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「オリンピック・パラリンピック 群集事故を どう防ぐか」(くらし☆解説)

片岡 利文  解説委員

今年9月にはラグビーワールドカップ、そして来年夏には東京オリンピック・パラリンピックと、国際的なスポーツイベントが相次ぎます。そこで重要なのが、会場にやってくる人々の安全確保です。
「群集事故をどう防ぐか」、片岡利文解説委員です。

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・オリンピック・パラリンピック開催期間中に東京にやってくるのは、のべ1000万人以上、2000万人を超えるのではないかという試算もあります。
東京都の人口が1400万人弱ですから、ものすごい数です。
 オリンピックの会場はもちろんのこと、そこに向かう交通機関や周りの商業施設も人であふれかえると予想されます。
そうなると、人が押されて将棋倒しになったりする群集事故が起きる恐れが出てきます。

・スポーツでの群集事故といえば、1989年に起きた「ヒルズボロの悲劇」と呼ばれるイギリスのサッカーの試合での事故が知られています。ゴール裏の立ち見席にサポーターが押し寄せ、96人が亡くなりました。警備側の観客誘導に問題があったとされています。

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・スポーツではありませんが、日本でも2001年に兵庫県明石市の花火大会で群集事故が起きました。駅と会場をつなぐ歩道橋で、いわゆる群集雪崩が起き11人が命を失いました。こちらも、明石市や警察、警備会社が事故を防ぐための対応を十分とっていなかったとして責任を問われました。

Q 東京オリンピックの会場では、チケットで入場者数が制限されますから、同じようなことは起きないのでは?

・群衆は会場の中だけではありませんし、会場でも観戦中に地震や火事など予期せぬ事態が起きたら、混乱が生じて群集事故が起きてしまう恐れもあります。
 そこで、ワールドカップやオリンピック・パラリンピックを前に、群集事故を防ぐための、様々な取り組みが始まっています。

・まず群集事故のおおもととなる「混雑」とはどういう状態なのか。学問的には、1㎡に1.8人以上入ると混雑を感じるとされています。満員電車だと1㎡に10人が立つこともありますが、例えばそんな状態で火事などが起きて、群集が密着したまま避難しようとすると、将棋倒しになったり、群衆雪崩が起きたりする恐れがでてきます。
つまり逆に言うと、群集事故を防ぐには、人と人との間に、ある程度の間隔を保ちながら避難することが重要です。そのために編み出されたのが、この平泳ぎ避難です。

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・三重県鈴鹿市の消防本部が考案した避難法で、平泳ぎのポーズをとることで、周りの人と間隔を保ちながら安全に避難しようというアイデアです。
ご覧のように、通常の避難に比べ、平泳ぎ避難では、人と人がぶつかることなく狭い出口を抜けることができます。

Q 興味深いアイデアですが、実際に災害に見舞われたときに、こんなポーズをとる余裕はあるのでしょうか?みんながやらないと意味がないですし。

・鈴鹿市では子どもの頃から平泳ぎ避難をしっかり教えることで、いざというときに体が自然に動くように日々啓発活動を重ねているということです。

Q ただ、ワールドカップもオリンピック・パラリンピックも開催が迫っています。人が何か特別なことをしなくても群集事故を防ぐことができる方法はないのでしょうか?

・最新のテクノロジーを使って、群集事故を防ごうという試みがあります。
こちらは群集マネジメント研究会。東京大学と日本企業9社が協力して、群集を安全かつ快適に動かすためのノウハウを研究しています。

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・参加企業は、航空会社、空港、スタジアム、鉄道会社といった日々群集を顧客とする会社。そして電機メーカー、警備会社、ゼネコン、チケット販売と、様々な技術やノウハウを持つ会社です。
・とりまとめているのは、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会のアドバイザーも務める西成活裕・東京大学教授。自動車渋滞の原因を研究する渋滞学の先駆者ですが、その研究を群集事故の防止に生かそうと考えました。

・これは西成教授ら研究会がコンピュータシミュレーションで行った実験を再現したものです。

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・25メートル四方の同じ大きさの二つの部屋に、同じ数の群集がいます。ただし、右の部屋には、出口のすぐそばに柱のような赤い障害物があります。この一つ一つの点が人で、実際の人間に近い動きをするようコンピュータでコントロールされています。
 どちらの部屋の方が出口から群集がスムースに避難できるか、コンピュータでシミュレーションを行ったところ、障害物がある方が7秒早く避難できるという結果が出ました。

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・実は、邪魔に見える柱が、出口に押し寄せる群集を二つに分けて流れを作る役割を果たしてくれることがわかったのです。流れがスムースだと事故も起きにくくなります。

Q この実験結果は実際にオリンピックなどの施設に生かされるのですか?

・具体的な場所はテロ対策などセキュリティの問題で明かせないということですが、関連の施設に生かされる方向で検討されているそうです。
 さらに、こうしたコンピュータシミュレーションの技術を使えば、建物のどこで群集事故が起こりやすいのかもわかります。

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・こちらは研究会に参加しているゼネコンが開発したシミュレーションシステムです。赤い場所で火事が起きた場合、群集がどう動くかをシミュレーションしてみると、人がたまっていくところが、群集事故の起きやすい場所だとわかります。例えば、その原因が防火シャッターで人が通りにくかったからだとするならば、そこをこのような水を使った防火シャッターに変えてやれば、人の避難を妨げることなく、炎や熱や煙が広がるのを防ぐことができる。つまり、テクノロジーを使って、事故が起きやすい場所を予測して、先手を打つ、ということです。

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Q いま見てきたような技術やノウハウを、ワールドカップやオリンピック・パラリンピックでの群集事故防止にうまく生かすためのポイントは?

・重要なのは、群集は競技会場だけに発生するのではないということです。空港、鉄道、商業施設など、競技期間中にはあらゆる場所で群集が発生します。様々な技術やノウハウを組み合わせながら、移動する群集を、一か所ではなく、街全体でマネジメントするしくみを作ることが大切です。
 
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・安心安全は日本の十八番です。群集事故を防ぐノウハウをこの機に日本で作り上げ、新たなメード・イン・ジャパンのシステムとして、世界に広げていってほしいと期待します。

(片岡 利文 解説委員)


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