流氷の上に大鷲やオジロワシ、世界自然遺産・知床の羅臼沖の海です。そしてこの自然は国後島、択捉島など北方四島の自然は深く結びついています。今日本とロシアは北方領土問題を含む平和条約交渉を続けています。知床と四島の自然保護をどのように結びつけるのか考えてみます。石川一洋解説委員です。
Q 知床半島と北方四島の関係は?
A 地図をご覧ください。こちらが知床半島、その目の前にあるのが北方領土の国後島です。
その先には択捉島があります。知床半島と四島をつなぐのは流氷です。
知床半島のオホーツク海側の斜里では、岸まで一面流氷に覆われていました。流氷はオホーツク海の北部、ロシアの沿岸で海が凍り付き、その氷が風や海流で知床、そして国後や択捉など四島周辺にも運ばれてきます。船の運航の妨げとなる流氷ですが、一方豊かなミネラルやプランクトンなど大陸から運びこの海域を豊かな海としてきました。
Q 冬の今はどんな自然が見ることができるのですか?
A 私は先週、知床半島の根室海峡側の羅臼を訪れました。午前五時過ぎ、観光船に乗って出港しました。沖合に向かうと流氷が見えてきます。真冬も羅臼では観光船のシーズンです。バードウォッチングの愛好家たちで、実は日本人だけでなく、外国の方も多く乗っていて、この2月は40パーセント近くが外国人です。毎年、外国の観光客が増えているということです。
Q なぜですか、そしてどんな国からきているのですか。
A アジアからヨーロッパまで世界中から愛好家が訪れます。この日はタイや台湾、北欧などからの観光客が乗っていました。流氷と大鷲やオジロワシの姿が合わせて撮影できるのは世界中でもこの知床半島、羅臼の沖合しかないと言われています。
越冬のため、カムチャツカやシベリア、サハリンなどから大鷲やオジロワシが飛来するのです。日が昇るとともに鳥たちの数が増えてきました。流氷の向こうには国後島が見えますが、領土問題があるため、国後島に近づくことはできません。黄色い嘴の羽を広げると二メートルにもなるといわれる日本最大の猛禽類、大鷲です。一方オジロワシは名前の通り、尾の先が白くなっており、凛々しい姿をしています。外国から来たバードウォッチャーたちは一心不乱にシャッターチャンスを狙っていました。羅臼岳など知床の山並みが荘厳な美しさを見せていました。
スウェーデンから「素晴らしい感動的な自然です。そしてわしの姿、涙が出てきました」
知床の周りにも素晴らしい自然があります。国後島に一番近い野付半島では、間近にエゾシカの群れやオジロワシ、キタキツネの姿を見ることができました。地元ではこの自然と北方四島の結びつきをもっと多くの人に知ってほしいと願っています。
知床羅臼観光船協議会会長 長谷川正人さん
「こんな交通の不便なところに世界中から人が来る。世界がこの自然を認めている。ただまだ地元がそのことを分かっていない。知床の半分が根室管内にあるということは知られていない。国後もある」
Q 北方四島のほうではどのような自然が残されているのでしょうか
A 2014年から私はビザなし訪問に同行して国後島と択捉島を訪問しました。日本人は、今は「ビザなし訪問」という形でしか訪問できません。国後島から択捉島に向かう途中、海には大量の渡り鳥(ハシボソミズナギドリ)が飛来していました。それだけ海も豊かだということです。そして択捉島、ここではグイ松などの樹海が一面に広がっていました。択捉島のオホーツク海側の海岸沿い、道なき道をトラックバスで行きますと、湿原を通り、そこにはエゾゼンテイカが一面に咲き誇っていました。そして石灰岩の切り立った白い崖が続く風景・ビラ海岸がありました。ビラとはアイヌ語で崖という意味と言われています。そして海岸の砂浜ヒグマの足跡がありました。知床半島と同様、択捉島にも同じような豊かな自然が残されていると感じました。
公益財団法人・知床財団事務局長 山中正実さん
「知床周辺と北方四島が渡りの中継地や越冬場所として大陸までも含めて自由に行き来している。海の場合も様々な生き物が行き来しながら非常に豊かな生物相を形作っている。」
山中さんは知床半島と北方四島の生態系は一体で、一体として保護しなければならないと強調しています。
Q では四島の自然保護の現状は?
A ロシアが北方四島に自然保護区を定めていて、ソビエト・ロシアを通じて自然保護区は厳格に管理されてきました。特に知床半島の対岸にある国後島の手厚い保護が目立っています。一方道路や空港の建設が進み、択捉島の北部は保護の対象から外れ、レアメタルの鉱山開発も計画されています。海では漁業資源の乱獲が進んでいます。将来は楽観できません。知床の自然保護団体は、日ロ双方は知床半島と北方四島を一体として保護すべきだという提案を出しています。
Q どのような提案ですか
A 知床の世界自然遺産を日ロの合意の上で、同じ生態系にある北方四島とその先のウルップ島まで拡大する申請をユネスコにすべきだという提案です。知床半島では、観光や漁業など人間の経済活動と自然保護が、世界自然遺産登録によって両立しています。世界自然遺産を拡大し、北方四島の乱開発を今のうちに防ぐべきだとしています。実はユネスコも知床を世界自然遺産として登録するときの技術評価報告書の中で「将来的に近隣の諸島も含めた形の『世界遺産平和公園』して発展させることも可能である」と提言しています。
斜里町元町長・日ロ平和公園協会理事長 午来昌さん
「経済優先ではなく環境こそ原点であると安倍総理からプーチン大統領に働きかけてほしい。そうすればプーチン大統領も分かるのではないか」
Q ただ日ロの間ではまさに領土問題があり難しいのではないでしょうか?
A 確かに難しいですが、不可能とは思いません。世界遺産条約では、係争地であっても登録は可能としています。
つまり「領土問題など係争地であっても当事国が合意すれば自然遺産登録は可能でそれはそれぞれの領土に関する主張に影響を及ぼさない」ということを定めています。さらに日ロは島での共同経済活動を始めようと交渉しています。その出発点となる安倍・プーチン両首脳による合意には「共同経済活動の調整に関する合意も、実施も平和条約に関する日本及びロシアの立場を害するものではない」としています。こうした条約や合意に立脚して、まさに四島を日ロ共通の世界自然遺産としようという将来像で日ロが一致すれば、決して不可能ではないでしょう。
日本は四島の帰属の問題を確定して平和条約を締結するとの基本方針のもと、ロシアと56年日ソ共同宣言を基礎に交渉を進めています。もちろん国境線が確定し平和条約が締結されれば、共同での自然遺産登録はしやすくなります。逆に平和条約交渉を進めるためにも日ロで四島の共通の将来を考える新しいアプローチの中で、まず自然保護で具体的な協力をしようという考えもあってよいのではないかと思います。
(石川 一洋 解説委員)
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