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「どう変わる養育費~新制度と課題は」(くらし☆解説)

清永 聡  解説委員

年間の離婚件数は20万件を超え、その半分以上は、子供のいる夫婦です。
離婚後の養育費や賠償などの強制執行について、法務省の法制審議会がこのほど財産開示に関する新たな制度の要綱案をまとめました。
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(養育費の現状は)
養育費というのは、子供を育てて、教育するために必要な費用のことです。離婚する時に双方が話し合って金額などを決めるとされていますが、現実には、感情的にこじれるケースや、中には暴力を振るわれるなど、いろいろな事情があって話ができないままというケースが少なくありません。
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Q:いくらくらい支払われるのですか。
A:厚生労働省の調査では母子世帯の場合で、平均額月4万3707円です。
養育費は離婚した父親が母子世帯に支払う場合と、反対に離婚した母親が父子世帯に払う場合があります。圧倒的に多いのは母子世帯なので、今回は基本的にこれを例に説明します。
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この金額は実際には相手側の収入や子供の数によっても異なります。ただ、養育費の取り決めがあるのは、全体の43%にとどまっています。
養育費の大切さを伝えるため、自治体の中には、啓発の動画を作っているところもあります。

(母子世帯の貧困が課題に)
福岡県が、養育費への理解を求めて先月公開した動画です。離婚したとしても子供の成長に養育費が欠かせないことを伝えています。
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担当者に制作した目的を聞いたのですが、誰にも相談しないまま生活に苦労する母子世帯が多いことが動機だったそうです。自治体にとっても、母子世帯の貧困は大きな課題となっているんです。
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Q:たしかに、母子世帯で生活が苦しいため、塾や習い事をさせられないとか、部活動を続けられないというケースも聞きます。
A:さらに問題があります。先ほど、養育費の取り決めは43%とお伝えしましたが。実際に現在も養育費を受けていると答えたのは、24%にとどまります。
いろいろな事情がありますが、中には約束した支払いを行わず、泣き寝入りするケースも少なくないとみられます。養育費の約束が守られないという課題は、家庭裁判所がスタートした昭和20年代から同じような統計があり、変わっていないんです。

Q:どうしたらいいですか。
A:現在も多く使われている制度として、「履行勧告」などがあります。家庭裁判所での取り決めに従わない時に、調査官が間に入って、相手に約束を守るよう説得し、促す制度です。ただ、支払いを強制できないため、限界がありました。
ほかにも、裁判所の強制執行という手続きをとることが可能です。相手の預貯金などを差し押さえるのですが、そのためには、どの金融機関にどのくらいの財産があるかは、弁護士などを通じて自分で調べなければなりませんでした。もし金融機関を特定できても、相手が残高をゼロにしてほかに移していたら、差し押さえをしても無駄足になるケースがあります。
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(強制執行の財産情報取得制度とは)
Q:弁護士を頼んで裁判所にいくだけでもハードルが高いですよね。
A:しかも養育費は月額が比較的少ないので、強制執行をあきらめる人が少なくないんです。
そこで、今回、法制審議会の民事執行法部会は、この強制執行の際に、財産情報を取得できる新しい制度を盛り込んだ民事執行法の改正要綱案をまとめました。
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口座の有無や、預金残高、不動産などの財産を、裁判所を通じて、明らかにするというものです。
申し立てれば、裁判所が相手の名前などをもとに、金融機関に加えて市町村などにも一斉に照会する仕組みです。しかも、給料を差し押さえる必要がある場合など、勤務先を把握することまで可能にすることが検討されています。
この制度が実現すると、強制執行の際にあらかじめ相手の財産の情報を得たうえで、差し押さえを求めることが可能になります。養育費などで泣き寝入りをなくすことなどを目的に設けられました。
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ただし、養育費でこれを使う場合、家庭裁判所の調停や審判、もしくは確定した判決があること。あるいは養育費の取り決めを文書で残していることなどが条件です。その文書も公証人と呼ばれる専門の公務員に作ってもらう、公正証書で強制執行に関する取り決めが盛り込まれていることが必要です。
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(悪用を防ぐ制度にすることが課題)
Q:口約束ではダメなんですね。
A:その場合は、まず調停や審判などを経てからになります。ですから専門家は、協議離婚をする場合も、養育費の扱いなどを、できるだけ公正証書で残すよう呼びかけています。
一方で、個人の資産や勤務先まで把握できることには、課題も残ります。この要綱案に盛り込まれた財産情報の取得は、養育費だけに限定したものではありません。例えば消費者金融が判決確定後も借金を支払わない人に対して使うことも可能になります。得られた情報が強引な取り立てに使われないか、懸念する声もあります。
要綱案では、財産の情報のうち、勤務先については養育費や犯罪被害者への賠償金というケースに限定するほか、目的外の使用には罰則を設けることにしています。
強力な制度だけに、悪用されないよう厳格な仕組みと、弱い立場の人を救済する仕組みの両立が求められます。
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(養育費の相談窓口)
Q:海外ではどんな制度が設けられているのですか。
A:国立国会図書館の調査では、アメリカは、行方不明になった親を行政が捜索するほか、滞納者には運転免許の停止を行う制度もあります。イギリスでは、給料から強制的に天引きするほか、不払いの場合最長6週間収監することもあるということです。フランスでも税金の徴収官が養育費の取り立てを行うというということです。
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Q:今後の予定はどうなっていますか。
A:今回の要綱案は、来月、法制審議会で答申が行われ、その後、国会で法案が審議されることになります。このためまだ検討が続けられます。
養育費などで知りたいことがある場合、「養育費相談支援センター」という組織が無料で相談に応じています。また離婚や養育費の手続きなどについては、「日本公証人連合会」が来週月曜日の10月1日から7日までを「公証週間」として、無料の電話相談を行うことにしています。
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離婚した場合、養育費だけでなく、親権や子供との面会などをめぐっても感情的にもつれることが少なくありません。
ただ、離婚しても親であることには変わりありませんから、子供の貧困をなくすためにも養育費の大切さを理解してほしいと思います。
(清永 聡 解説委員)




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