開催まで500日を切った東京オリンピック・パラリンピック。明日からはオリンピックのチケットが販売されます。いよいよ近づいてきた東京大会。東京大会が目指す共生社会への取り組みについて、竹内哲哉解説委員とともにお伝えします。
【競技会場の工事の進捗は?】
Q.競技日程も発表され、東京大会が近づいてきたという印象ですが、会場の整備はどのくらい進んでいるのでしょうか。
A.こちらに主な新設会場の工事進捗率をまとめてみました。開会式や陸上競技が行われる新国立競技場がおよそ70%で完成は今年11月。競泳などがおこなわれるアクアティクスセンターは来年3月、バレーボールや車いすバスケットボールが行われる有明アリーナは今年12月に完成予定などとなっています。
【国際基準のバリアフリーへ】
Q.なるほど。こうした会場の設備ですが、障害のある人や高齢者などが観戦するために整備が進められていると聞いていますが。
A.オリンピック・パラリンピックの会場は、国際的なバリアフリー整備基準を参考に策定された、こちらのTokyo2020アクセシビリティ・ガイドラインに沿って作られることが求められています。この基準に沿うと、いままでの日本ではあまりされてこなかったバリアフリーが整えられつつあります。
Q.たとえば、どんなことでしょうか。
A.車いすの客席の数や配置です。
車いすの客席の数はオリンピック会場だと0.75%、パラリンピック会場では1.0~1.2%と決められています。さらに、会場の様々な場所に設置するとされています。
Q.いままでは、どうだったんですか。
A.2015年まで、国には明確な整備基準はありませんでした。どうなっていたかというと、たとえば旧国立競技場の車いす席は全体の0.07%、40席。場所も2か所に集約され限られていました。これが、新国立競技場になると、オレンジが車いす席ですが、すべての階に設けられており常設席数、これはオリンピックの時ですが、およそ0.8%に当たる500席。パラリンピックの時は、青い部分の席が追加され、およそ1.3%にあたる747席になります。
Q.1階の車いす席はスタジアムをぐるりと囲むようになっていますね。
A.はい。これまでは場所を選びたくても、選択肢がなかったわけですから、今回の席の配置は良いですよね。
Q.こうした施設でのほかの取り組みはありますか。
A.いくつかご紹介します。
○車いすの前の人が立ち上がっても視界を妨げないように座席の高さを設定。
○補聴器や人工内耳を使っている聴覚障害者向けには、目的の音や声だけを聴きとれるように補助する磁気ループという設備を設置した座席を用意しています。
○また、知的障害や精神障害、発達障害のある人のなかには、音や光に弱くパニックになる人もいます。そんなときに気持ちを落ち着かせるための静かな個室が設けられています。
○性的マイノリティーの人の中には、多機能トイレを使うのは必要としている人がいるので、使うのに気が引けるという人もいます。そこで、気兼ねなく使ってもらえるような多機能トイレも設けています。
【バリアフリーのカギは当事者参加】
ただ、こうしたバリアフリー設備は整備基準通りに作ればできるというものではありません。私も様々なバリアフリー設備を取材してきましたが「なんちゃって」バリアフリー、たとえば、スロープはあるのに急すぎて上れないといったものや、多機能トイレなのに十分なスペースがないというような、机上だけで考えた結果、「使い勝手が悪い」ものが多いんです。
今回、新しい施設の建設を担当している日本スポーツ振興センターも東京都も様々な当事者団体から聞き取りを行い何度も話し合いを重ねています。新国立競技場については、基礎設計の段階から当事者が参入し、実物大の模型を使って使い勝手も検証し、細かく調整しています。
たとえば多機能トイレの手すりの色を白からベージュに変更する。壁や便器の色とのコントラストを付けることで、弱視の人などに手すりの位置をより分かりやすくしています。また便座の位置は国際基準では、400mmから450mmとなっていますが、車いすから乗り移れる最適の高さを検証した結果、430mmになりました。
Q.こうした取り組みは、競技場にとどまらずにほかの公共施設などにも広がっていって欲しいですよね。
A.重要なのは基本設計の段階から当事者が加わるということです。当事者が入ることで、当事者にしか分からない不備が修正できる。さらに、こうした話し合いや検証を重ねることで、お互いの理解が深められると考えます。
【進化したピクトグラム】
Q.私の隣にオリンピックとパラリンピックのものがありますね。
A.はい。競技をイメージ化した絵文字の「ピクトグラム」は言語を問わず世界中の人たちが理解できるようにと、1964年の東京オリンピックの時に考案されたんですが、今回、さらに進化しているんです。なんだと思います?
Q.何でしょう?(竹内:触ってみていただいても)あっ、凸凹ですか?
A.はい。視覚障害者の人が分かるように今回初めて凸凹がついたピクトグラムが制作されたんです。
Q.チケットやパンフレット、ガイドブックなどでも使われると視覚障害者の人にはいいですよね。
A.そうですね。パラリンピックの競泳で21個のメダルを獲得している視覚に障害のある河合純一さんは「ピクトグラムは言葉を超えるユニバーサルなものなので、それに触れるように制作したことは非常に価値がある」と評価しています。この凸凹のあるピクトグラムですが視覚障害者用と限定するのではなく、一般的に使われるようになれば、視覚障害への理解も深められると思います。
【共生社会を導くために必要なこと】
Q.こうした取り組みが共生社会への道しるべになるといいですよね。
A.そうですね。東京の街はバリアフリーが進んできているとはいうものの、まだま足りない部分がたくさんあります。たとえば、車いすで利用できる駅は増えてきていますが、スロープがなければ列車には乗れないということは多々あります。列車に乗っても、車いすなどのために設けられたスペースを空けてくれない人がいます。どうすれば、バリアフリーの設備がより使いやすいものになるのか。ハードとソフト両面から何が必要なのか想像力を働かせることができるかがポイントです。そのために必要なのが当事者との対話、知らないことを知るということです。新国立競技場の建設では多くの「対話」がなされていました。「対話」を重ねた結果、ハード面で必要なことが共有されただけではなく、障害とは何かを考える機会となっています。東京大会に向けて様々な取り組みが行われていますが、それは単純に障害者と触れ合うということではなく、障害とは何かを考える場になって欲しいと思います。そうした場を増やし、「対話」の輪を継続して広げていくことが、違いを享受できる、人にやさしい社会の構築につながると考えます。
(竹内 哲哉 解説委員)
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