「食品の需要予測はAIで」(くらし☆解説)
2018年05月24日 (木)
合瀬 宏毅 解説委員
くらし解説、テーマは「食品の需要予測はAIで」です。担当は合瀬宏毅(おおせひろき)解説委員です。
Q. 食品の需要予測?どういうことでしょうか?
私たちは天気や季節によって食べたいものって変わりますよね。メーカーとしてはそうした天気や季節を考えて、生産計画を作るが、実はそれを的中させるのは極めて難しい。
多く作れば無駄になってしまうし、足りなければ欠品となって消費者から不満が出てくる。
そこでそうした天気や、人の気持ちで、食品がどのくらい売れるのか、人工知能などを使って、正確に予測しようという取り組みが始まっているのです。
Q.どうやって予測するのでしょうか?
(VTR)まずはこちらをご覧ください。こちらは群馬県にある日本最大の豆腐メーカーです。木綿豆腐や絹豆腐といった私たちが普段使う豆腐を毎日160万丁製造しています。
悩みの種が作りすぎてしまった豆腐です。豆腐は賞味期限が短く、作りすぎてしまったら廃棄するしかありません。
作りすぎの原因は、注文のタイミングです。このメーカーにスーパーから注文が来るのは、店頭に並ぶ前日の午後。ところが注文に応えるためには、その一日前から、大豆を水に浸すなどの準備を始める必要があります。メーカーにとって、出荷数が足りない欠品は命取りで、このためどうしても多く作らざるを得ないのです。
Q.多く作りすぎて余ってしまうわけですね
はい。そこで日本気象協会が開発したのが、豆腐指数です。
気象協会は、過去1年間の気温の変化と豆腐の販売数などの関係を徹底的に分析。そして、気温の変化や湿度、風の量などをもとに、人が感じる体感気温と、豆腐がどの程度売れそうなのかを数値化したのです。
この豆腐メーカーでは、気象協会から送られてくるそうした指数をもとにスーパーからの注文を予測。その結果、年間1000万円の無駄を削減できたと言います。
「需要の予測が狂ったときには頭を抱えるしかない。いままで注文のロスの削減だとか、いろんな課題を抱えていた。それを悩まなくていいというのは凄く大きい」
Q.年間1000万円の削減というのは大きいですね。
本来はスーパーがもっと前倒しして注文してくれればいいのですが、スーパーとしても、売れ残ったら自分が損を抱えてしまうので、それはしたくない。メーカーとしてはある程度の作りすぎは仕方がなかった。
それで登場したのが、豆腐指数です。豆腐というのは暑い時も寒い時も、冷や奴や湯豆腐として売れていく商材ですが、特にこの時期には冷や奴として、売れ行きを予測しなければならない。これは先週の金曜日からこの火曜日にかけてを、豆腐指数として予想したものです。
人の顔は人が暑さを感じる体感気温を示し、暑いと感じる金曜日から体感気温が徐々に下がり、それにつれて、豆腐の注文も少なくなって行くだろうと予想している。
Q.的中したのか?
もちろん豆腐メーカーはこの通り製造するわけではない。特売情報などを店舗ごとの情報も加え、微調整します。
ただ、この指数をもとに製造をしたところ、作りすぎた豆腐は0.06%。注文との誤差はほぼゼロだったといいます。ベースとなる豆腐指数の精度が高いため、製造の無駄も極めて低く抑えられたと豆腐メーカーは評価している。
Q.しかしこれまで、こうした天気を使った売れ行き予想というのは無かったのか?
もちろん過去の販売データと天気予報を頼りに、売れ行きを判断する方法はあった。ところがメーカーや卸、小売りどこも、それぞれが自分の経験と勘を頼りに行っていますので、当たり外れが多い。これを今回は、具体的な数字に「見える化」して誰もが分かる形にした。
Q.それにしてもどうしてそんな見える化ができたのか?
そこで出てくるのが、AI、人工知能です。人がどういうときに暑いや寒いと感じるのか、ツイッターの投稿を調べたのです。
日本気象協会が2012年からの3年間の気温と、1600万に及ぶツイッターでの「暑い!」などのつぶやきを人工知能を使って分析したところ、例えば2014年5月の摂氏31度は、猛暑日が続く7月の35度と、同じように「暑い」とする投稿が多かった。
Q.どうしてでしょうか?
調べてみるとこの年の5月は中旬から上旬にかけて4度近く最高気温が上昇している。つまり人はそのときの気温だけではなく、前の日や例年と比べて暑さ、寒さを感じる。こうしたことが徐々にわかってきた。
日本気象協会では人工知能を使った分析で、「体感気温」を数値化することができた。
Q.実際の気温と人が感じる気温とは違うと言うことですね。
はい。しかももう一つ、天気予報の精度が上がってきていたことも大きかった。
気象予測で使うスーパーコンピューターの性能は年々向上していますし、ネットで世界各地の気象機関のデータがオンラインで使え、予報技術も高度化している。
もともとヨーロッパは、長期予測が得意で、日本は災害予測のために短期の精度が高いという特徴があります。そうした各地のデータを組み合わせることで、例えば大気の状態を表す上空の気象予測の誤差、この15年で30%少なくなり、気温の予想は15年前は数日先までだったのが、2週間先まで見通せるようになったとしている。
Q.こうした情報を使えば、様々な食品の需要予測が可能になるのでしょうか。
はい。そもそもこの取り組み、経済産業省が食品ロスやCO2を減らすために始めた事業がスタートでした。
日本では売れ残りや作り過ぎなどの食品ロス、年間357万トンと、世界全体の食料援助量に匹敵する量が発生します。
この食品ロス、企業にとっては損失ですし、返品や焼却するとなると大量のCO2を排出する。環境的にも負担です。また捨てる分については、製品のコストに上乗せされますから、消費者にとってもマイナスなのです。
食品ロスを減らすための正確な需要の予測、鮮度を重視する日本の喫緊の課題なのです。
Q.こうした取り組み、他の食品にも使われていくのでしょうか?
はい。例えばこうした技術をつかった冷やし中華のめんつゆ、これは夏に集中して売れる食材ですが、夏の終わりの売れ残りを20%削減できましたし、飲料メーカーでは、需要予測が向上したことによって、各地への配送を車から船に転換し、大幅にコストが節約できたりするなどの効果が出たとしています。
また、薬局やスーパーなど小売りのデータを分析したところ、湿度が低いときに胃腸薬がよく売れたり、肉やしらたきなどの鍋の食材の売り上げは、白菜の価格に左右されるなど様々な繋がりが見えてきた。
Q.データを分析すると、いろんなことが見えてくるのですね。
日本では食品だけでなく、農業やアパレルなど全産業の3分の1が何らかの天候リスクを抱えているとされています。天気と売り上げとの関連を示す予測ニーズは大きく、今後どこまで予測できるようになるのか、注目していきたいと思う。
(合瀬 宏毅 解説委員)
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