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「iPS細胞で新たな心臓治療」(くらし☆解説)

矢島 ゆき子  解説委員

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8月、慶應義塾大学のiPS細胞での心臓の再生医療に関する臨床研究が承認されました。
iPS細胞を使って心臓の働きをよみがえらせる新しい医療が、近い将来、実用化されるかもしれません。
一体、どんな治療なのでしょうか?

◆新しい「心臓再生医療」

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(画像提供:慶應義塾大学 福田恵一教授  遠山周吾特任講師)

この臨床研究は、iPS細胞で作った“心臓の筋肉の細胞の塊”を心臓の中に移植し、悪くなった心臓の働きをとり戻すというものです。
細胞の塊は0.15ミリ。およそ1000個ほどの細胞を集めたものです。
対象は、数万人といわれる「難治性心不全」の患者さんです。「難治性心不全」は、薬などでは治療は難しく、心臓移植もありますが、国内では、ドナー不足などもあり、治療手段のない人が多いのが現状です。そのため、このiPS細胞を使った再生医療への期待が大きく、今後、ヒトでの安全性・有効性を確かめる予定です。

◆「iPS細胞」とは?

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(画像提供:京都大学 山中伸弥教授  旭川医科大学 甲賀大輔准教授  ミオ・ファティリティ・クリニック)

私たちの体はさまざまな種類の細胞でできています。 大きさも形もさまざま。それぞれの細胞が働いてくれるおかげで私たちは生きています。
これらの細胞の始まりは、たった一つの「受精卵」です。iPS細胞は、受精卵が分裂を始めた直後と同じような状態で、万能性があるため、さまざまな働きをもつ細胞になることができるのです。

◆「iPS細胞を使った再生医療の課題」は・・・その1「ガン化」
今回、承認された臨床研究では、iPS細胞から、とくに心臓の拍動に大切な「心室」という部分の心筋細胞だけで塊を作り、特殊な注射針で心臓の中に直接入れます。そして、iPS細胞を使った再生医療の課題、がん化と高コスト をきちんと解決できるかどうかがポイントです。

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こちらは動物の心臓に、「iPS細胞から作った心筋細胞」を移植したもの。点線部分が「がん化」しました。

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どうして「がん化」したのでしょうか?
実は、iPS細胞を培養して、心臓の筋肉に分化させるとき、心筋細胞もできますが、まだ心筋細胞になっていないiPS細胞が残っている場合があります。この「残ったiPS細胞」が問題で、これを体内に移植すると、万能性をもつiPS細胞が「がん化」してしまうことがあるのです。そのため、iPS細胞をとりのぞく工夫が大切になります。
そこで、注目されたのが、培養液です。
iPS細胞は、生きていくためには、ブドウ糖・グルタミンが必要です。一方、心筋細胞は、ブドウ糖・グルタミンがなくても、乳酸があれば生きていくことができるのです。このことを利用し、iPS細胞が心筋細胞にある程度分化したら、培養液からブドウ糖・グルタミンをのぞき、代わりに乳酸を加えました。すると、心筋細胞だけが生き残り、がん化のおそれのある「残ったiPS細胞」などは死んでしまったのです。

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動物実験では、がん化はみられず、不整脈などの合併症・副作用もなかったとのこと。また心臓の中で細胞の塊が成長し、長期間にわたり、心筋として定着し続けることが確かめられました。ただ、これは動物実験の結果です。今後、時間をかけて、ヒトではどうなのか、「がん化」の課題が克服できているのかなど安全性も確認することが大切です。

◆「iPS細胞の課題」は・・・その2「高コスト」
今回の臨床研究では、安全性の確認が第一のため、使う予定の細胞数は、一人分で5000万個。作るのに2000万円ほどかかるそうです。心不全の治療では、一人3億個必要とも言われています。単純計算すれば、細胞の数は、6倍。費用も6倍だとすると、一人の治療で1億円を超えてしまいます。この技術が医療としてなりたつためには、高コストの問題の解決が必要になります。この問題を解決するために、iPS細胞から心筋細胞を自動的に大量培養できる装置「大量自動培養装置」の開発が進んでいます。人の手をあまりかけずに作ることで費用を抑えることができるかもしれないとのことです。本当に高コストの課題を解決できるのか、注目です。

(矢島 ゆき子 解説委員)

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