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「10歳棋士デビュー 新時代の囲碁界は?」(くらし☆解説)

高橋 俊雄  解説委員

くらし☆解説、きょうは囲碁の話題について、高橋俊雄解説委員に聞く。
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Q)
史上最年少の10歳でプロ棋士になった仲邑菫初段が、今週、デビューしましたね。
A)
仲邑初段は今月22日、大阪で「竜星戦」の予選に登場し、10歳1か月でプロデビューを果たしました。これまでの最年少対局記録を1年7か月、更新しました。
仲邑初段はいすに座ると足が床につかないため、足を乗せる踏み台が用意されました。
相手の大森らん初段は16歳で、仲邑初段と同じく、これがデビュー戦です。
会場に集まった報道陣はおよそ100人。持ち時間はそれぞれ1時間で、仲邑初段は次第に劣勢に立たされ、投了に追い込まれました。
終局後、仲邑初段は「緊張してあまりうまく打てなかった。くやしい」、大森初段は「勝ててうれしいです」と話していました。

Q)
仲邑初段、デビュー戦は白星で飾ることができませんでしたが、10歳でプロになるほどの実力をどうやって身につけたのでしょう。
A)
仲邑初段は、大阪市に住む平成21年3月生まれの小学5年生です。父親はプロ棋士の仲邑信也九段で、母親も碁を打ちます。母親の手ほどきで3歳から囲碁を始め、その後、両親が教えていた子ども向けの囲碁教室で対局を重ねてきました。そして、7歳の時からは韓国の道場に定期的に通ったということです。
両親によりますと、仲邑初段の性格は、気が強くて負けず嫌い。1日も休むことなく囲碁の勉強を続けてきたということです。
仲邑初段の囲碁への向き合い方などについて、両親は先月、次のように話していました。
「本人もプロになるぞという気持ちに徐々になってきて、勉強の時間も増えていったという感じだと思います」(母親の仲邑幸さん)
「負けることを怖がらないですし、ガンガンやっていく。内容的には面白いと思います」(父親の仲邑信也九段)
一方で両親は、「プロとしてやっていくには足りない点がいっぱいある」「2、3年後を見据えて見守ってほしい」などと、小学生の娘がプロになることへの不安や重圧についても語っていました。
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Q)
そもそも囲碁のプロはどうやったらなれるのですか。
A)
国内には「日本棋院」と「関西棋院」という2つの団体があり、日本棋院にはおよそ350人、関西棋院にはおよそ140人が在籍しています。こうしたプロになるには「院生」と呼ばれる候補生になったうえで勝ちを重ねて採用の基準を満たす、というのが一般的です。
日本棋院でこの春プロ入りしたのは13人。年齢制限があるため大半が10代です。今回は人数が最も多くなったことと、このうち8人が女性という点が、大きな特徴になっています。
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Q)
どうして人数が多くなったのでしょう。
A)
これまでの制度に加えて、新たに2つの採用枠を設けたからです。
以前からあるものとしては、院生などから選ばれる採用枠があります。男性5人は全員、この枠です。女流だけの採用試験もあり、1位になった12歳の上野梨紗初段が採用されました。
そして、新たに設けられた枠ですが、「女流特別採用推薦棋士」は、成績が一定の基準を満たした女性をプロが推薦するという制度で、6人が選ばれました。デビュー戦で仲邑初段と戦った大森初段もその1人です。
もう1つが、「英才特別採用推薦棋士」。仲邑初段は去年12月に審査を受け、この制度の第一号となりました。
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Q)
この2つの新しい制度、どういった目的で作られたのですか。
A)
「女流特別採用推薦棋士」は、囲碁の普及活動を促進し、女性の棋士を増やすのがねらいです。囲碁は男女の別なくプロになることができ、女性棋士も男性と同様、タイトルを目指すことができますが、その数は全体のおよそ2割にとどまっています。囲碁の普及のためには、この状況を改善することが急務だと判断したのです。
一方、「英才特別採用推薦棋士」は、国際大会で優勝できるトップレベルの棋士を育てるのがねらいです。対象は原則として小学生で、今回は女性の仲邑初段が選ばれましたが、男女は問いません。
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Q)女性棋士を増やすのはわかりますが、なぜ今、英才教育が必要なのでしょうか。
A)
国際大会でなかなか勝てなくなっているからです。
囲碁は東アジアを中心に広く普及し、国際大会も多く開かれていますが、かつて世界最強を誇っていた日本勢は、中国や韓国に逆転され、遅れをとっているのが現状です。
例えば、七大タイトル独占を2回成し遂げ、去年国民栄誉賞を受賞した、井山裕太四冠。国内ナンバー1の実績をもとに、世界への挑戦を続けていますが、中国や韓国の棋士を相手に勝ち続けることは容易ではなく、持ち時間の長い大会では優勝したことがありません。
日本棋院がおととしから行っている「ワールド碁チャンピオンシップ」では、大会の形式は毎回変わっていますが、優勝はいずれも韓国の棋士です。井山四冠は4位、準優勝、ベスト4にとどまっています。
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女性棋士にとっては、世界はさらに高い壁となっています。
去年から始まった国際大会「SENKO CUP ワールド碁女流最強戦」の結果です。日本棋院の主催で東京で行われましたが、優勝したのはいずれも中国の棋士でした。日本勢は2回とも、4人中3人が初戦で敗退し、残る1人が1回勝っただけです。
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Q)そんなに差がついているとは。打つ手はあるのでしょうか。
A)
日本棋院によりますと、中国は国家レベルで若手棋士の育成を進め、仲邑初段が修行に行った韓国は、子どもが習い事として囲碁を学ぶのが一般的です。ともに競技人口の増加が、選手層の厚みにつながっているということです。日本の囲碁界がこうした相手に勝っていくためには、特に若い棋士をどうやって育成するかが重要になってきます。
その1つが、「囲碁ナショナルチーム」の活用です。
井山四冠をはじめとしたトップ棋士らを男女ともに選抜して、チームで実力をつけていこうと、平成25年に立ち上がりました。国際大会への参加や強化合宿などが行われています。
このチームには若手を対象にした育成選手の枠があり、今回プロ入りした13人のうち、仲邑初段を含む5人が、さっそく選ばれました。今後、育成選手どうしのリーグ戦なども行われる予定です。
会見では、世界を意識した発言もありました。
「世界で戦える棋士になりたいです」(仲邑初段)
「世界のトップに日本が、中国韓国に勝てるように頑張りたいと思います」(福岡航太朗初段)
「ダイヤの原石と思って、ナショナルチームとしても新入段者が成長して世界で戦える棋士になれるようサポートしていきたい。今押されている状況だが、努力を重ねて、日本から世界一の棋士を誕生させたい」(監督の高尾紳路九段)
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Q)
こうした取り組みが実を結んで、今回プロ入りした若い棋士たちも、世界を相手に戦えるようになってほしいですね。

A)
仲邑初段のような将来有望な棋士の「育成」と、競技人口を増やすための「普及」は、囲碁界の発展のためには、ともに欠かすことができません。今回、2つの推薦制度を設けて、採用を一気に増やしたのは、この2つを同時に推し進めるためといえます。
ただ、育成も普及も一朝一夕にできるものではありません。囲碁界には息の長い取り組みを望みますし、私たちも仲邑初段をはじめとする若手棋士の活躍を、長い目で見守りたいと思います。

(高橋 俊雄 解説委員)


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