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「大相撲界暴力根絶の取り組み」(くらし☆解説)

刈屋 富士雄  解説委員

大相撲一年納めの九州場所は、小結貴景勝が初優勝で幕を閉じました。
刈屋解説委員です。

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【盛り上がりましたね。】

そうですね、新しい年に向け若い力の台頭が感じられましたよね。

【でも今日のタイトルは暴力問題。】

そうなんです。横綱日馬富士が引退してちょうど一年。多くの犠牲を払った一年前の暴力事件を契機に、大相撲界では、再生に向けて過去に例のない大規模な聞き取り調査やアンケートを行って過去40年の暴力の実態を浮かび上がらせました。

大相撲界の暴力根絶の取り組みは、日本スポーツ界にとっても参考になると思いますので、今日はそのポイントを解説していきたいと思います。

【前例のないというのはどんな調査だったのですか?】

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日本相撲協会からの委嘱を受けた暴力問題再発防止検討委員会が、今年の2月から10月まで、現役の日本相撲協会員900人全員から聞き取りを行うだけではなく、過去10年に協会を去った人にもアンケートや聞き取りを行いました。しかも、暴力を受けた人、見た人だけではなく振るった人の声も取っています。
私は昭和62年から現場で取材していますが、その時の実感からすると数字は低めの感じはしますが、それぞれの過去の記憶に基づいてのデータということを考えると、明確に覚えている暴力行為の数字として説得力があると思います。

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まず、暴力を受けた人の割合の変化です。
昭和53年37%だったのが徐々に減り続けたものの、平成に入って横ばい、平成19年の力士暴行死事件を機に急速に減り続け現在は5.2%まで下がりました。
ここに、暴力を見聞きした人の割合を重ねると、数字は多少違いますがほぼ似たラインとなります。

そして暴力を振るったと自覚している人です。問題は、見聞きした人が力士暴行死事件以来急激に減ったのに対して、こちらは減らないどころか逆に増えたりしています。この数字をどう見るか、私は、暴力を振るったと自覚した人が、まだ8%も残っていると見るべきだと思います。人数にすれば70人。その8%を根絶できるかどうかが問題だと思います。

【やはりかつては、かなりの割合だったんですね。】

報告書でも、歴史的経緯に触れていますが、暴力は絶対に許されないものであるにもかかわらず、日本の社会やスポーツ界が、言うことを聞かない者に対する指導の方法として、暴力が時に有効な手段と考えられ許容されてきた時代があって、その時代背景の中で、相撲界では指導・教育を目的とした暴力は許容されるという共通認識があったと指摘しています。

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これは数字にも表れていて、暴力の現場に第三者がいたという答えは87.6%と高い数字でしたが、制止したあるいは制止された経験はおよそ11%、報告した人は、6.9%。つまり暴力が行われた場所にいた人のほとんどが、その暴力が正当なものと感じていたということになります。

【相撲は普段の稽古からぶつかり合いますからね。】

そうなんです。暴力的なことがあっても、稽古としての実態があれば暴力ではないと認識され、制止したり報告したりする対象にはならなかったわけです。それがそのまま生活指導にも持ち込まれ、定着してきたわけです。

更にそれを乗り越えて番付を上げた力士が、親方として指導者となり、「殴られたことで強くなった」と信念へと変わっていくケースが多いこと、逆に暴力によって心身に傷を受けて辞めて行った人の声は、組織に全く残っていないため、暴力が指導の手段としての共通認識が定着したと分析しています。

【暴力は、どういった場面が多いのですか?】

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日馬富士事件の舞台となった巡業先は、以外にも10.3%と低く、飲食店・カラオケ店にいたっては3%未満でした。

圧倒的に多かったのは、相撲部屋の92.1%。では相撲部屋のどこなのか。
稽古場は、意外にも低く29.5%で、圧倒的に多いのは、共同生活をする大部屋が60.6%、料理を作るちゃんこ場が43.5%です。
これは入門してからの年次と連動しています。

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暴力を受けた年次は、1年目から3年目が87.8%で圧倒的に多く、暴力を振るった側は、4年目から6年目が最も多い割合です。そして暴力を振るった中で、自分も暴力を受けたと答えた割合が84.9%。つまり生活になれない新弟子が暴力を受け、そのときに暴力を受けた人が指導する立場に立って暴力を振るうという連鎖が起こっていたということになります。

【稽古場より日常生活の方が多いんですね?】

今回の報告書でも、相撲の指導における暴力は目に見えて減少傾向にある中で、生活の指導での暴力が残っていると指摘しています。それは、相撲の指導において、努力は最終的には自己責任、嫌がる者を無理やり稽古させる必要はないということです。

逆に生活面は、部屋全体に影響が出る為、暴力が用いられるということです。
つまり教育・指導のためと言うより、現在行われている暴力のほとんどは、秩序の維持や指導が上手くいかない為のイライラの解消の為と分析出来ます。

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それを裏付ける数字として、指導とは言えない理不尽な暴力を受けたと答えた人が23.6%でしたが、振るった側は1.3%と自覚はありませんでした。

【相撲部屋制度そのものに問題があるのでしょうか?】

報告書では、相撲部屋制度は、大相撲と不可分一体のものと肯定しています。
部屋制度そのものに問題が在るのではなく、その中で生ずるひずみだと指摘しています。

【歪みとは?】

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それは相撲界で上下関係が2つ存在することです。一つは入門年次、もう一つは番付です。この二つの上下関係は、相撲の指導と生活の指導と複雑に絡み合い歪みが生じてくるわけです。

【例えばどういうことでしょうか?】

例えば、年齢に限らず入門年次が上の方が兄弟子として生活面の指導に当たりますが、弟弟子の方が出世が早く番付が上になると、稽古では立場が逆転します。しかし稽古が終われば又立場が変わります。このあたりは、ほとんどの部屋では暗黙の了解の人間関係の中で上手く運用してきていますが、その中で歪みが生じた場合、暴力となって現れてくるわけです。これは、他のスポーツの上級生、下級生、レギュラー、補欠などの関係と似ています。

【これはどう対応しているんですか?】

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師匠や親方、そして力士同士のコミュニケーションを密にすることです。実際に、個別面談の時間を増やしたり、日記やメールのやり取り、一緒に外食の時間を作ったりと努力している部屋は、暴力は少ない数字です。

それと力士としての目標の確認です。暴力なんか振るっている暇があったら、力士としてやることがあるだろうという確認。力士の心得を掲示し、毎日唱和させる部屋もあります。

【実態が明らかになって、ここからが正念場ですね?】

その通りです。報告書でも具体的な提案をしていますが、実効性がなければ意味がありません。

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その大きなポイントは、厳しい稽古と暴力との境界線、厳しい生活指導と暴力との境界線、これをしっかりと引くこと。暴力は何があっても許されないという意識改革、指導に責任を持つ師匠、親方の研修、そして罰則も含めた暴力禁止規定の明確化が急務だと思います。組織全体で意識を共有し、継続的な努力と、絶え間ない検証を行うことが必要です。

その取り組みは未だに暴力が残存する日本のスポーツ界全体に波及するものと思います。

(刈屋 富士雄 解説委員)


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