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「ゲノム編集食品 新たな流通ルールは?」(くらし☆解説)

合瀬 宏毅  解説委員

厚生労働省の専門家会議は先週、ゲノム編集技術で生まれた農産物や水産物の新たな品種の流通ルールについての報告書をまとめました。担当は合瀬宏毅(おおせひろき)解説委員です。

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Q.ゲノム編集技術、どういうものですか?

 生物は、その細胞内に、自らの設計図ともいうべき遺伝子の集合体、ゲノムを持っています。ゲノム編集は遺伝子の一部を、はさみのように切除したり、加えたりする技術で、生物が本来持っていた性質を変えることができます。
これまでも、遺伝子組み換えの技術はありましたが、精度が良くなく、7年前に新たな編集技術が開発されたことで、狙った改良を素早く、しかも簡単に行うことができ、この技術による品種改良が急速に広がっている。

Q.具体的にはどういうものですか?

例えばこちらのマダイ。京都大学などの研究チームが、筋肉の成長を止める遺伝子をゲノム編集技術で壊し、従来の1.2倍の筋肉をつけるマダイを誕生させました。効率的な養殖ができると期待され、縦に並べてみると、その大きさがわかります。
一方、こちらは血圧の上昇を抑える物質を豊富に含むよう、改変されたトマト。高血圧に悩む人用に開発され、このトマトを食べれば、僅かな量で効果が期待できるように開発が進んでいます。

Q.いろんなものが出来ているのですね?

 これだけではありません。時間が経っても黒くならないマッシュルームや、たくさんとれるコメ、そして養殖しやすいように暴れないマグロ。こうした水産物や農産物は、いずれもその生物が持つゲノムを編集して、生み出されました。

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 どの遺伝子がどういう役割を担っているのか、ゲノムの解読が進んできたこともあって、国内外の企業や大学がこぞって、この技術を使った品種開発競争を繰り広げています。
ただ消費者として心配なのは、その安全性です。こうした食品が発売される前に、そのルール作りが、急がれているわけです。
 
Q.今回の報告書ではそうした点を明らかにしたのですね。

はい。専門家会議では医学や品種改良の専門家の他、消費者団体の代表などが参加して議論を進めました。まずはゲノム編集食品の安全性審査です。
ゲノム編集技術では、3つの変化を起こすことが出来るとされています。

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まず一定の役割を持つ遺伝子を、切ることで、機能を「無くす」こと。そして、その部分に別の遺伝子が入り込み、もともと持つ性質を「変える」ことが出来ます。さらに、切断したところに、新たな遺伝情報を入れて、「付け加える」こともできます。パソコンで文章を編集するときのように、正確に、しかも簡単にできると言います。

Q.まさにワープロのようですね。

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このうち、3つめのパターンは、新たな遺伝子を入れたわけですから、従来の遺伝子組み換え食品と同じです。このため食品安全委員会などによる安全性審査が必要だとされました。
問題となったのは、遺伝子を切っただけの1や、切ったことで、結果的に配列が変わった2のケースをどう考えるかです。

Q.どういうことでしょうか?

こちらのケースでは、高度な編集技術を使ったために、遺伝子は残っておらず、結果的にはその変化は自然の突然変異を利用する従来の育種技術と同じ。しかも遺伝子が残っていないので、ゲノム編集を使って作ったのかどうか、見分けが難しい。このため、まず安全性の審査は必要ないとされました。

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Q.必要ないのですか?

はい。これまでも自然界で起きるような突然変異を、化学物質や放射線を使って起こし、品種改良を進めていった手法はある。これと実質的に同じである以上、規制は難しいということなんです。
とはいえ遺伝子自体を操作するわけですから、何らかの規制が必要です。委員の中からも開発を野放しにするおそれがあり、出来た品種が本当に安全かどうか、わからない。また、あとから問題が出てきたときに、検証も難しくなるという声が相次ぎました。

Q.結局、どうしたのですか

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報告書では、作った品種について、行政への届け出と情報公開を行うことが適当だとし、その届け出について、厚生労働省に義務化と同等の仕組みを作るよう求めた。

Q.どんな内容を届け出るのか?

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 まずは、ゲノム編集技術を使って開発した品種名と、遺伝子にどんな変化を加えたのか、その内容。そして確認された変化がアレルギーなど人の健康に影響を及ぼさないことの情報。それに栄養成分など変化した成分情報を求めています。
 その上で、アレルギー物質などの確認が難しい場合には、安全性確認の審査を受ける必要があることを書き込んでいる。

Q.これでゲノム編集で産まれた品種を管理できるのか?

難しいのは、先ほど指摘したように、新たな品種がゲノム編集を使って出来たものか、どうやって区別するかです。遺伝子レベルでの突然変異は自然界でも通常起きる現象です。
例えば、これは冒頭に見てもらった筋肉が1.2倍あるマダイ開発のヒントとなった牛です。ベルギーで突然変異で生まれたこの牛は、筋肉の量が一般の1.4倍あることが知られており、研究者はこの牛が持つ遺伝子を分析して、それをマダイに応用しました。
こうした突然変異が自然界でも起きることから、ゲノム編集を使った品種なのか、後からは分かりません。こうした状況の中で、届け出の実効性をどう高めるのかです。

Q.実効性は確保できるのですか?

この点について厚生労働省は、こうしたゲノム編集などの技術開発は日進月歩で、たとえ遺伝子が残っていなくても、ゲノム編集をおこなった形跡を見つけ出す技術が開発される可能性がある。
ゲノム編集技術で開発されたにもかかわらず、届け出をされていない品種が後から見つかった場合、開発を行った業者の名前を公表するとともに、スーパーなどで抜き打ち検査も実施することにしている。

Q.こっそりとやれば、あとで痛い目にあうということですか。

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実際に名前を公表されれば、開発者には大きな痛手となり、届け出制には一定の抑止効果はあるというのが厚生労働省の説明です。

Q.ではこれで、ゲノム編集で産まれた品種が販売されるようになるのか?

はい。厚生労働省では、今日から報告書に対するパブリックコメントの受付を行い、ゲノム編集食品の流通ルールの整備を行うとともに、海外にも周知を図る考えです。
そして今年の夏にも、届け出の受付を始め、年内にもゲノム編集で開発した食品が、スーパーなどに並ぶかもしれません。
ただ、その前に重要なのは消費者への説明ですよね。

Q.新しい技術だけに不安も多いですよね?

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 焦点となってくるのは、表示のあり方です。厚生労働省は、来月にも東京と大阪で、説明会を開く一方、4月以降、政府は消費者がこうした食品を選ぶときの表示のあり方について議論を始める予定です。
 自然界で起きることと同じとはいえ、安全性を審査しない以上、ゲノム編集技術で生まれた食品が、消費者にそれと分かることが必要です。適切に商品を選ぶためには、どういう表示が必要なのか、丁寧な議論を進めていって欲しいと思います。

(合瀬 宏毅 解説委員)


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