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「『日本から1番近いヨーロッパ』注目されるウラジオストク観光」(くらし☆解説)

安間 英夫  解説委員

 ヨーロッパ風の町並みが広がり、“日本から1番近いヨーロッパ”と言われてきたロシア極東のウラジオストク。今、日本から現地への観光が脚光を注目されています。
 ウラジオストクには、これまでロシアの航空会社が直行便を運航していましたが、きょう(2月28日)から来月にかけて日本航空と全日空が相次いで成田空港と現地を結ぶ直行を開設します。安間解説委員に聞きます。

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Q)ウラジオストクはどれくらい日本から近いのでしょうか。

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A)日本海に面した、くぼんだところにあるのがウラジオストクです。緯度は札幌とほぼ同じ。経度は島根県西部と同じです。成田からは片道2時間半。ソウルと同じ時間でつく場所にあります。
 ロシア海軍の基地がある軍港ですが、その町並みから“日本から1番近いヨーロッパ”と言われてきました。
 ウラジオストクは、ロシア語で「東方を支配する」という意味があります。ロシアは帝政時代、凍らない港を求めてアジアでも南下政策を続けていました。ここを獲得する前、皇帝が「東方を支配せよ」と命じた言葉に由来するという説が有力です。文字どおり、ロシアの東方支配の拠点となったわけです。

Q)安間さんも最近ウラジオストクを訪れたんですよね。

A)はい、私は20年ほど前、駐在勤務していたのですが、今月(2月)久しぶりに行ってきました。街もきれいになり、こんなに変わるのかと率直に思いました。
 現地では、新型コロナウイルスの対策が見て取れました。空港ではカメラを使って観光客に熱があるか計測していて、警戒を強めていることがうかがえました。ロシア政府は先月、中国との国境を閉鎖。ふだんは多い中国からの観光客を見かけることはありませんでした。さらに2月20日からは中国人の入国を停止し、いっそう厳しい措置をとっています。

Q)ウラジオストクのどんなところを見たらいいのでしょうか。

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A)軍港ですので、街の中心部から海軍の艦船を見ることができ、第2次世界大戦当時の潜水艦を陸にあげて内部を公開している博物館もあります。

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 港の隣にはシベリア鉄道の東の起点となる鉄道の駅があり、およそ1週間かけてモスクワまで列車が運行されています。

 外食産業がこのところ急速に発展していて、ロシア料理定番のボルシチがお勧めです。日本にもありますが、こちらは本場。地元でとれたわらびや鹿の肉が入っていて、現地でしか食べられない味でした。
 女性にかわいいと人気なのは雑貨です。マトリョーシカという木の入れ子人形はよく知られていますが、持ち運ぶためにこういったキーホルダーもあります。さらにカニなどの海産物が特産品となっています。
 観光資源も新たにつくられました。2016年にオープンしたロシア最大級の水族館では、ロシア国内だけでなく、日本海、太平洋の海洋生物を展示しているほか、イルカやトドのショーもみることができます。
 オペラ・バレエ劇場が開設され、こけら落としとしてロシア一流の芸術家たちがオペラを披露しました。サーカス劇場も改修され、人気の国営のサーカスが公演を行っています。

Q)なぜ今、ウラジオストクが注目されているのでしょう。

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A)ロシア政府が、2018年のサッカーのワールドカップの開催にあわせてインバウンド観光に本腰を入れ始めたことが大きいと思います。その前年、この地方を対象にインターネットを通じた電子ビザの制度を導入し、手続きを簡略化しました。
 こうしたこともあって、地元行政府によりますと、ウラジオストクを含むこの地方を日本から訪れた旅行者は去年3万5000人に上り、前年から70%増加しました。
 ただ中国からの45万6000人(前年比8%増)、韓国からの30万4000人(同35%増)と比べると絶対数で一桁少なく、今後日本からの観光客はまだまだ伸びる可能性があると見込まれています。

 実はこのウラジオストク、人の出入りを厳しく制限していた時代もあったのです。
 少し歴史を振り返ってみましょう。

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1)ウラジオストクが中国の清朝からロシアの領土になったのが1860年のことでした。
 日本との関係も深く、19世紀から20世紀初めには日本人が渡航して6000人が暮らし、日本総領事館をはじめ、銀行、貿易商の支店など、日本人街があるほどでした。

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 本願寺の支部も置かれ、跡地に記念碑があります。
 与謝野晶子もパリにいた夫に会うためシベリア鉄道に乗ろうと、この地に立ち寄りました。k200228_12.jpg

2)ところがソビエト時代は海軍の拠点として軍事閉鎖都市となりました。外国人だけでなく、ロシアの人たちも居住者以外は入域できず、厳しく閉ざされていたのです。
3)ようやく対外開放されたのがソビエト連邦崩壊の翌年の1992年でした。厚いベールをとって現れたのが、劣悪な生活環境でした。
 私が20年前に駐在勤務していたときも停電や断水が相次ぎ、当時の日本人会では、▼停電に備えて洞窟探検に使うようなヘッドランプを常備することや、▼ご飯を炊いているときに停電が起きた場合、どうやって食べるかなどについて情報交換が行われ、▼私も11階の自宅まで暗い階段を上ったことがあります。とても快適に観光ができるような状況ではありませんでした。

Q)そんな状態だったのですか・・・

A)4)転機となったのは、プーチン政権が2012年のAPEC=アジア太平洋経済協力会議の首脳会議を契機に、日本円で総額2兆円にのぼる大規模なインフラ整備を行ったことです。立ち遅れたこの地域の発展の起爆剤にするためでした。
 深刻な交通渋滞の解消のため、日本の企業も参加して新たに大規模な橋を建設。首脳会議の会場として、ロシアでも有数の規模の大学のキャンパスなど街を一からつくりました。
 停電や断水の問題も飛躍的に改善して不便を感じることは少なくなったのです。

Q)かなり変わったのですね。受け入れる現地の人たちは日本のことをどのように考えているのでしょう。

A)実は両国の国民の間で大きなギャップがあります。

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 日本外務省の調査では、ロシアの人たちに現在重要なパートナーはどの国かという質問をしたところ、日本は23%で、EU(15%)やアメリカ(11%)などより高く、中国(65%)に次いで2位。日本車など工業製品にみる高い技術力、アニメやコスプレといったポップカルチャーを含む文化などが好感を持たれています。
 これはロシア全体の数字ですが、ウラジオストクの人たちの対日感情はさらに良いというのが実感です。冷戦時代から最も近い先進国としてあこがれにちかい気持ちを持ってきたと感じます。
 一方、日本人のロシアに対する親近感は、北方領土問題もあって高くないというのが実情です。

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 内閣府によりますと、「ロシアに親しみを感じる」という人は「どちらかと言えば」を含めても20.8%。
 アメリカ(78.7%)、ヨーロッパ(65.3%)、東南アジア(61.6%)だけでなく、韓国(26.7%)や中国(22.7%)より低くなっています。

Q)かなりギャップがありますね。

A)私も、冷戦時代対立していた国ということで、当初は警戒感があったのですが、コメディー映画を見て一緒に大声で笑ったり、スーパーで人々の表情を見たりして、国が違っても人の喜怒哀楽はそんなに変わらないな、憎めないなと思えるようになりました。
 私だけでなく現地を訪れた人たちの間でも、怖い国と思っていたロシアの人たちと個人として接してみると、意外に素朴で親切だったという人は多いのです。
 まずは先入観から離れて等身大のロシアの姿を知ろうとすること、観光などを通じて実際に見てみることが大切だと思います。

(安間 英夫 解説委員)

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