新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、スポーツ界でも、大会の中止や、観客を入れない「無観客」試合の実施など波紋が広がっています。東京オリンピック・パラリンピックの開催まで半年を切る中で、その影響について考えます。
【広がる中止や無観客】
スポーツ界でも感染拡大の影響が広がっています。サッカーのJリーグ1部、J1は、いったん開幕しましたが、第1節を終えたところで、Jリーグ全ての公式戦が3月15日まで延期されました。また、プロ野球は、史上初めてオープン戦を「無観客」で行っています。3月8日に初日を迎える大相撲春場所も「無観客」での開催が決まりました。大相撲では太平洋戦争中の昭和20年夏場所を非公開で行い、軍人などが見学したケースがありましたが、観客を入れずに本場所を行うのは初めてです。ただ、無観客で実施しても、開催経費は通常通り必要な一方、収入の柱である入場料や飲食の売り上げなどがなくなってしまいますから、長引けば長引くほど経営への打撃が大きくなってしまうのです。
【感染拡大の影響はアマにも】
影響はプロスポーツだけでなく、アマチュアスポーツにも広がっています。ラグビーやバレーボールなど国内トップリーグの試合に加えて、柔道や卓球といった高校スポーツの全国大会でも中止や延期が相次いでいます。センバツ高校野球は「無観客」で開催する前提ですが、11日に開催の最終判断をすることになりました。仕方がないとはいえ、特に部活動で努力を重ねてきた選手たちは、目標にしてきた舞台に立つ寸前に、自分ではどうにもならない事態に直面し、本当にやりきれない思いではないかと思います。
【今後も中止や延期の判断を迫られるか】
予定では、Jリーグが3月18日に再開、センバツ高校野球の開幕が19日、プロ野球の開幕が20日と続きます。予定通りに実施できるのか、競技団体やチームは、感染拡大の状況や、それに伴う政府の対応によっては、より厳しい判断を迫られるかもしれません。
【東京五輪パラへの影響は】
開幕まで半年を切った東京オリンピック、そしてパラリンピックにも、心配の声があがっています。感染拡大を受けて、IOC・国際オリンピック委員会のパウンド委員が、事態が収束しなかった場合の東京オリンピックの中止について言及したことが海外のメディアで伝えられ、開催への懸念が広がりました。大会組織委員会は、発言はIOCの公式見解ではないとし、「実施を前提に対応するのが基本方針だ」と強調。IOCのバッハ会長も、WHO・世界保健機関などと特別作業チームを結成して情報提供を受けているとして、「成功に向けて自信を深めた。あらゆる想定に対処できるようにする」と、懸念の払拭に努める姿勢を示しました。パラリンピックについてもIPC・国際パラリンピック委員会が「予定通り準備を継続していく」と声明を出しています。ただ今後も予測することが難しい状況が続きます。ですから、開催や中止、延期など、さまざまな選択肢からの意見が出てくるのではないかと思います。
【海外からは不安の声も】
では、選手を派遣する海外の国や地域はどうみているでしょうか。3月に、サッカーの23歳以下の強化試合で対戦する予定だった南アフリカから日本サッカー協会に、感染の状況などを問い合わせる書面が届きました。このように、選手を派遣する海外の国や地域からは、選手の安全を確保できるのか、という不安が高まっているのは事実だと思います。オリンピックの開催は最終的にはIOCが決定できることになっています。去年は、マラソンの会場について、IOCが東京都などを押し切って、猛暑が予想される東京から急きょ、札幌に移転することを決めました。これはIOCが、大勢の選手が倒れて批判が集まることを避け、オリンピックのイメージを守る思いがあったことも、理由のひとつとみられています。ですので、今はなによりも感染拡大を一刻も早く収束させ、国際的に安心感を与えることが必要だと思います。
【代表選考に影響も】
オリンピックに向けた選手たちの激しい代表選考レースは今、山場を迎えていますが、こちらにも影響があらわれ始めています。というのも、海外でも感染拡大の影響で、国際大会の中止や延期、開催地の変更が相次いでいるからです。
このうち、バドミントンの女子ダブルスは、世界ランキング上位に、世界選手権2連覇中の「ナガマツ」ペア、世界選手権3大会連続銀メダルの「フクヒロ」ペア、そして前回リオデジャネイロオリンピック金メダルの「タカマツ」ペアの3つのペアが名を連ね、日本から最大で2つまでの出場を目指して非常にハイレベルな代表争いを続けています。
オリンピック代表は国際大会でポイントを重ね、4月末時点の世界ランキングで選ばれます。対象となるポイントでみると、現時点で、日本で2番目のナガマツペアと3番目のタカマツペアの差はおよそ1万ポイント。逆転を狙うタカマツペアは、3月3日から行われる予定だったドイツオープンに出場予定でした。ポイントの差をつめるチャンスでしたが、感染拡大を受けて中止となり、追う立場の選手に影響を与えてしまったのです。オリンピック出場をかけた最後の大会となる4月のアジア選手権は、開催地が中国の武漢市で、大会がどうなるか、選手に不安が広がりましたが、ようやくフィリピンのマニラで行われることが決まりました。代表選考レースにのぞむ選手たちは、試合やライバルにどう勝つかを考えますが、感染拡大の影響で、本来、必要のなかった不安や動揺が生まれ、精神的負担が大きくなっているのではないかと思います。また、3月に予定されていたレスリングのアジア予選は延期、ボクシングのアジアオセアニア予選は中国の武漢市で行われる予定でしたが、開催地をヨルダンに変更し、ほぼ半月遅れの3月3日に始まりました。いずれも階級制のスポーツですから、減量を含めて大会にあわせてピークを持ってきた選手たちにとっては、少なからず影響はあると思います。
【選手への感染も懸念】
選手自身への感染リスクについても、各競技団体が神経をとがらせています。このうち、日本体操協会は、当面、選手への取材を対面ではなくメールなどを使ってほしいという異例の要請を行いました。また特に感染への影響が心配されているのは、パラスポーツの選手です。脳性まひや頚髄損傷の障害がある選手は呼吸器の機能が弱く、いったん感染すると重症化する傾向があるとされているからです。ボッチャや車いすラグビーにこうした障害がある選手が多く、日本障がい者スポーツ協会の医学委員長を務める陶山哲夫医師は、パラリンピックの選手は障害によっては、オリンピックの選手よりもリスクが高く、感染拡大が続く場合は観客を入れないなどの対策を検討する必要があるとしています。
【これからどうなる】
今後も判断の難しい状況が続きますが、まずは感染の拡大を収束させることが大切ですので、今はスポーツ界も、影響を長引かせないために、残念ではありますが大会の中止や延期、無観客などといった措置をとらざるを得ない、「我慢の時」ではないかと思います。その中で、私はJリーグとプロ野球が合同で立ち上げた対策連絡会議に注目したいと思います。スポーツ界が自ら、競技の枠を超えて連携し、専門家からの情報に基づいて、試合開催の可否や、スタジアム運営などによる感染リスクをどう下げることができるか、検討する。その内容を他の競技団体と共有することで、東京オリンピックに向けたモデルケースにもなるのではないかと思います。スポーツを思い切り楽しめるいつもの日常に、1日も早く戻ってほしいと心から思います。
(小澤 正修 解説委員)
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