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「ことしのノーベル平和賞 性暴力撲滅の訴え」(くらし☆解説)

二村 伸  解説委員

ことしのノーベル賞の授賞式が10日行われ、各賞の受賞者にメダルと賞状が授与されました。平和賞は、アフリカ・コンゴ民主共和国の医師とイラク人女性の二人が受賞しました。
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受賞者は、アフリカのコンゴ民主共和国、かつてのザイールで性暴力の被害を受けた女性たちの治療と心のケアを続けてきた婦人科医のデニ・ムクウェゲ氏と、イラクでIS・イスラミックステートに性的暴行や虐待を受けた経験をもとに性暴力の撲滅を訴えるナディア・ムラドさんです。ノーベル賞委員会は、2人の授賞理由について、「戦争の武器としての性暴力の終結に向けた努力」をあげています。授賞演説でムクウェゲ氏は次のように述べました。「戦争の武器としての性暴力を断じて許してはなりません。行動するということは無関心でいることに「ノー」と言うことです。戦うのであれば、無関心に対する戦いこそが必要です」また、ムラドさんは「栄誉ある受賞に感謝します。でも私たちの威厳をとり戻すことができるのは、正義と犯罪者を罪に問うことだけです」と、話していました。

●遠い国のことのように思いがちですが、こうしたことが今も世界各地で起きているのですね。

2人の演説に共通しているのは、世界各地の紛争地域で犠牲になり続けている性暴力の被害者のために国際社会が今こそ行動を起こすときだいう切実な訴えです。性暴力が「戦争の武器」と呼ばれるのは、ISや、コンゴ民主共和国の武装勢力のように、経済的・政治的な理由で組織的に行われることが多く、精神的にも肉体的にも大きなダメージを与え、恐怖によって抵抗する力を奪うからです。その実態を伝え、撲滅に取り組む2人の活動を描いたドキュメンタリー映画があります。
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ムクウェゲ氏のドキュメンタリー映画は『女を修復する男』(配給ユナイテッドピープル/CAT&Docs)です。

主なストーリーです
反政府武装勢力による虐殺や略奪が続くコンゴ民主共和国。とくに治安の悪い東部は、「世界で最も女性に危険な場所といわれています。
ここでムクウェゲ氏は9年前に病院を設立し、これまでに5万人以上の性暴力の被害者に寄り添ってきました。家族や村から見放され、ムクウェゲ氏のもとに身を寄せた人も大勢います。 
ムクウェゲ氏は同時に、武装勢力が資金源としている鉱物資源の違法な採掘や、奴隷労働の実態を世界に訴えてきました。このため命を狙われ、自宅が襲撃されるなどしたため、一度は国外に避難しましたが、帰国を願う女性たちの熱意に打たれて国に戻りました。
女性たちは大統領や国連の事務総長に手紙を出し、ムクウェゲ氏が無事帰国し安全でいられるよう請願しました。そして野菜や果物を売って得たお金を出し合ってムクウェゲ氏の帰国のための航空券を買ったのです。出迎えた女性たちは、みんなで交代で家を警備すると申し出たということです。
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コンゴ民主共和国は金やダイヤモンドをはじめ希少金属にも恵まれた世界屈指の資源国でありながら、資源をめぐる争いが絶えず、貧困率70%に上る世界最貧国の1つです。紛争の犠牲者は、第二次世界大戦後、世界で最も多い540万人に達しました。ムクウェゲ氏が活動する東部は、紛争終結後も反政府武装勢力の活動が活発で、女性や子どもが奴隷のように働かされ、性暴力の被害が後を絶ちません。私もかつてこの地域を取材しましたが、政府のコントロールがまったくきかず武装勢力が跋扈する無法地帯でした。

ムクウェゲ氏は以前日本を訪れた際に、なぜ、身の危険にさらされながら活動を続けるのか、次のように話していました。
「治療した女性たちを見ていると、女性こそが人類が前進する力の源だと気づかされます。悲惨な状況にあっても女性たちは自分の子どもや夫、家族のこと、社会のことを考えます。女性たちの治療をしていて女性の力を知り勇気づけられてきました」

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●平和賞をきっかけに、日本や世界でこの問題に関心が高まると良いですね。

ムクウェゲ氏は、性暴力を性的なテロだと呼び、現地で起きていることを世界の人が知り、加害者を裁くために立ち上がってほしいと訴えています。加害者が裁かれない限り、暴力の連鎖をとめることができないからです。また、武装勢力の資金源を絶つために、スマートホンをはじめ電子部品に使われる鉱物資源をそうした地域から買わないよう求めています。

●もう一人の受賞者、ナディア・ムラドさんも、性暴力の実態を知ってほしいと訴えているのですね。

ナディア・ムラドさんは人権活動家として世界を飛び回っています。その活動を描いたドキュメンタリー『ナディアの誓い - On Her Shoulders』(配給ユナイテッドピープル)もまもなく日本で上映されます。
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ムラドさんは、イラク北西部の山岳地域に住む少数派のヤジディー教徒で、4年前、ISの戦闘員によって姉や妹を含む村の女性たちとともに誘拐され、性奴隷として暴行を受けました。母親や兄弟は殺害されたり、行方がわからなくなったりしました。
その後脱出に成功し、今はベルリンで難民として暮らしながら、自らの経験を通じて性暴力と人身取引の撲滅を訴えています。「私の心は壊れたままです。私のためではありません。3200人の女性や子どもたちの声を代弁しているのです」話を聞く女性たちはみな涙を流していました。
2年前には、人身取引の被害者の尊厳を訴える国連親善大使に就任しました。
世界各地を訪れ、各国政府に働きかけたり、女性や子どもたちを励ましたりしています。
ムラドさんはおととし国連で各国首脳の前で演説しました。
「世界中の被害者の声を届けたい。紛争地域が平和になるまで女性や子どもを見捨てないでほしい。世界に国境はない、あるのは人道です」このように述べました。

●他人には話したくない辛い過去を話すのは勇気ある行動ですね。

ムラドさんは、ISに連れ去られた3千人以上が今も行方不明のままだとしてノーベル平和賞を機に、女性や子どもたちの救出、被害者の支援に新たな道筋がつくられることを願っています。

ノーベル平和賞は、これまで選考をめぐってたびたび論議を呼んできましたが、戦時下での性暴力撲滅のための地道な取り組みに光を当てたことしの授賞は、「平和や軍縮のために最大・最善の貢献をした人物・団体に授与する」という平和賞にふさわしい選考だったのではないかと思います。
世界では今も紛争下で大勢の女性や子どもたちが、暴力の被害を受け、救いを求めています。そうした声を重く受け止め、暴力や搾取のない社会を築くための取り組みを後押ししていくことがたいせつだと感じました。

(二村 伸 解説委員)


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