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「相次ぐ豪雨被害  逃げ遅れゼロを目指して」(くらし☆解説)

飯野 奈津子  専門解説委員

九州では断続的に猛烈な雨が降っていて、川の氾濫や土砂崩れが相次いだ熊本県を中心に大きな被害が出ています。相次ぐ豪雨被害をどう防ぐのか。担当は飯野解説委員です。

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Q1 「逃げ遅れゼロを目指して」とありますね。

A1 今回九州を襲った記録的な大雨では、川の氾濫などで住宅に取り残されて救助を求める人が相次ぎ、命を落とす人も出てしまいました。改めて、早めに避難することがいかに大事か、痛感します。きょうは、2年前に起きた西日本豪雨の被災地で始まった「逃げ遅れゼロ」を目指す取り組みを紹介しながら、豪雨災害から命をどう守るか、考えていこうと思います。
紹介するのは、2年前の豪雨で甚大な被害に見舞われた岡山県倉敷市真備町での取り組みです。当時真備町では河川の8か所が決壊して、町の3分の1が浸水。その深さが5メートル以上に達して、住宅の2階部分まで水に浸かったところもありました。

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この水害で亡くなった人は51人。全体のおよそ9割が高齢者で、施設ではなく自宅で過ごす人でした。

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この中で、介護が必要だったり障害があったりして自力で避難するのが難しいとされていた人が34人。倉敷市が作った「避難行動要支援者名簿」、これは避難に支援が必要な人の名前や連絡先を記載したものですが、その名簿に掲載されていましたが、結局、避難にはつながりませんでした。

Q2 災害に備えて作られていた名簿が、機能しなかったのですね。

A2 名簿があっても、誰がどのように避難を支援するか、地域の中で話し合ったりしていないと、いざという時に行動に結びつかないということだと思います。

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その結果、多くの人が自宅に留まっている中で命を落としました。住宅の1階部分で亡くなった人が41人と全体の8割にのぼっています。その半数以上が2階建ての住宅に住んでいた人で、自力で2階に上がることさえできなかった人もいるとみられています。

Q3 こうした悲劇を繰り返さないために、「逃げ遅れゼロ」を目指した新たな取り組みが真備町で始まっているのですね。

A3 真備町で高齢者に介護サービスを提供してきた事業者が中心になって、地域の人たちと一緒に取り組みを進めています。その柱の一つが、小さな地域ごとに「避難機能が付いた共同住宅」を作っていこうというプロジェクトです。
その第一号が先月完成しました。2年前の災害で1階部分が浸水し、空き家になっていたアパートを地域の人から借り受けて、改修しました。
特徴は、水が来ない2階まで延びるこのスロープ。長さ30メートルあります。
万一の時に、一階に住む人は、このスロープを使って2階に避難することができます。
(これがあれば、車いすの人も避難できますね)
スロープを上った、2階の先にあるひと部屋は、地域の人たちが利用できる交流スペースになっています。普段はここで趣味の活動などをしてもらい、いざという時はここに避難してもらおうというのです。非常食なども備えています。
(地域の防災拠点にもなるわけですね)
周りに迷惑がかかると、避難所に行くのをためらう高齢者でも、普段から慣れ親しんだ場所で、顔見知りの人と一緒なら、避難しやすいと考えたそうです。
先月から入居が始まり、災害で自宅を失くした3世帯5人の高齢者が暮らし始めています。この住宅の趣旨を理解し、災害時に高齢者を支えたいと、結婚したばかりの若い夫婦の入居もきまっているそうです。

Q4 こうした住宅があちこちにできれば、そこに住む人だけでなく、地域に暮らす高齢者の安心にもつながりますよね。

A4 そう思います。

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このプロジェクトを率いるのは、真備町で6年前から介護事業所を営む津田由起子さんです。津田さんは「避難が特別なことではなく、日常の中の一部にならなければ、高齢者の命は救えない」と話しています。つまり、避難のハードルを下げることが大事だということです。

