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「藤井七段 タイトル初挑戦」(くらし☆解説)

高橋 俊雄  解説委員

将棋の高校生棋士、藤井聡太七段が、自身初となるタイトル戦に挑んでいます。今月8日の初戦を白星で飾った藤井七段。このあとどんな戦いを見せるのでしょうか。

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【タイトル挑戦の最年少記録を更新】
藤井七段は史上最年少で将棋のプロ棋士になり、これまでさまざまな記録を塗り替えてきましたが、トップ棋士の証しとも言える「タイトル」をかけた戦い=タイトル戦に出場するのは、これが初めてです。今月8日、「棋聖戦」五番勝負の第1局に臨みました。
藤井七段はふだんどおりのスーツ姿で、特に気負った様子は見られず、対局が始まる際には、いつもと同じようにお茶を一口含んでから、初手を指していました。
相手は昨年度、最優秀棋士賞に選ばれた36歳のトップ棋士、渡辺明三冠です。
夜まで及んだ対局は、藤井七段の勝利。終盤まで正確な差し手を見せて熱戦を制し、白星スタートを切りました。
この対局で、藤井七段は記録の更新を成し遂げています。

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藤井七段はこの時点で「17歳10か月と20日」。これまでの最年少記録は平成元年に屋敷伸之九段が打ち立てた「17歳10か月24日」なので、わずか4日ですが、最年少記録を31年ぶりに更新したのです。羽生善治九段や、今回の対局相手の渡辺三冠よりも1年以上早い記録です。

【最高峰の戦いに参戦】

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将棋界には現在、8つのタイトルがあります。竜王、名人、叡王、王位、王座、棋王、王将、棋聖で、それぞれタイトル保持者がいます。藤井七段はこのうち棋聖のタイトルをかけて、渡辺さんに挑んでいます。タイトルごとに、保持者と挑戦者が戦う五番勝負や七番勝負が年に一度行われ、挑戦者が勝てばタイトルを奪うことになります。
渡辺さんは、棋聖のほかに棋王と王将のタイトルも持ち、現在最多の「三冠」です。このほか豊島さんと永瀬さんが二冠で、木村さんが王位と、8つのタイトルを4人で分け合っています。

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さらに、渡辺さんは10日から始まった名人戦には挑戦者として出場し、棋聖戦と並行して七番勝負に臨むことになりますし、豊島二冠も21日から始まる叡王戦への出場が決まっています。永瀬二冠は、棋聖戦への挑戦をかけて4日の決勝で藤井七段と戦った相手です。
タイトル戦は、棋士にとってはあこがれの大舞台で、藤井七段も大きな目標にしてきました。棋聖戦への挑戦を決めたあとの会見では、その思いを次のように話しています。

「タイトル戦というと、最高の舞台という印象があります。(プロである)四段になった当初はタイトル戦に出るのが目標で、現実的には難しくて、今回挑戦できることは非常にうれしいと思います」

【タイトな日程で強豪を連破】
今回の棋聖戦、藤井七段は合わせて10局を勝ち抜くことで、挑戦者に選ばれています。
棋聖戦の挑戦者を決める戦いは、2つの予選と決勝トーナメントがあり、負けた時点で先に進むことはできません。

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藤井七段は1次予選を3回戦って突破。2次予選も3勝して決勝トーナメントに進みました。

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決勝トーナメントは16人が参加し、4回勝つ必要があります。藤井七段は2月29日に初戦を突破、3月31日にも勝ってベスト4に進みましたが、ここで思わぬ事態に巻き込まれます。新型コロナウイルスの感染拡大によって、決勝トーナメントが中断してしまったのです。長距離の移動をともなう対局は延期されたことで、愛知県在住の藤井七段は東京や大阪での対局ができなくなり、4月10日に別の棋戦の対局をしたのを最後に、およそ50日間、対局がない状態が続きました。

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緊急事態宣言の解除を受けて対局ができるようになりましたが、待ち受けていたのは、非常にタイトな日程による、強豪との対局でした。再開後の最初の対局となったのが、今月2日の決勝トーナメントの準決勝。相手は、名人をこれまで3期獲得している佐藤天彦九段でしたが、勝ちを収めて決勝に進みました。決勝は中1日で行われ、叡王と王座のタイトルを持つ永瀬拓矢二冠に勝利して、棋聖戦の挑戦者に決まりました。

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そして中3日で五番勝負が始まり、渡辺三冠と対局。8日の第1局を白星で飾ったのです。

【16回連続の王手をしのぐ】

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藤井七段は、長期間対局ができなかった間も、対局再開に備えてしっかり準備していたようです。2日の準決勝のあとの会見で「ふだん以上に将棋に取り組むことができた面もあるのかなと思っています」と話し、対局ができなかったことを前向きに捉えている様子でした。
また、師匠の杉本昌隆八段も、「この期間に今まで以上に将棋の研究に時間を費やしていたことが、今回の結果につながったのではないか」と指摘しています。
こうした努力に裏打ちされた藤井七段の強さ、冒頭にご紹介した渡辺三冠との五番勝負の第1局でも見ることができました。
終盤、藤井七段は連続して王手をかけられて防戦一方になり、さらには持ち時間を使い果たして、1分以内に次の手を指さなければならない状況に追い込まれました。1手でも間違えると負けてしまう局面の中、切り立った崖の上を踏み外さずに進むかのように、王を逃がしていきます。
渡辺三冠は16回連続で王手をかけましたが、ついに投了。

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初戦を制した藤井七段は、来月にかけての残りの4局で先に2勝すれば、「棋聖」のタイトルを獲得します。

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その場合は、タイトル獲得の最年少記録を更新します。「タイトル獲得」の最年少記録は、屋敷九段の「18歳6か月」。藤井七段は最後の第5局の時点でも、18歳になったばかりです。

【王位戦の挑戦者を目指して】
藤井七段は、ほかにもタイトル戦に向けて好位置につけている戦いがあります。王位戦の挑戦者を決める戦いで予選を勝ち抜き、「挑戦者決定リーグ」に進んでいるのです。

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このリーグは紅白2組に分かれて、それぞれ6人による総当たりで順位を決め、1位どうしが23日に挑戦者決定戦を行います。
藤井七段は白組で現在4戦全勝と、単独トップに立っていて、13日の対局に勝てば、無条件で挑戦者決定戦に進みます。現在の紅組のトップは永瀬二冠なので、棋聖戦と同じ顔合わせで挑戦者が決まる可能性があります。

藤井七段の昨年度の成績は53勝12敗で、勝ち数、勝率ともに1位。着実に勝ちを重ねていますが、頂上に近づくほど相手が強くなりますし、ほかの棋士もこれまで以上に研究を重ね、対策を取ってくるのは間違いありません。
タイトル戦という新たなステージに進んだ藤井七段が、トップ棋士としのぎを削りながら、この先どんな戦いを見せてくれるのか、本当に楽しみです。

(高橋 俊雄 解説委員)

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