできます。
ただ、地図に登録された石碑は、まだごく一部と言われています。各地には登録されていなくても、過去の災害を伝える石碑などが多くあって、その記録を現代に生かそうという取り組みも行われています。次はそうした事例で高知と徳島を訪ねました。

【石段に津波記録】
高知県宿毛市の大島地区にある神社です。本殿に向かう階段に、過去の津波到達地点を記した石碑が立てられています。
下が1854年の安政の南海地震の津波、上が1707年の宝永地震の津波です。
Q:あんなところまで津波が来たんですか。
A:高さは安政の津波が階段の一番下からおよそ1点5メートル。宝永の津波がずうっと上がって、およそ10メートルです。
Q:周囲の住宅の屋根よりも高い場所です。
A:石碑があることで、過去にこれだけの津波が来たことを地元の多くの人が知っているそうです。地域の防災訓練は、今もこの神社に集まって避難しています。地元の小学生の学習にも活用されているということです。

【お地蔵さんが伝える洪水】
教訓を伝える取り組みは徳島でも行われています。徳島市の徳島大学では10月末まで「高地蔵」というお地蔵さんを紹介する防災展が開かれています。
Q:お地蔵さんですか。

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A:この「高地蔵」は、洪水でお地蔵さんが水につかったり、流されたりすることを申し訳なく思った当時の人が、高い台座の上に据えたと伝えられています。吉野川の下流域を中心におよそ190体残されているということです。
防災展を開いている徳島大学の上月康則教授に現地を案内してもらいました。
こちらは最も高いお地蔵さん。4メートルを超える高さがあります。江戸時代のものですが、高地蔵がここにあるということは、かつて洪水があったことも考えられるわけです。
Q:お地蔵さん、優しそうな顔をしていますね。
A:私たちは下から見上げる形になるのですが、お地蔵さんの方が少し笑顔でうつむいていて、自然と手を合わせたい気持ちになりました。今回は紹介しきれませんでしたが、上月教授らに案内してもらった各地の高地蔵は、どれも優しそうな表情で、地元の人に大事にされていました。

【“先人のハザードマップ”】
Q:お地蔵さんの表情がとても印象的でした。

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A:これは吉野川流域の浸水予測地図です。これにさきほどの高地蔵がある場所を重ねてみると、こうなります。
Q:ハザードマップの範囲と重なりますね。
A:しかも高地蔵の置かれている場所を詳しく分析した研究結果によると、台座が高い場所ほど、深く浸水する危険性があるという一定の傾向が見られたそうです。高知も徳島も自然災害伝承碑としては未登録なのですが、どちらも災害の教訓を伝える貴重な記録です。特に高地蔵はこうした特徴からいわば「先人のハザードマップ」と呼ぶ研究者もいます。

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徳島大学の上月康則教授は「高地蔵を通して水害の恐ろしさを学び、防災の意識を高めるために活用してほしい」と話していました。
Q:災害の記憶を伝える取り組み、とても大事ですね。
A:最後にもう1つ、松山市の「自然災害伝承碑」を紹介します。そこには、災害の記憶を伝える、ある貴重な物が、保管されていました。

【記憶をどうつなぐ】
松山市大可賀地区です。江戸時代に開拓された海に近い住宅地です。ここに地図に登録された伝承碑があります。
「大可賀溺死者招魂碑」。明治17年に台風の高潮で53人が亡くなったという災害の石碑です。お堂の一角にあります。
自治会長の武地輝明さんが、お堂の中にあるふだん公開していない資料を、今回、特別に見せてくれました。

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それがここで起きた高潮の被害を伝える絵です。流される人々、嘆き悲しむ女性や子どもの姿などが描かれています。地元の惨状を描いた貴重な記録です。この絵は今も地区で大事に保管されています。武地さんはこの絵について「大可賀地区の宝です」と話していました。

【“未来への伝言”】
Q:高潮の恐ろしさが良く伝わる絵です。
A:注目してほしいのは、絵の左側に書かれた文字です。昭和8年と記されています。つまり絵が描かれたのは災害から半世紀近く後のこととみられています。遺族はこのままだと悲惨な出来事を語り継ぐ人がいなくなってしまうと考えて絵を残したのではないかとも考えられています。

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大可賀地区では毎年、このお堂で追悼式が行われています。かつて高潮の被害があったことを、地区の人たちは130年以上たった今も語り継いでいるわけです。とても貴重な取り組みだと思いました。
Q:こういう歴史を伝えることは本当に大事ですね。
A:全国には、災害の歴史を伝えるたくさんの石碑があります。多くで共通しているのは「災害の犠牲を子孫には繰り返してほしくない」という人々の願いです。それは”未来への伝言”という意味もあると思うのです。その伝言を私たちがどう受け止めて将来の防災に活かしていくか。そのことが問われているのではないでしょうか。

(清永 聡 解説委員)

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