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ミュージアム コロナで展示が変わる?

高橋 俊雄  解説委員

各地の博物館や美術館。感染対策をとったうえで再開したものの、企画展や特別展が延期や中止になっているところも多く、展示の内容やスケジュールの変更を迫られています。こうした中、どのような作品や資料を紹介すればよいのか模索が始まり、この状況ならではの展示も見られます。

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【「非常時の美術」を紹介】
三重県立美術館の特別展示「ステイミュージアム」は、柱の1つが「非常時の美術」です。疫病のほか、戦争や災害などに直面した美術家の作品が紹介されています。

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並んで展示されている、大正時代の画家、村山槐多(かいた)と関根正二の自画像。2人は1919年に「スペインかぜ」が流行する中、それぞれ22歳と20歳という若さで亡くなりました。
このように、この100年ほどの間の「非常時」に直面した作家に思いをはせ、その作品を身近に感じてもらうことで、これからのウィズコロナの世界を考えるきっかけにしてほしいというのが、展示のねらいです。

【コレクションをもとに構成】
また、美術館の収蔵品=コレクションを中心に構成しているのも、この展示の特徴です。
特別展示のもう1つの柱、「今日の1点」では、感染拡大の影響で休館していた時期を思い起こさせる、学芸員おすすめのコレクションを紹介しています。
この美術館では、休館中の4月28日から「今日の1点」と題して、7人の学芸員がコレクションの見どころをツイッターで発信しました。

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例えば5月29日の投稿では、清水登之(とし)の「ロシアダンス」という作品について、「人の密着する光景が、すこし懐かしい」と、3密を避けざるを得ない現状を踏まえたコメントを寄せています。
会場では、こうした当時のツイートと作品が並べて紹介され、発信した中の20点について、作品の実物を見ることができます。

【「コレクションは宝」】

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コレクションを活用した展示について、担当した三重県立美術館の原舞子さんは、次のように指摘します。
▽今回の展示を企画して、コレクションは宝だと、改めて感じた。
▽展示会が1つできるような作品を持っていることは、美術館の強みになる。
▽学芸員にとっては調査や研究だけでなく、アイデアや発信力が問われる。

こうしたコレクションを活用した展示は、ほかにも見られます。
例えば山梨県立博物館は、「常設展示パート2」と題して、企画展示室に資料を展示していますし、長崎歴史文化博物館などでも同様の取り組みを行っています。

【身近な資料を収集・展示】
一方、今のウィズコロナの暮らしに関わる資料を後世に残すために新たに集め、展示にもつなげている取り組みもあります。
大阪の吹田市立博物館は、「新型コロナと生きる社会」という展示を開いています。
展示資料はおよそ130点。テイクアウトをしている店のチラシやデリバリーの広告、それにマスクなど、今の日常生活を伝える身近な資料ばかりです。ことし3月から収集を行い、これまでにおよそ900点を集めました。

【「100年後に残すために」】

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いったいなぜ、こうした資料を集めているのか。担当の学芸員、五月女賢司さんは、「100年後に残すため」だといいます。
今回の感染拡大を受けて、五月女さんがスペインかぜの資料が残されていないか調べたところ、吹田市の地域資料としては1つも見当たらなかったということです。
今のコロナに関する資料も、貴重な歴史資料になりうるわけですが、このまま何もしなければ、すぐに無くなってしまいます。
そこで、こうした「もの」を100年後に残すために、収集を続けているのです。

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例えば、精肉店の入り口に置かれていた入店制限を知らせる手書きの貼り紙。五月女さんが店に直談判して譲り受けた資料ですが、こうした貼り紙は、使われているときや、その直後の捨てられる前にしか集めることができません。
こうした「もの」を歴史資料として後世に残すことで、ウィズコロナの具体的な生活をリアルに伝えることができますし、速やかに展示することによって、この活動が周知されて、さらなる収集につながることが期待できます。

【「もの」だけでなく証言も】
ここで五月女さんが強調するのは、「もの」を集める際には、その背景もしっかり記録しなければならないということです。

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その実例の1つが、会場に展示されている大きな入れ物です。目立つ場所に「食事にお困りの方へ」と書かれていて、ことし4月から5月にかけて吹田市内のお寺に置かれていました。
この寺の副住職が、仕事やアルバイトがなくなって生活に困った人たちの助けになればと、インスタント食品や缶詰などを入れて自由に持ち帰ってもらっていたということです。
しかし、この入れ物自体は市販品で、いつ、誰が、何のために行ったのか、そして中にどんなものを入れていたのか、といった情報がなければ、その意味や価値は伝わりません。
五月女さんは副住職に話を聞き、多いときは1日に3回、食べ物を補充したということや、近所の人が協力の申し出をしたといったエピソードも含めて、後世に残していこうとしています。

こうした「コロナの資料」を集める取り組み、全国的には数は多くありませんが、北海道の浦幌町立博物館などがすでに始めています。また、早稲田大学の演劇博物館では、中止や延期になった舞台芸術のチラシやポスターなどの提供を呼びかけています。

【収集や展示のあり方 見つめ直す時期】
博物館や美術館は、近年、観光資源としてさらなる活用が期待されていますし、国内外の著名な作家や作品を取り上げることで、何十万人という入場者を集める企画展もあります。
ところが新型コロナの影響で、こうした状況は変わらざるをえなくなっています。
コロナ禍に直面し、先行きも不透明な今は、どんな資料や作品を収集・保存するのか、そしてどのように展示・公開するのか、改めて見つめ直す時期ではないかと思います。
展示を見に行く側からすれば、全面的な再開を待ち望みながらも、各地のミュージアムの工夫や苦心のあとを探ってみるのも、今ならではの楽しみ方かもしれません。

(高橋 俊雄 解説委員)


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