▼3月15日から東京の上野動物園などで特別天然記念物のライチョウの公開が始まった。
▼そもそもライチョウってどんな鳥?
ライチョウは標高2千m以上の高山で暮らす鳥で、季節によって羽が生え替わります。夏場は茶色っぽい色ですが、今の時期はまだ冬の羽なので動物園で公開されているものは白い姿をしています。「雷鳥」と書くと恐ろしげですが、実際は鳩より一回り大きい程度で主に高山植物の葉や芽を食べるおとなしい鳥です。ライチョウの仲間は北欧や北米にもいますが、北極圏のような寒い所の鳥で、日本のライチョウは最も南に分布している貴重な存在です。と言うのも日本には氷河期に渡ってきたと考えられていて、今では中部地方の山岳地帯、気温の低い高山だけに残っています。
先週末からこちらの5つの施設で公開が始まりましたが、これは実は国が進めている保護策の一環です。
雷鳥は昔から「神の鳥」とも呼ばれて山岳信仰と結びついていたため乱獲などは免れてきました。ただ、近年は生息環境が悪化したり、キツネやシカなど平地の動物が高山にも侵入するようになって脅かされたり、さらには温暖化の影響も指摘されるなど、確かな原因ははっきりしませんがその数を減らしています。1980年代には野生の雷鳥は3千羽いると推定されていたのが、2000年代には1700羽になったとも言われ、絶滅危惧種に指定されています。
そこで、2012に国が保護計画を作り、これに基づいて「生息域外保全」も行われることになったんです。
▼「生息域外保全」とは?
これは、野生動物を本来の生息域から別の場所に移して飼育繁殖させることなどを言います。これに対し本来の自然の中で生き物を守るのは「生息域内保全」と呼び保護の基本で、もちろんライチョウについても生息地での保護活動も進められています。ではなぜ域外で、この場合は動物園などで飼育するかと言うと、野生での数が減って限られた場所に残るだけになった動物は、そこで感染症が大流行したような場合、一気に全滅するおそれもあるからです。そこで、あらかじめ施設に分散して繁殖させておいて、万一の時は野生に戻せるよう、言わば保険をかけておく意味があります。
この生息域外保全の計画に基づいてライチョウの卵が乗鞍岳で採集され、5つの施設で人工繁殖が行われてきました。ただ、雷鳥は飼育が難しい鳥で、なるべく落ち着いた環境で育てようということで、これまでは非公開で進められていました。
▼雷鳥の飼育の難しさとは?
まず高山のような低温に保つ必要があるので、温度管理された専用室が必要です。また、大きな音などまわりの環境の変化にも敏感です。さらに、半世紀前に単独でライチョウの飼育繁殖に取り組んだ大町山岳博物館での経験から、細菌などが少ない寒冷地の動物であるライチョウは、感染症への抵抗力が弱いらしいこともわかってきました。
そこで今回の5施設での飼育繁殖には、この時の大町の経験が生かされています。
例えばこちらは、現在の上野動物園の飼育の様子です。普段のエサやりなどから、飼育員は必ず防護服や手袋を装着して、ライチョウの専用施設に入る時は着替えるようにしています。エサや食器なども消毒しているそうです。
衛生面以外では、フンを分析して体内のホルモンの変化を調べ体調を把握するなど、きめ細かい体調管理を行っています。こうした取り組みによって、この1~2年で飼育繁殖が軌道に乗り、今では5施設で30羽ぐらいまで増えてきました。
そこで、計画の次の段階として、こうしたライチョウ保護の活動や高山の生態系に起きている問題を一般の人たちにも広く知ってもらい、登山者のマナー向上や保護活動への協力なども呼びかけようということで、8羽を選んで公開することになったのです。
▼ライチョウは敏感な鳥のはずだが、大勢の客が見に行っても大丈夫?
そこは最も注意が必要な点です。雷鳥は温度管理した専用の展示室にいるので、お客は部屋の外からガラス越しに見る形ですが、各施設では事前に展示室の前で人を歩かせたりして雷鳥をならす訓練をしてきました。さらに公開する時間も、例えば上野だと当面1日2時間だけというように限定して、ライチョウの様子を見ながら慎重に行うことにしています。
大町山岳博物館で40年ライチョウの飼育に携わってきた宮野典夫さんは、公開の目的はあくまで雷鳥に代表される高山の生態系に起きている問題を広く知ってもらうことにあるとして、『我々がやっていることが役に立たないのが一番いい』と話していました。つまり、動物園でライチョウを人工繁殖させているのは、仮に将来、鳥インフルエンザなどで野生の雷鳥が全滅してしまっても野生に戻せる雷鳥を育てておくためですから、そんな必要がなく、ライチョウや様々な生き物がいる自然環境が守られる方がいいわけです。
これから動物園でライチョウを見る機会があれば、大声で驚かせたりせずそっと見守ると共に、こうした生態系の問題についても思いを巡らせていただけたらと思います。
(土屋 敏之 解説委員)
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