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「W杯イヤー 発掘続くラグビー名勝負」(くらし☆解説)

西川 龍一  解説委員

開幕まで120日を切ったラグビーワールドカップ日本大会。そのワールドカップイヤーに、過去のラグビーの名勝負の中継映像の発掘が相次いでいます。
きょうは、ラグビーの話題です。西川解説委員です。

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Q1.「発掘続くラグビー名勝負」ということですが、どんな名勝負が見つかったんですか?

A1.日本選手権7連覇を達成した新日鉄釜石。岩手県釜石市が本拠地で、北の鉄人と言われました。当時ラグビーの日本選手権は、成人の日だった1月15日に社会人と学生が日本一をかけて対戦する方式でした。成人の日の風物詩とも言われていました。新日鉄釜石は、1979年から85年まで前人未到の7連覇を果たしましたが、すべてNHKが生中継で放送しました。ところがこの試合の中継映像、いずれもNHKに残ってなかったんです。その映像を今回、NHKの過去の番組映像を探そうという「NHK番組発掘プロジェクト」が探し出したんです。

(VTR)連覇の始まりは、1979年の大会からです。ボールは今と違って革製。国立競技場は芝のグラウンドなんですが、この時期になると芝が傷んでほとんど土のようでした。
新日鉄釜石の相手は学生王者の日本体育大学。日体大には、今の帝京大学監督、大学選手権9連覇の岩出雅之さんが選手として出場しています。

(VTR)こちらは4連覇を達成した1982年の明治大学との試合。国立競技場のこのスタンドの様子を見てください。当時は消防法の規制が緩かったこともあって、通路までぎっしり。この試合の入場者は6万5千人ほどに達したと言われています。釜石ファンにとっては、日本代表としても活躍した「ひげ森」こと森重隆選手兼監督の引退試合となったことで印象深い試合だと思います。

(VTR)そして7連覇を達成した1985年の対同志社大学戦。フォワード・バックス一体となってボールをつなぎ続ける釜石らしいプレイスタイルが随所に見られる好ゲームです。ラグビー界のスター選手としてチームを引っ張り続けた松尾雄治さんは、この試合で引退しました。

Q2.当時のラグビー人気が実感できる。それにしても、中継したテレビ局に映像が残ってないというのは、どういうことでしょう?

A2.残念ながら番組を保存することの重要性はあまり認識されていませんでした。そもそもNHKが番組の保存に体系的に取り組み始めたのは、1981年からのことです。さらにスポーツの中継は、基本的に生放送で流しっぱなしというのが普通でした。ニュース映像を残しても試合の様子をまるごと保存するということは1990年ごろまでほとんど行われていなかったということです。

Q3.それでは、どうしようもないですね?

A3.そこで頼ったのが、ご家庭に残されていないかということです。1975年にベータ方式の家庭用ビデオデッキが発売されたのをきっかけに、個人が番組を録画して楽しむことが広がりました。こうした録画の中に、NHKに残されていない貴重なものがあるのではと考えたわけです。過去の番組を見つける「NHK番組発掘プロジェクト」は、視聴者の皆さんの協力によってこれまで大河ドラマや人形劇などの録画の提供を受けてきました。間近に迫ったラグビーワールドカップの開催などを機に、スポーツにも裾野を広げたわけです。

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Q4.今回もどなたかが保存していたんですか?

A4.7連覇した全試合に出場した千田美智仁さんが保存していました。日本代表のフォワードとして数々のテストマッチに出場し、ラグビーワールドカップ第1回大会にも呼ばれた名選手です。千田さんのお父さんが録画したものが、自宅のタンスの上に置かれたままになっていたそうです。

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Q5.まさにお宝発掘ですね?

A5.今回見つかったラグビーの中継映像の中には、さらに貴重なものがありました。
(NZ対全早大VTR)
Q6.白黒の随分古い映像ですね?

A6.テレビの本放送が始まって5年後の1958年2月、秩父宮ラグビー場で行われたニュージーランド対オール早稲田大学の試合の中継映像です。

Q7.そんなに前からラグビーの中継って行われていたんですね?

A7.記録では、テレビの実験放送が行われた1952年の大学ラグビーの早稲田対明治の試合がラグビー中継の始まりと見られています。もちろんビデオなどありませんから映像は残っていません。この映像は当時、関係者が業者に依頼して放送画面を16ミリフィルムで撮影する方法で保存していたということです。国内の試合で現存するもっとも古いラグビー中継映像の可能性が高いんです。実況を聞いてみると・・・
(実況:18番はミーズであります。ニュージーランドでも一番大柄な選手でありまして、6尺3寸4分、26貫900、たまったものではありません)
紹介されている選手は、ニュージーランドで最も尊敬されるレジェンドのコリン・ミーズですが、体重や身長を尺貫法で実況しているんです。

Q8.時代を感じますね?

A8.映像を提供してくださったのは、この試合に出場し、2トライをあげた元日本代表監督で、早稲田大学名誉教授の日比野弘さんです。当時は、テレビ中継があっても自分のプレーを映像で見る機会はなかったそうです。フィルムはニュージーランドの戦術を研究したり指導の参考にしたりするため多くのチームに貸し出されたといいます。日比野さんは、こうした過去の試合の映像は、歴史の中でラグビーの戦術がどう変遷してきたかを知る上で大変貴重なものだと話していました。放送面でもスポーツ中継が当時どのような工夫をしながら発展してきたのかを垣間見ることができると思います。

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Q9.まだまだ眠っているかもしれませんね?

A9.一方で、こうした貴重な映像が失われていく一因として、家庭用AV機器の代替わりがあります。先ほど千田さんのビデオはタンスの上に置かれたままだったと言いましたが、自宅にはすでにベータ形式のビデオを再生するデッキはなく、見たくても見られない状態だったと言うことです。日比野さんが持っていた映像も、もとのフィルムを有志がお金を出し合ってVHSにダビングしていたため、ある意味奇跡的に残されたものでした。ものを捨ててすっきり暮らすブームもあって発掘の機会は急激に失われつつあります。

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Q10.発掘された試合の映像はどうなるのですか?

A10.NHKが最新のデジタルシステムで保管して、後世に伝えることになります。またワールドカップを前に、上映イベントなども企画されています。7連覇の試合の映像がそろった新日鉄釜石は、クラブチームの釜石シーウェイブスとして活動を続け、その地元釜石市は、ワールドカップ会場の一つとして2試合が行われます。釜石のチームが繰り広げた伝説の名試合が、アジア初のラグビーワールドカップの盛り上げに一役買うことになりそうです。

(西川 龍一 解説委員)


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