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「島の記憶をどうつなぐ 元島民2世・3世の思い」(くらし☆解説)

石川 一洋  解説委員

(VTR)
日本橋で開かれている写真展。北方領土の元島民のポートレートです。
元島民の孫、三世の女性が、一人一人を訪ねて撮影しました。
「おいくつですか」
「80歳です」
「昭和14年ですか。引き揚げてきたときは何歳ですか」
新宿の駅前で北方領土について話す落語家、元島民2世です。
北方領土の元島民の高齢化が進む中で、その子供や、孫にあたる人たちが動き始めています。

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岩渕)あす2月7日は北方領土の日ということで、北方領土の話題について、石川一洋解説委員とお伝えします。

Q.石川さん、この北方領土の日、具体的にはどういう日なのですか?
A.1855年日ロ通交条約で北方領土が日本の領土として国際法的にも確定した日です。
今回は、その北方領土の元島民たちの記憶を受け継ぎ、つないでいこうという2世、3世の思いを取材しました。

Q.なるほど。冒頭にも出てきた元島民の写真を撮った方も、そうなんですね。
A.はい。富山県入善町出身の山田淳子さん37歳です。祖父は歯舞群島の志発島の出身で、3世にあたります。山田さんは会社員として働く一方、プロの写真家戸澤裕司さんの助手として写真を学んでいます。ただ小学生のころ亡くなった祖父には故郷の島のことは聞いたことも聞かされたこともなかったといいます。働く中で祖父の苦労を感じ、元島民の三世だと意識するようになりました。初めての写真展は元島民と島の今を正面からとらえたものとなりました。

Q.どんな写真展ですか
A.写真展は4日から始まり9日まで日本橋小伝馬町のギャラリーで「島々の記憶、私の血が繋ぐ物語」という題で開かれています。

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会場に入りますと元島民の写真と今のロシア人の住む島の写真が向かい合うように展示されています。その二つの壁をつないでいるのが、この二枚です。一枚は色丹島出身の得能宏さん85歳が島の墓地に立つ写真、得能さんは島で13歳まで過ごし、ロシア人とも共生しました。色丹島のロシア人と友情を育みつつ島が戻る日を待ち望んでいます。

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もう一枚は日本のコスプレの格好をしている少年。島で生まれた少年です。山田さんは一世の今の写真と島の少年の写真を並べることで、元島民とロシア人の島民がともに故郷とする島の現在を示したいと思いました。

Q.山田さんはどこに関心を持ったのですか

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A.この写真は歯舞群島の多楽島出身の元島民青木悦雄さん87歳の手です。
島は多楽石と呼ばれるメノウの産地でした。少年時代、島で昆布取りを朝晩と手伝ったという青木さんの手に山田さんは焦点を合わせました。
「自由に行き来したいなと思いながら。この途方もない長い年月が経ってしまった。そのことを表したいと思いました」

Q.年月の重さを感じますね
A.そうですね。元島民の平均年齢は84歳を超えました。終戦の時に4島には17000人余りの元島民が住んでいましたが、今は6000人を切っています。山田さんは元島民15人に会い、一人一人から二時間以上にわたって詳しく話を聞き、それからシャッターを切ったといいます。

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(古林貞夫さん 国後島出身 81歳)

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(角鹿泰司さん 歯舞群島勇利島出身 82歳)

「そういう血だからこそ繋げられるものがあるのではないかと思いながら撮影を続けています。」
「皆さんの記憶がたくさんになると祖父の記憶にも重なってくるのではないかなと思いました。おじいちゃんには何も聞いてこなかったのですが、もう一度祖父に会う感覚、祖父の記憶をたどる感覚ですよね」
写真家 戸澤裕司さん「撮り手の方が持っているものが強ければその思いというものが出ると思うのです その強みが今回の写真の中には入っているのではないかと思います」

