「どうなる? 働く高齢者の年金減額」(くらし☆解説)
2019年06月26日 (水)
藤野 優子 解説委員
働く高齢者の年金がテーマです。
働いて一定以上の給与がある高齢者の年金が減額される「在職老齢年金」。
この制度が高齢者の働く意欲を妨げている可能性があるという指摘を受けて、政府は、この制度の見直しを検討することになりました。しかし、難しい課題もあるようです。
【 「在職老齢年金」とは】
会社で働いて給与を受け取りながら、厚生年金をもらっている60歳以上の人たちが対象の制度。給与と年金の合計が一定額を超えると、年金額が減らされるという仕組み。年齢によって制度が異なっている。
【60~64歳対象の制度】
まず、60代前半、60~64歳までの人については、月々の給与と年金額の合計が28万円を超える場合、超過分の半分の金額が年金額から引かれる形となる。
例えば、(これは恵まれた年金のケースだが)、月々の給与が20万円で、年金が15万円の場合、あわせると35万円に。そうすると、28万円を7万円上回るので、その半額の3万5千円が年金から減額され、受け取れる年金額は11万5000円になる。
給与と年金の合計額がもっと多くなれば、年金が全額受け取れない人もいる。
いま、対象者は88万人。60代前半で働きながら厚生年金を受け取っている人のおよそ6割が減額もしくは停止されている。
【65歳以上が対象の制度】
65歳以上の人が対象となる制度は、給与と年金(年金の定額部分、つまり基礎年金部分は除く)の合計が47万円を超えると、超過分の半額の年金が減額される仕組み。
いま対象者は36万人、65歳以上で年金を受け取っている人の1.4%が対象になっている。
【なぜ年金が減らされる?】
もともと厚生年金は、定年退職後に年金を受け取るものだったが、以前は、低賃金で働く高齢者が多かったので、高齢で働き続ける人にも少し年金を出そうということで、この年金減額の制度が始まった。その後、定年後も働き続ける人が増えてきたのと、だんだん年金財政が厳しくなってきたので、現役世代の保険料負担を少しでも軽くするため、一定以上の給与がある人は年金の受け取りを少し我慢してもらおうということになった。
【今、なぜ見直しを?】
この制度が、高齢者の働く意欲を妨げているのではないかと指摘されるようになってきたから。
このグラフは、働きながら年金を受け取っている60代前半の人たちの給与と年金の合計額の分布を示したグラフ。横軸が給与と年金額の合計金額。緑色の部分が年金を減額されている人たちになる。
グラフをみると、年金が減額されはじめる28万円の手前にいる人の割合が最も多くなっている。このため、28万円を超えないように、働き方を調整している人が多いのではないかとみられている。
また、内閣府の分析によると、この年金の減額制度がなかったら、フルタイムで働く60代が14万人増えるという推計もある。もっと働く人が増えれば、保険料や税を納める人が増えて、制度の支え手を増やすことにもつながると考えている。
一方、65歳以上の人については、かなりの高所得の人だけが年金を減額されているため、今のところ、働き方を調整している人は少ないと見られているが、政府は今後、働きたい人には70歳まで働く場を確保することを企業の努力規定にする方針。70歳まで働き続ける高齢者が増えてきた時に、この制度が働きたい高齢者の意欲を妨げることがないように、また、高齢者でも支え手に回る人を増やすためにも、この制度の「将来的な廃止を含めて」見直しを検討する方針を、いわゆる骨太の方針に盛り込んだ。
【見直しの時期や方向性は?】
政府は年内にも改革案をまとめる予定だが、いつから見直すか、どの程度の見直しになるかはまだわからない。
それに、見直しにあたっては、60代前半と65歳以上の制度を分けて考える必要がある。
まず、60代前半の人を対象にした制度について。
実は、こちらは、いずれ対象者がほとんどいなくなる。
どういうことかというと、60代前半の人が年金を受け取れるのは、厚生年金の支給開始年齢(厚生年金をもらい始める標準年齢)が65歳に引き上げられるまでの期間。男性は2025年、女性は2030年に65歳にあがる。65歳からの年金の受け取りになれば、60代前半の減額の制度も事実上廃止したことと同じになるので、それを待てばよいではないか、という声がある。その一方で、人手不足に悩む経済界などには、働き手を増やすために、前倒しして廃止、あるいは基準額を引き上げて対象者を減らすよう求める声もある。
一方、65歳以上の人たちを対象にした年金減額の方は、このままだとずっと続く。こちらも、対象者を減らすかどうかや、将来廃止していくのかどうかが検討されるが、難しい課題がある。
【課題】
ひとつは、高所得者の収入がより増えるという問題。
この年金減額の制度が廃止されれば、比較的高所得の人たちの収入が増えることになるので、高所得者優遇につながるのではないか、むしろ低所得の高齢者の支援に財源をまわした方が良いのではないか、という指摘も出ている。
もうひとつは財源。60代前半と65歳以上の年金減額を一度に廃止すると、1兆円以上が必要になる。年金の財源は、保険料と税と積立金でまかなわれているが、現役世代の負担する保険料率はすでに決められた上限に達していて、さらに上げるのは難しい状況。では、税金でまかなうのか。もし、今ある積立金からまかなうと、年金の財源が減り、将来世代の年金がさらに目減りしてしまう。
この年金減額の制度(在職老齢年金)の見直しは、なかなか難しい問題だが、やはり年金は、納めた保険料に応じて受取額が決まる制度。複雑な今の制度は、できるだけ分かり易い制度に変えていくためにも、年金減額の制度はこの先なくしていき、そのかわり、高所得者の年金課税や負担の見直しもあわせて議論していくのが望ましいと思う。これから年末にかけて見直し論議が本格化するが、今後の議論の行方に注目していきたい。
(藤野 優子 解説委員)
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