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「検討進む『飛ばない金属バット』って?」(くらし☆解説)

小澤 正修  解説委員

高校野球で今、「飛ばない金属バット」導入の検討が本格的に進められています。今なぜ「飛ばない金属バット」が求められるのか、背景について、小澤解説委員です。

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【“飛ばない金属バット”ってなに?】
「飛ばない金属バット」というのは、ボールをはじき返す力、反発力を木製近くまで抑えた金属バットのことです。金属バットは折れやすい木製バットに比べて耐久性が高く、経済的だとして、高校野球での使用が認められましたが、飛距離が出ることが注目され、その導入は、高校野球の歴史を変えたとも言われています。

【飛躍的に増えたホームラン】
高校野球と言えば、長く「バントでこつこつ得点を重ねる」というイメージがありましたが、今はホームランの数が圧倒的に増えました。

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おととし夏の甲子園では、広陵高校の中村選手が、PL学園の清原選手の記録を32年ぶりに更新する6本のホームランを打ったのを始め、大会全体でも史上最多となる、68本ものホームランが飛び出しました。この10年でみても、実に8大会で30本以上を記録しています。戦後、昭和49年の金属バット導入前までは、ひと大会でのホームランはひと桁が多く、最も多かった大会でも13本でしたから、選手の技術・体格の向上に加えて、金属バットの導入が、ホームランの数の飛躍的な増加に、影響を与えたと言えます。

【打球直撃でアクシデントも】
ことし夏の甲子園ではアクシデントもありました。岡山学芸館高校のピッチャーの顔面にライナーが直撃し、途中交代。このピッチャーは「左ほおの骨折」と診断され、医師の許可を得て、次の試合には出場できましたが、大きな事故につながる可能性もありました。今の金属バットは木製に比べて5%ほど飛ぶ、つまり打球スピードも速いと言われています。プロ野球のドラフト会議で指名されるレベルの選手だと、高校生でも秒速50メートル以上、時速にすると180キロ以上のスピードが出ることもあると言います。硬式野球のボールは、石に例えられることも多いのですが、エンジェルスの大谷選手が投げるボールより、ずっと速いスピードで飛んでくる場合もあるのです。

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【打球をよけるのも難しく】
このため、ピッチャーが打球をよけるのも難しくなっています。ホームからピッチャーまでの距離は18.44メートルですが、ピッチャーは投げた勢いで前に出ますから、投球後は1メートルほどさらに距離が短くなります。この速度で、打球がピッチャーまで到達する時間は0.4秒ほど、選手が反応できる限界に近い数字だとも言われています。過去には練習試合でピッチャーに打球が直撃したことによる死亡事故も起きています。高野連・日本高校野球連盟では2001年秋から、バットの重さを900g以上として、スイングスピードを弱める規制を打ち出しましたが、選手の筋力トレーニングが進んだことなどによって、なかなか抑制が効きませんでした。木製バットでも打球によるアクシデントがないわけではありませんが、選手のけが予防が注目される中、改めて金属バットの性能を見直すべきではないか、という声が大きくなったのです。金属バットは主に、より振りやすく、より飛ぶバットを目指す開発が進んできましたが、今回は反発力を計測した基準が検討され、「どう飛ばないようにするか」という方向になります。

【反発力をどう抑えるか】
では、どうやって反発力を抑えようとしているのでしょうか。いくつかの要素のうち、関係者は「トランポリン効果」と呼ばれる現象に注目しています。

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金属バットは簡単に言うと、中が空洞になっている金属の筒を加工して作られます。イメージするために、イラストは少し極端に表現してみましたが、ボールがバットにあたると、いったん打球部がへこみ、そこが復元する力で、ボールがはじき返されます。人がトランポリンの上ではねる動きのようなので、関係者は「トランポリン効果」と呼んでいます。バットの直径が大きく、さらに金属の筒の肉厚が薄ければ、「へこみ」が大きくなり、効果も大きいとされています。ですから高野連では、その効果を抑えるために、金属バットの直径を、より小さくして、さらに筒の肉厚を調整すれば、木製バットに近い反発力になるのではないかとしています。

【木製バットの課題は耐久性】
金属バットではなく、木製バットの使用を義務づけるべきではないか、という声もあります。新しい基準の金属バットに切り替えるには、時間がかかりますし、ルール上は今でも木製バットを使うことはできますので、いちはやく対応するためには木製バットで、という主張です。ただ、課題その耐久性です。木製バットの耐久性は、半年程度と言われていて、新品でも打ち方によっては、ひと振りで折れてしまうこともあります。一方、金属バットは、1本でおよそ木製バットの2倍程度の価格ですが、より長く使うことができます。日本では4000校近くの学校が、部活動として高校野球を行っていますから、木製バットの使用を義務づけてしまうと、経済的に負担が大きくなるところがでてくるのではないかと心配されているのです。

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【海外では木製や“飛ばない金属バット”だが・・・】
高校生以上の国際大会で認められているのは原則、木製バットです。韓国や台湾の高校生は、ほぼ木製バットを使っています。アメリカの高校生はNCAA・全米大学体育協会の基準に則したバットを使っています。金属バットの反発力を木製バット近くに抑えた、いわゆる“飛ばない金属バット“です。この金属バットを日本の高校野球でも使えないか、という意見もありますが、この基準は、反発力の抑制に特化したものです。日本では、安全性を重視し、製品安全協会の定めた基準、SGマークがつけられるバットを使っています。実は耐久性の高い金属バットでも時には、ひびが入ってしまうこともあり、もし、金属バットが折れて飛ぶことがあれば、いわば刃物が飛ぶのと同じようなもので、非常に危険だからです。なので、アメリカの基準を単純に導入することは難しいとして、安全性に加えて反発力を抑える新たな基準を作ろうとしているのです。

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【飛ばない金属バットのメリットは】
“飛ばない金属バット”の導入は、球数制限にもプラスだと思います。ピッチャーはバッターを抑えるために、変化球の球種を増やし、コーナーぎりぎりを狙う投球をすることで、球数が増えてしまいます。打球が飛ばなくなれば、アウトがとりやすくなり、思い切ったピッチングができる。つまり、球数もより少なくなって負担が減るのではないか、と思います。また、バッターにとっては、バットの芯でしっかりボールをとらえる技術の向上につながると予想されます。金属バットは反発力だけでなく、バットの芯も、木製より広いのが一般的です。少々根元でも先端でも、ある程度打球は飛ぶため、金属バットに頼る打ち方の選手が増えているのではないかと危惧されているのです。甲子園で活躍した選手たちが18歳以下の日本代表として、バットを木製に持ち変えて国際大会に出場しますが、相手ピッチャーの攻略に苦しむケースが目立ちます。大学やプロに進んでも、木製バットへの対応に時間がかかる選手が多く、「飛ばない金属バット」の導入は、技術向上に一定の効果があるのではないかと思います。

【今後の検討は】
高野連では早ければ来年中に新たな基準を定め、2年ほどの移行期間を経て、使用が開始できるようにしたいと、その目標に向けて検討を進めています。選手が安全にプレーできるのが、スポーツの大前提です。けがのリスクを少しでも減らす環境を整えることを主眼に、迅速な検討を進めて欲しいと思います。

(小澤 正修 解説委員)


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