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相次ぐ銅像の撤去 歴史とは?

出石 直  解説委員

アメリカで黒人男性が白人警察官の暴行を受けて死亡した事件をきっかけに、奴隷制や人種差別を象徴する歴史上の人物の銅像が撤去される動きが広がっています。こうした動き、「歴史とは何か」という難しい問題を私達に問いかけているようにも思えます。
担当は出石 直(いでいし・ただし)解説委員です。

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Q1、最近、銅像が壊されるニュースをたくさん見るようになりましたね。

A1、先週の金曜日(19日)は、アメリカで奴隷制度が終わったことを祝う記念日で、アメリカプロバスケットチームの八村塁選手も参加して全米各地で人種差別に抗議するデモが行われました。ほとんどは平和的なデモだったのですが、暴徒化した一部の参加者が銅像を引き倒したり火を付けたりして気勢を上げたのです。

Q2、どんな銅像が被害にあっているのですか?

A2、南北戦争当時の南軍の将軍や兵士の像が中心です。奴隷制や人種差別を象徴しているというのです。バージニア州の州都リッチモンドにあるリー将軍の銅像です。

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南北戦争で南部連合軍の司令官だったリー将軍は、圧倒的に優勢だった北軍を最後まで苦しめた名将として知られています。しかしジョージ・フロイドさんの事件を受けてバージニア州のノーサム知事は今月4日、リッチモンドにある将軍の銅像を撤去し別の場所で保管すると表明しました。ノーサム知事は「我々は過去を真摯に学び、過去から教訓を学ぶべきだ」と話しています。

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Q3、こうした銅像はほかにもたくさんあるのですか?

A3、人種差別に対する抗議や啓もう活動を行っている「南部貧困・法律センター」によりますと、南軍に由来する銅像やモニュメントは南部の州を中心に1700あまり設置されているということです。南北戦争は、奴隷制廃止を訴える北軍と存続を訴える南軍との争いでした。このためこうした銅像は「奴隷制を象徴するものだ」という批判があるのです。
5年前、南部サウスカロライナ州の黒人教会が白人至上主義者の男に襲撃され9人が死亡した事件をきっかけに、公共の場から撤去するよう求める声が高まりました。今回、ジョージ・フロイドさんの事件を受けて再びこうした動きが盛り上がっているのです。
南北戦争といえば、最近、こんな動きもありました。

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映画「風と共に去りぬ」。1939年に公開されたこの映画は、南北戦争当時の南部の農園を舞台に白人女性スカーレット・オハラの半生を描いた長編映画で、世界的なヒット作となりました。しかし奴隷制を正当化しているという批判を受けて、アメリカの映画配信会社はこの映画の配信を一時停止することを決めたのです。

Q4、奴隷制を正当化している映画だったのですか?

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A4、スカーレット・オハラの世話を焼くマミーという陽気な黒人奴隷が重要な役柄として登場します。ただ黒人奴隷の描かれ方をめぐって「白人から暴力を受けたり過酷な労働を強いられたりしていた当時の奴隷の実態が描かれていない」「白人の視点で美化されている」といった批判や抗議が相次いでいたのです。
映画といえば、私が子供の頃にさかんにテレビで放映されていた西部劇映画は、勇敢な白人の保安官が凶悪な先住民に立ち向かうといったストーリーがほとんどでした。
オードリー・ヘップバーン主演の映画「ティファニーで朝食を」にも、差別的に描かれた日本人が登場します。制作された当時は問題にならなくても、今の基準や価値観から見れば差別的な表現にあたるということは当然あるのだと思います。
「風と共に去りぬ」の配信元では「原作に手を加えるのではなく、歴史的な考察や差別的な表現への非難も合わせて掲載した上で配信を再開する」しています。

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南北戦争は今からおよそ150年前の出来事ですが、もっと昔のコロンブスも、今、批判の対象になっています。

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1492年にアメリカ大陸を「発見」したとされるコロンブス。実際には3万年以上前から先住民の人達が暮らしていましたので、最近では「発見=discover」ではなく「到達=arrive」あるいは 「足を踏み入れるset foot」といった表現が使われることが多くなっています。このコロンブスをめぐっても、先住民の虐殺や略奪に関わっていたとして、人種差別に抗議する人達が像を破壊したり池に投げ込んだりする事件が全米各地で起きています。批判の対象は南北戦争の英雄やコロンブスだけでなく、歴代のアメリカ大統領にも及んでいます。

Q5、奴隷制や人種差別に抗議するのはわかりますが、こうした暴力行為は行き過ぎではないでしょうか。

A5、人種差別に抗議することと暴力とはまったく別だと思います。暴力は許されるものではありません。トランプ大統領も取り締まりを強化する方針を打ち出しています。
一方で、こうした銅像に不快感を抱く人達がいることもまた事実です。
こうした動きはヨーロッパにも広がっています。イギリスの南西部ブリストルでは、17世紀に奴隷貿易で富を築き街の発展にも貢献した商人の銅像が引き倒され川に投げ込まれました。地元ブリストルの市長は、銅像の撤去をめぐって賛否両論があることを認めたうえで、この銅像を川から引き揚げ市内の博物館に展示する考えを示しています。抗議に使われたプラカードなども一緒に展示することで、奴隷貿易の時代から今日に至るまで平等を求めて戦ってきた人々の歴史を学ぶことができるとしています。

Q6、誰の目にも入る公園などに置くのではなく、歴史的な資料として博物館に移して保管するというのもひとつの方法かも知れませんね。

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A6、覆面画家として知られるバンクシーは、銅像が引き倒される光景を描いた作品をインスタグラムに投稿しました。「抗議する人達の銅像もつくって一緒に設置すれば双方が納得できるのではないか」と提案しています。

私も10年ほど前、韓国に勤務している時に、歴史の難しさを痛感しました。

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伊藤博文は、日本では初代の内閣総理大臣、近代日本の基礎を築いた人物として知られています。豊臣秀吉は天下統一を果たした武将です。
しかし韓国では認識が異なります。伊藤博文は初代韓国総監として主権を奪った植民地主義者、朝鮮に2度出兵した豊臣秀吉は侵略者と見做されています。ソウルの中心部にあった旧朝鮮総督府の建物は、独立後も政府庁舎として使われていましたが、1995年、植民地支配から解放されて50年の年に解体されることが決まり取り壊されました。
最近でも5年前にユネスコの世界遺産に登録された「軍艦島」などをめぐって、韓国政府が登録を取り消すよう求めています。

先ほどコロンブスをめぐる議論をご紹介しましたが、歴史の認識は、時代によって、またそれを受け止める人の価値観や置かれている立場によって大きく異なります。

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「歴史とは現在と過去との絶え間ない対話である」イギリスの歴史家E.H.カーの言葉です。

歴史というのは二面性がありますし、現代と過去の間で揺れ動くものです。銅像を壊したからといって奴隷制があったという歴史を消し去ることはできません。
しかし銅像を見て辛い思いをする人がいることも忘れてはなりません。
歴史の受け止め方は人様々、相手の立場に立ち多様な価値観があることを認めあうという姿勢が大切ではないでしょうか。

(出石 直 解説委員)


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