本州の平年の梅雨入りまでおよそ1ヶ月。今から大雨への備えを考えておく必要があります。備えのひとつが「タイムライン」という取組みで、行政だけでなく住民ひとりひとりが自分のタイムライン、「マイ・タイムライン」を作る動きが少しずつ広がっています。
(「タイムライン」とはどういうものか)
「事前の防災行動計画」とも呼ばれるもので、災害が起きると予測される時刻に向って
「いつ」「誰が」「何をするのか」をあらかじめ決めておく、いわば防災のスケジュール表。
突然発生する地震には対応できませんが、次第に危険性が高まって災害が起きる豪雨災害、特に台風で有効です。
例えば5日後に台風が上陸すると予想された場合、
▼自治体は5日前に防災態勢を取り始め、▼3日前に台風の情報を住民に周知します。
▼2日前には水門などの防災施設を点検し、
▼前日に大雨警報が出たら住民に避難の準備を呼びかけるとともに避難所を開設します。
▼そして当日、川の「はん濫危険情報」や「土砂災害警戒情報」が出たら
避難勧告を発表するなど、対策を実施する時期と担当者をあらかじめ決めておくものです。
全国700以上の市町村がタイムラインの考え方を防災対策に生かしています。
これまでは行政だけの取組みだったのですが、最近は住民が自分の計画、
「マイ・タイムライン」を作る取組みが注目されています。
(注目されている個人の防災行動計画=マイ・タイムライン)
去年の西日本豪雨では自治体から最大で860万人に避難勧告などが出されましたが、避難所に避難したことが確認されたのは0.5パーセントで、避難の遅れが問題になりました。その後のアンケート調査で「避難のタイミングをつかむ難しさ」が浮き彫りになり、個人もタイムラインを作って備える必要があると指摘されました。
マイ・タイムラインはどういうものなのでしょうか。形式に決まりはありませんが、住んでいる場所や家族の状況などを考えて、いつどういう行動を起こすのか、表にまとめます。例えば、
▼台風が上陸すると予想される3日前までに自分が住む地域の危険性をハザードマップで確認しておく。
ハザードマップは自治体が配布していたり、自治体のホームページから見ることができる。自宅がどのくらい浸水するのか、避難場所や避難する道順なども確認しておく。
▼3日前からテレビ、ラジオや気象庁のホームページなどで台風の大きさや進路などを確認。家族の予定をお互いに知らせておく。
▼2日前までに自宅のまわりを点検し、風で飛びそうなものを片付ける。
避難の際に持ち出す防災グッズを確認。
持病のある人は普段飲んでいる薬を病院でもらっておく。
赤ちゃんのいる家庭はミルクやおむつなどに予備があるか確認しておく。
▼1日前、家族に避難に手助けが必要なお年寄りがいる場合、早めの避難をする。
近くの川や、その上流の水位の変化をチェックし、いわば監視を始めます。
国土交通省の川の防災情報のページや都道府県の河川情報のページからリアルタイムの情報を入手することができます。
▼そして当日、市町村から避難勧告が出たら直ちに避難を始めます。
勧告が出ていなくても川の「氾濫危険情報」が出たり、中小河川の場合、洪水警報の危険度分布の画面で近くの川が薄紫色になったら避難を開始します。テレビ・ラジオや防災行政無線などに加えて、どこにアクセスすれば必要な情報を入手できるのかを知っておくことが重要になります。
パソコンやスマホを使えないお年寄りには近所の人が情報を伝えたり、避難する際に声をかけあうなど、ひとりひとりがタイムラインを作ったうえで、地域で取り組むということが効果を高めることにつながります。
(マイ・タイムラインの普及に力を入れる鬼怒川流域の地域)
マイ・タイムラインの取組みは4年前の関東・東北豪雨をきっかけに始まりました。この災害では鬼怒川が決壊して広い範囲が浸水し、茨城県常総市では4000人あまりが逃げ遅れて救助された。鬼怒川流域の市町村が熱心に取り組んでいます。
この地域を担当する国の下館河川事務所は住民に「マイ・タイムライン」を作ってもらう講座を開いて普及を図ってきた。しかし事務所が直接指導できる人数は限られています。そこで市町村と一緒に、作り方を教える講師「マイ・タイムラインリーダー」を住民の中から育成する取組みを去年始めました。リーダーたちに指導してもらい、より多くの住民に作ってもらおうという狙いです。
リーダー育成講座を受けて必要な知識を身につけた人に今年2月、初めての認定証が授与されました。これまでに茨城県と栃木県の14の市町村で200人が「マイ・タイムラインリーダー」の資格を取得しています。
そのひとり、茨城県常総市に住む須賀英雄(すがひでお)さんです。関東・東北豪雨で被災した須賀さんは「マイ・タイムライン」を知って避難にとても役立つと確信しました。リーダーの資格を取り、地域住民に作成を指導するだけでなく、全国各地に足を運び普及に取り組んでいます。長野市の自治会に招かれた講習会では自らの被災経験を話したうえで、作り方を指導しました。
須賀さんは、「大雨のとき決断がつかずに避難のタイミングを逸するケースが多い。
マイ・タイムラインをつくって準備をしておけば不安がなくなって避難のハードルがさがり、行動を起こしやすくなる。大雨の季節に向けて普及に努めたい」と話しています。
(マイ・タイムライン作成の手引き)
下館河川事務所は誰でもマイ・タイムラインを作ることができるように「逃げキッド」という教材を作っています。須賀さんも教材づくりに加わりました。準備すべきことのチェックリストやタイムラインのひな形があって、これを土台にすれば比較的簡単にタイムラインができるようになっています。下館河川事務所のホームページからダウンロードできます。
マイ・タイムラインの取組みはほかの地域にも広がっていて、西日本豪雨で被災した岡山県倉敷市、静岡県、東京都などで今年度から予算をつけて講習会を開いたり、教材づくりをして「マイ・タイムライン」の住民への普及に取り組むことになっています。
ここ5年連続で豪雨や台風による大きな被害が出ています。時系列でどういう情報を入手して、それに応じた行動を決めておくことがいざというときに余裕をもって対応することにつながります。雨期に向けてひとりひとりが、タイムラインの「考え方」を取り入れて備えをしておく必要があります。
(松本 浩司 解説委員)
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