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2年前の豪雨で、介護を提供していた女性が、2階建ての住宅の1階で亡くなり、住民からも「真備に暮らし続けたいが災害が心配」という声が相次いだのをきっかけに、地域の人たちと勉強会を重ね、この住宅が生まれました。改修の費用は国の補助金を活用したり、インターネットを通じたクラウドファンディングで集めたりしたそうです。

Q5 新型コロナの問題で、分散避難ということもいわれていますから、これからの避難の在り方の一つのモデルになるかもしれませんね。

A5 そうですね。ただ、せっかくこうした避難の場を作っても、ここに高齢者が来てくれなければ意味がありません。自分一人で動けない高齢者をどう連れてくるのか。
津田さんたちは、近所の人たちの力を借りようと、今年4月からもうひとつ新たな取り組みを始めています。

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マイ・タイムライン。避難に支援が必要な人、一人一人にあった個別避難計画を作る取り組みです。本人、家族、協力してくれる近所の人、介護事業所の担当者、それぞれの連絡先などを書き込み、どのタイミングで、誰がどう行動して避難につなげるのか、あらかじめ決めておこうというものです。たとえば、息子さんと同居している花子さん、日中仕事に出かけている息子さんが、近所のAさんに母親の避難をお願いし、AさんがBさんに呼び掛けて車で連れてきます。

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この取り組みの中心になっているのは、介護事業所の専門職です。本人と家族に計画を作る必要性を説明し了承を得た上で、協力してくれそうな近所の人のところに説明に向かいます。了承が得られれば、全員が集まって話し合い、役割分担を決めて計画を完成させます。

Q6 こうした避難計画をつくっておけば、いざという時安心ですが、一人一人計画を作るのには手間がかかって、福祉の専門職の人たちの負担も大きいですね。

A6 そこが大きな課題です。避難に支援が必要な人は、真備町内の福祉事業所が把握しているだけでも400人以上。他の事業所でも個別避難計画を作りたいと声が上がっていますが、どこも人手不足で余裕がない状況です。

Q7 どうすればいいのでしょうか。

A7 福祉の専門職の善意にゆだねるだけでは限界があるのではないでしょうか。自力で避難が難しい人たちに個別計画をつくることをルール化して、自治体が責任をもって取り組む体制づくりが必要だと思います。

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冒頭真備町で亡くなった34人は、自力で避難するのが難しく「避難行動要支援者名簿」に掲載されていたという話をしました。この名簿は、法律で市町村に作成が義務付けられ、ほぼすべての自治体で出来ています。ところが、その名簿を活用した個別計画づくりは進んでいません。去年6月の段階で全部作成済みの自治体が1割強、残りは一部作成中か未作成でした。

Q8 どうして個別計画づくりがすすまないのですか 

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A8 名簿は法律で作成が義務付けられていますが、個別計画は、法的に位置づけられておらず、作ることが望ましいとされているだけです。そのため名簿を作っても地域に提供するだけの自治体もあって、地域の人からは「本人と会ったこともないのにどうしたらいいかわらかない」「関係者をつなぐ人材がいない」といった声が上がっているのです。

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そうした状況を変えていくには、個別計画の策定を自治体に義務付け、本人や家族の状況をよく知る福祉専門職に参加してもらえるよう、報酬を支払うことも検討する必要があると思います。

Q9 そうした仕組みづくりとともに、私たちも日ごろから地域に関心をもち、災害時に何ができるか考えておく必要がありますね。

A9 支援を必要とする人たちも、普段から、積極的に避難訓練などに参加して地域の人たちに自分のことを知ってもらう努力も欠かせないと思います。
九州では今も激しい雨が続いていて、このあとも九州から東北の広い範囲で雨が予想されています。何より命も守る行動を優先し、避難所にいる方々も、感染症などにかからないよう、体調管理に気をつけていただきたいと思います。

(飯野 奈津子 専門解説委員)

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