「交通事故の2倍!知ってますか?『転倒死』」(くらし☆解説)
2018年10月17日 (水)
堀家 春野 解説委員
転倒などが主な原因で亡くなった人は平成17年はおよそ1万人。交通事故で亡くなった人の実に2倍近くに上っています。どうすれば転倒死を防げるのでしょうか。
(“転倒死”1万人)
Q)転倒で亡くなる人が交通事故の2倍とは驚きです。
A)転倒などが主な原因で亡くなる人は年々増えていて、ほとんどが65歳以上です。
一方、対策が進んだことなどから交通事故で亡くなる人は減り続けています。いま、転倒死は交通事故で亡くなる人の2倍近くに達しているんです。しかもこの数字、氷山の一角だと指摘されています。こちらの数字には、転倒し、頭や首の骨を打ち亡くなった人が多く含まれていると見られています。しかし、転倒をきっかけに介護が必要になったり寝たきりになったりして、その後、全身が弱って、死亡した人は含まれていないからです。実際に、こうしたケースを取材しました。
藤崎(たつさき)成吾さんは、8年前、76歳だった母親の武子さんを亡くしました。
弁当店を切り盛りしていた武子さんは、当時、がんが見つかり治療を受けていました。
体力が落ちていたところ、自転車に乗ろうとして転倒。太ももの付け根を骨折します。
そして、骨折の手術のわずか1週間後、帰らぬ人になりました。
藤崎さんは、「母が、がんで亡くなるならまだしも、転倒が致命傷になるとは思いもよらなかった」と話していました。
武子さんが亡くなった直接の原因ははっきりとはしていないんですが、骨折したあと寝たきりの状態になり、どんどん体が弱っていったといいます。
日本転倒予防学会の武藤芳照理事長によると、武子さんのようなケースは決して珍しくないといいます。武藤理事長は、「病気で治療中だと体が弱り転びやすくなる。転ぶとさらに体が弱り、負の連鎖が加速する。治療中の人は転倒のリスクがあることを認識することが重要だ」と話しています。
(転倒の原因は)
学会によりますと、転倒の主な原因は、①年をとることによる身体機能の低下。
②病気や薬の影響。そして、③運動不足です。
Q)やはり、高齢になると、それだけで、転倒のリスクがあるということですね。
A)そうなんです。年を重ねると、いくつもの病気を抱え、何種類も薬を飲んでいるという人も少なくありません。高血圧の薬や睡眠薬でふらつく症状が出ることもあるといいます。ただ、治療に必要だからこそ薬を処方されていると思うので、自分の判断で服用を中止せず、必ず医師に相談する必要があります。
そして、自分に転倒のリスクがあるかどうか、把握することも大切です。
こんなチェックシートがあります。
例えば、▽「過去1年間に転んだことがある」。その後1年間に再び転ぶリスクがおよそ5倍になるといわれています。
▽「背中が丸くなってきた」。姿勢やバランスが崩れ転倒しやすくなるといいます。
そして、▽「毎日の薬を5種類以上飲んでいる」。当てはまるものの点数を足し上げて、
合計点が6点以上の人は転びやすい可能性があります。学会は気になる人はかかりつけの医師などに相談してほしいとしています。
(どう防ぐ?転倒)
そして、転ばないための予防も大切です。
ポイントは▽栄養バランスのとれた食事と▽適度な運動です。
日本転倒予防学会は、「転倒予防指導士」を認定していて、現在、全国でおよそ770人が教室を開くなどして活動しています。
そのうちのひとつ、横浜市の教室には地域に住む60代から80代のおよそ20人が参加しています。実際に、転倒したことがあるか聞いてみると、7割ほどの人が転倒した経験があると答えました。
参加者の女性は、「病院の駐車場のブロックにひっかけました」と話していました。
また、別の女性は、「公園の濡れ落ち葉の上を滑って骨折しました」と話していました。
この教室では「ストレッチ」や「片足立ち」、「スクワット」など身近にある椅子などを使って自宅でもできる運動方法を指導し、参加者は1時間ほど汗を流していました。
「転ばない、そして転んでも骨折しない体づくり」が大切だということです。
専門家によりますと、こうした運動は、若いうちから心がけることが必要だということです。
(キーワードは「ぬ・か・づけ」)
運動とともに気をつけなければならないのは、転びやすい場所があるということなんです。キーワードは「ぬ・か・づけ」です。
「ぬ」はぬれている場所。例えば、お風呂場、や落ち葉の上、雨の日のマンホールの上などです。「か」は階段、段差のあるところです。敷居や、玄関なども要注意です。
そして「づけ」。片づけていない部屋です。つまづきやすいので注意が必要です。
東京消防庁が転倒して救急搬送された人のケースを分析したところ、およそ6割は自宅などで転んでいました。具体的な場所は、①居室・寝室、②玄関・勝手口、③廊下・縁側でした。こうした実態を知ってもらって、身近な場所に危険が潜んでいるかもしれないと意識する必要があります。そして、段差を無くす、段差がわかるように明るい色のテープをはる、積み上げてある新聞や雑誌を片付けるなど、整理整頓をすることも必要だと思います。
(転びにくい環境づくりを)
転びにくい環境をつくる対策は個人にとどまらず、様々なところで広がり始めています。例えば、病院。多くの高齢者が入院していますので、どうしても転倒のリスクが高まります。全国の病院では平成17年、少なくとも1000件以上の転倒事故が起きています。そこで、▽転倒の原因になりやすい「スリッパ」をやめて、かかとが固定されている履物に変える。▽ふらつく症状が出る睡眠薬を別の種類のものに変えるといった対策を行っているところもあります。さらには、実際に転倒した患者のカルテをAI=人工知能で分析し、転倒の可能性がある患者を予測し対策にいかそうという研究も行われています。
さらには、あるコンビニエンスストアでは、転倒事故をきっかけに対策を行いました。かつては、モップを使った水拭きを行っていましたが、床を滑りにくい素材にかえました。
Q)転倒というと、個人が気をつけなければならないというものだと思っていましたが、環境自体を変えていくことが必要なんですね。
A)そうですね。転倒は命にも直結するものですが、日常的に起きるからこそ深刻に捉えられていない面もあると感じます。防げる事故を防ぎ、守ることのできる命を守るため、社会全体で対策を進めていく必要があると思います。
(堀家 春野 解説委員)
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