A.山田さんは返還を願う元島民の島への強い思いを感じました。同時に今の島でロシア人の島民が暮らす姿、そして子供たちの笑顔に強い印象を受けました。今回の写真展では答えを出すことではなく、北方領土問題を考えるきっかけになってほしいと話しています。

Q.元島民の方は語り部としての役目もありますね

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A.札幌市に住む元島民二世の山下貴子さん。
元島民の代表的な語り部、択捉島出身の鈴木咲子さんの娘です。山下さんはその親の姿を記録に取り続けました。母と一緒に択捉島も訪れて、ロシア人とも交流しました。島の歴史を知ることで母の島への強い思いが分かるようになりました。
「母たちが大変な思いをして生き残ってくれて私を生んでくれたということを共感出来て泣けてしまうというか」
「受け入れてくれるその気持ちも大切だと思ったので、仲良くして協力できたらと思う」

Q.歴史を引き継ぐというのは大変なことですね。

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A.様々なやり方があります。落語家、三遊亭金八さん、49歳。
歯舞群島の志発島の元島民の子供、二世です。根室市で生まれ、高校卒業後、落語家を志して上京しました。落語に打ち込み、平成4年には真打に昇進しました。
落語の世界に入った後、自分の家がもともと歯舞群島の出だと説明するととても驚かれたといいます。そして初めて北方領土の元島民という自分のルーツを意識するようになったといいます。
金八さんは、北方領土の啓発活動をボランティアで続けています。
去年の12月、故郷の根室市が新宿駅で開いた北方領土隣接地域の物産展で、北方領土寄席を行いました。
「北方領土の玉すだれ・・・・・・・・はて、はて、色丹島の鳥居」
国民の北方領土に関する関心を高めることが使命だと思っています。

Q.北方領土を題材とした落語もあるのですか?
A.金八師匠の夢は北方4島を題材にした新作落語を作ることです。そのため父親と一緒に故郷の島に墓参に行ったり、元島民の話を聞いたりしています。しかしその難しさも感じています。元島民の気持ちをどのように伝えるのかという重さと、聴衆に面白いと思ってもらえるのかという難しさがあるといいます。

「北方領土というと言葉が硬すぎるんだね。お客さんの気持ちが退いてしまうのを皮膚感覚でわかる」
「お客さんが面白いと思ってくれないと本物でない。一生に一本出来ればよい、これはライフワークですね」

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金八師匠は最近、父が書いた島の家の見取り図をみてはっと気がついたことがあったといいます。父の視点は、海から島を見ているのではなく、島から海を見ていたのです。父の心は今も島にあって海を見ているのだと感じました。こうした一世の気持ちを引き継ぐことも元島民2世の役割だと思っています。そして島のロシア人にも元島民の気持ちを分かってほしいと思っています。
「やはり返ってくることでしょう。でもまず島に父と一緒に自由に行けるようになりたい」

Q.元島民二世、三世のかた、様々な活動をしているのですね。

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A.国後島の元島民2世の清水基嗣さん、プロレスラーです。
清水さんは、格闘技の好きな島のロシア人との間で、プロレスラーとしての交流も行い、友情を深めたいとしています。
同時に清水さんが力を注いでいるのは、日本人の墓地の修復です。清水さんは去年、国後島の清水家の故郷東沸の墓地を訪れました。草木に埋もれ、倒れていた清水家の墓を、親戚一同力を合わせてもとに戻しました。
「自分もプロレスラーなので、ぜひ島でやってみたい」
「かつて日本人がいたのを絶対に風化させたくないと思いました」

Q.元島民2世、3世の方々を取材してどのように感じましたか。
A.キーワードはつなぐということだと思います。
元島民1世の記憶、歴史を引き継いで一般の市民をつなぐ、また北方4島に今住むロシア人と日本人をつなぐ、過去と今をつなぐ。
二世、三世の方の役割は大きいと思います。

PR山田さんの展覧会は、9日までこちらで開かれています。
東京都中央区日本橋小伝馬町17-9 
佐藤ビルB館4階ルーニィ247 fine art Room1

(石川 一洋 解説委員)

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