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全国高校総体 夏の甲子園 大会中止をどう考える

小澤 正修  解説委員

新型コロナウイルス感染拡大を受けて、多くの高校生が目標にしてきたインターハイ、全国高校総体が史上初めて、それに夏の甲子園が戦後初めて中止となりました。大きな影響を受けた高校スポーツをどう考えるか、小澤正修解説委員です。

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【春に続き夏も全国大会が中止に】
高校スポーツの夏の全国大会が春に続いて中止となり、特に高校3年生にとっては、大きな喪失感のある夏となってしまいました。安全面から中止は妥当との声がある一方で、春とは違って日常を取り戻す動きが出つつある中で、数か月先の大会中止を決定するのは早かったのではないか、という指摘もあります。すべての人が納得する答えを出すのは非常に難しい問題だったと思います。

【高校スポーツだからこその課題】
緊急事態宣言が解除され、プロスポーツは再開の動きが出ていますが、全国高校総体や夏の甲子園には、高校スポーツだからこその課題がありました。夏の全国大会は、全国高等学校体育連盟が行う全国高校総体と、夏の甲子園のように、競技団体が中心となって実施する大会とがありますが、中止決定の理由は大きく3つの点で共通していたと思います。

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1つ目は、緊急事態宣言が解除されても第2波への警戒が続く中、公共交通機関での移動や、集団での宿泊などによる感染リスクが完全には避けられないということ。2つ目は、休校の長期化で授業時間の確保のため夏休みの短縮が検討される中、延期も含めて日程調整が困難なこと。3つ目は、長いところで3か月にもわたってグラウンドや体育館での部活動ができなくなっていたため、けがへの懸念があるということです。

【目前に迫っていた予選・全国高校総体は】
こうした3つの理由に加えて、予選の開催が間近に迫っていたことも、大きな理由だったと思います。

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全国高校総体はことし8月、21の府県で分散開催されて30の競技に選手と指導者だけで3万8千人が参加する、高校生の総合大会です。4月26日に中止となりましたが、実はその予選は、5月から6月にかけて、行われる予定でした。地域によってはまだ部活動が再開できないところもある上、実施する30競技の中には、格闘技や屋内での競技など、競技の特性上、どうしても「密」の状態になることが避けられないものもあります。例えば柔道は今、練習に欠かせない「乱取り」も、全日本柔道連盟から自粛を求められています。地域で状況が違うことや、代表が決められない競技が出ることは、総合大会の形をとる全国高校総体としては、避けたいという思いがあったのではないかと思います。

【夏の甲子園は】
また、夏の甲子園の予選にあたる地方大会は、当初の予定では沖縄や北海道で来月下旬、多くは7月です。全国高校総体の予選と比べても、まだ1か月ほど時間がありましたので、中止を判断する時期にずれがありましたが、5月20日に戦後初めての中止が決まりました。

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全国49の地方大会にはおよそ3800校が参加し、250もの球場が使われますが、審判や運営スタッフはボランティアで、インフラを支える仕事についている人もいる、さらに熱中症対策などのため球場に待機する医療スタッフを、今の状況でお願いすることはできるのか。全国高校総体と同様、地域で状況が異なることから地方大会を実施できないところが出るかもしれません。こうした点をクリアすることが難しく、中止の判断へとつながっていったのです。

【各競技で独自の県大会を模索する動きも】
サッカーやラグビーなど今後、まだ3年生が出場できる公式戦がある競技もありますが、多くの高校3年生が、受験勉強との兼ね合いもあって、夏を部活動の引退の節目としています。このため各都道府県では、予防対策をとった上で、それぞれ独自に大会の開催を模索しています。

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このうち、佐賀県では6月13日から中止になった県の高校総体と高校野球の地方大会の代わりとなる県大会を合同で開くことを決めました。全国大会はすべての高校生が出場できるわけではありませんが、ことしは「目指す」こともできなくなりましたので、このように、何らかの形で日々取り組んできたことを発揮する、集大成の舞台を設けることができたら、と思います。私が話を聞いた公立高校の柔道部の指導者によりますと、中には「これまで公式戦のたびにけがをして満足に試合ができなかったので、最後の夏の大会にかけていた。このままでは不完全燃焼になる。試合がしたい」と訴える選手もいたそうです。

【部独自の取り組みも始まる】
こうした中で、新たな取り組みをする部活動も出てきています。

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高校野球の強豪、仙台育英高校の野球部は、春のセンバツ出場が中止となり、甲子園でのプレーはかないませんでしたが、実はその時点から、夏の甲子園を巡る情勢が厳しくなると予想し、休校期間中も選手どうしで、オンラインによるミーティングを重ねてきました。感染状況など社会情勢も踏まえた上で、①通常通りの夏の甲子園開催、②甲子園は中止で県大会のみの開催、③すべての大会が中止、この3つのパターンで、およそ2か月かけて、考え方を整理してきたと言います。最終的に夏の甲子園が中止となり、もちろん選手たちはショックを受けたとのことですが、議論してきたことで中止を受け入れる覚悟ができ、前向きな姿勢になっている選手も多いということです。

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もともと野球部の理念には「地域と感動をわかちあう」ことを掲げていて、指導者と選手は「自分たちに何ができるのか」をさらに話し合い、その結果、収束を条件とした上で、春のセンバツに出場するはずだった東北のチームどうしの試合を開催できないかとか、同じように中止となっている地域の小中学生の野球大会、それに文化イベントの支援を野球部ができないかなど、地域を盛り上げる企画やその運営にまでアイディアが広がっているそうです。仙台育英高校の須江航監督は、「前例のない事態となったが、選手の思考力、物事を考える幅は広がったと思う。甲子園がないからこそ、自分たちでやれることを通じて、新たな達成感を与えてあげたい」と話しています。

【スポーツから得るものは何か、にも目を向けよう】
大会中止による悔しさを感じる選手がいる一方で、取材の中では受験勉強への専念など、すでに気持ちを切り替えた選手もいました。価値観は多様だということを理解した上で、今後は、全国大会出場も大きな目標にすると同時に、スポーツから得るものは何か、選手が主体的に考えて行動することにも目を向けて部活動に取り組んでもらえたら、と思います。とはいえ、私も野球をしていましたので、様々な競技の高校3年生が、最後の夏の大会中止を受け入れるのに時間がかかるのも、理解できます。そうした選手たちには、今は思いっきり落ち込んでいい、でも感染拡大による制限がある中で、この数ヶ月、工夫してスポーツに取り組んできた経験は、ライフスキルのひとつ、問題解決の力を身につけるきっかけとなった。それは今後、競技を続けても続けなくても人生にいかせると、伝えたいと思います。

(小澤 正修 解説委員)


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