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「消費増税 介護現場の人手不足にプラス?マイナス?」(くらし☆解説)

堀家 春野  解説委員

消費税率の引き上げから間もなく2ヶ月。
今回の増税、介護現場にも影響が出ているようです。

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(増税で介護職員の賃上げ)。
Q)。増税で介護現場にどのような影響が出ているのでしょうか。
A)。はい。まずプラスの影響です。実は、今回の増税による収入を使って介護職員の賃上げが行われたんです。大変な仕事のわりに賃金が低いと指摘されている状況を少しでも改善し、深刻な人手不足を何とかしようというのが狙いです。これまでも介護職員の賃金は引き上げられていますが、それでも平均の月給は27万4000円。ほかの産業の平均より9万円余り低いんです。

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Q)。だから政府は今回の消費増税でさらに賃金を上げようというのですね。
実際にどのくらい増えるのでしょうか。
A)。消費税による税収1000億円と保険料など、合わせて2000億円が投じられます。予算上は10年以上経験がある介護福祉士について1人当たり月額8万円ほど増える計算です。介護福祉士は国家資格で、より専門性の高い技術や知識を持った人のことで、現場のリーダーの役割を果たします。

Q)。8万円って大きな金額ですよね。
A)。ただ、これがこのまま介護福祉士に渡るわけではありません。実際どのくらい賃金が増えるのかは事業所に任されています。介護福祉士よりも配分は少なくなりますが、資格を持たない他の介護職員や事務職員などの賃金アップにも使うことができます。では実際、介護福祉士の賃金がどれだけ上がったのかというと、最も多かったのが2万円から3万円でした。

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(賃上げでプラスの影響?)。
Q)。これで人手不足解消につながるのでしょうか。
A)。事業所に聞いたこちらの調査では、「退職の意向を示していた職員が思い止まった」「求人への応募が少し増えた」といった回答があり、プラスの影響が出ていることがうかがえます。実際に介護現場で働く人を取材すると、「仕事が認められ、評価されていると感じる」「やる気につながる」といった声が聞こえてきます。一方、サービスを利用するお年寄りにとってみると、負担が増えることになります。使っているサービスなどによって異なりますが、ひと月の自己負担が数十円から数百円増えるという人が多いようです。お年寄りやその家族に聞いてみると「サービスが受けられなくなると困るので仕方が無い」とか「少しでも職員の働く環境を改善してほしい」と、取材した範囲ですが概ね負担を受け入れている印象です。
ただ、職員の賃金が上がるということは、プラスの影響だけではないようです。
かえって人手不足を加速させてしまうのではないかという懸念も出ているんです。

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ただ、職員の賃金が上がるということは、プラスの影響だけではないようです。
かえって人手不足を加速させてしまうのではないかという懸念も出ているんです。

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(賃上げがかえって人手不足を招く!?)
Q)。え?どういうことですか?
A)。そうした懸念が出ているのがお年寄りの自宅を訪ねてサービスを提供する、訪問介護の現場です。女性が8割を占める職場で、平均年齢は54歳。パートで働く人が多く、夫の扶養に入っているという人も少なくありません。扶養となるには年収を130万円未満に抑える必要があります。そして扶養から外れると自分で年金や医療の保険料を支払わなくてはならなくなります。例えば、保険料の負担は国民年金で年間19万2000円、国民健康保険は8万4000円になります。ですので、多くの人は年収が130万円を超えないよう働く時間を短くする調整をしています。今回、賃金が上がったことにより、さらに働く時間が短くなるという懸念が出ているんです。

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(介護現場では“働く時間を短く”)。
A)。こちらの東京都内の事業所。10月から身体介護を行うヘルパーの時給が1900円から2150円に上がりました。責任者の男性がヘルパーに仕事を頼んだところ、こんなメールが。「収入制限いっぱいなので追加では受けられません」。取材したヘルパーの50代の女性は11年のキャリアを持つ介護福祉士で週5日働いています。今も働く時間を短くする調整を行っていますが、時給が上がったことでさらに仕事に入ることができない日が増えそうだといいます。子どもはすでに独立して時間もあるし働きたいけれども、扶養から外れると保険料を負担しなければならず躊躇するといいます。

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Q)。せっかく賃金が上がったのにもったいない気もしますが・・・。
A)。この事業所では20人のヘルパーのうち5人が同じような状況です。責任者がカバーせざるを得ず、お年寄りの自宅を訪問することが度々あります。それでも都合がつかない場合は、お年寄りの依頼に十分こたえられないことがあるといいます。
こうした状況はほかの事業所も同じです。人手不足は利用者にも影響が出る事態になりかねません。

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Q)。消費税はお年寄りも含め広く負担しているのに、サービスが受けられなくなったら本末転倒ですよね。
A)。これまで、ヘルパーが働く時間を短くすると新しい人を採用することもできましたが、いまは人手不足でそれも難しくなっています。人手不足の状況、これまでとは違うより深刻な段階にきているといっていいと思います。

Q)。厳しい状況を打開するにはどうすればいいのでしょうか。
A)。働きたいけど働けない、ネックになっているのは扶養から外れること。つまり保険料の負担です。これを、パートであっても雇われて働く人については、企業が保険料を半分負担する厚生年金や健康保険に加入できるようにすることが必要です。
いま、パートで働く人は、事業所の規模などによって社会保険が適用されるかされないかが決まっています。基本的に従業員が501人以上の大きな規模の事業所しか適用されていないんです。労働経済が専門で日本総研の山田久副理事長は、「いまの制度の矛盾が顕在化している。家族単位ではなく個人単位の社会保障制度にかえていくべきだ」と話しています。

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Q)。個人単位の社会保障制度ってどういうことですか。
A)。世帯の単位で保険料を支払うのではなく、働いている人ひとりひとりが自分で年金や医療の保険料を支払ってそれに応じて医療サービスを受けたり年金を受け取ったりするということです。人手不足の中、働きたい人が時間を気にしないで働くことができるようにする必要がある。山田さんはこう指摘します。

Q)。働く人にとって、厚生年金や健康保険に加入すると保険料の負担が出てきますが、
働く時間を短くする必要がなくなり、賃金や将来の年金額が増えるというメリットもありますよね。
A)。そうですね。政府内では社会保険が適用される事業所の規模を引き下げてはどうかという議論が行われています。ただ、事業者も保険料の半分を負担しますので、中小企業からは「負担が重くなるので困る」といった声もあがっています。規模が小さな事業所が多い介護業界にもこうした声がありますが、一方で人手不足を解消するため制度の見直しに賛成だというところもあります。これから議論が本格化しますが、事業者の負担を緩和するような対策も検討される見通しです。今回、消費税率の引き上げで介護職員の賃金が上がりました。ですが、人手不足の解消につなげるには賃金を上げるだけでは限界があります。働きやすい環境の整備、そして社会保障制度全体の見直しについても検討を進めていく必要があると思います。

(堀家 春野 解説委員)

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