NHK 解説委員室

これまでの解説記事

井上麻矢「井上ひさし生誕90年 父から託された使命」

劇団こまつ座 代表 井上 麻矢

s240130_010.jpg

今年は井上ひさし生誕90年という節目にあたります。井上ひさしは2010年に亡くなるまで70本近くある戯曲をはじめ多くの小説やエッセイなどを書きました。人形劇「ひょっこりひょうたん島」の作者といえば覚えておられる方も多いでしょう。
私はこまつ座という、井上ひさし関係の作品を上演する劇団の代表をしています。
そして父・井上ひさし亡き後を引き継いで14年目になります。

s240130_001.jpg

なぜこまつ座という劇団を41年前に井上ひさしが作ったのか…当時の公演パンフレットthe座という冊子から紐解いてみることにします。

井上ひさし自身のインタビューに、「観客と俳優とスタッフが共に作り上げる劇場という場所、そしてそこに現れる時間のユートピアを目指して」という一文が目につきました。
現代はインターネットやVRなども駆使すれば、いくらでも体験することを身につけることが出来るようになりました。未知なる場所なるものはなくなってしまい、どこにいてもあらゆる情報が手に入る世の中となりました。多少牧歌的な言い方ですが、ユートピアなるものは存在するのでしょうか。
そもそもユートピアはギリシャ語では「どこにもない場所」という意味です。なかなかたどり着けない場所でもあるゆえに人はその場所を常に追い求めています。

井上ひさしは皆の手によって作り上げられる共同体の力の奇跡を信じていました。
あるかもしれない奇蹟にかける…それが演劇や演劇と同じような構造を持つ舞台芸術を上演する意味だということを伝えています。

s240130_002.jpg

そしてすべてのライブで行われるものは、それが演劇であれ、ライブ演奏であれ、すべてユートピアだと定義づけた作家でもありました。つまり本当に演劇の力で世の中を救うことが出来ると信じて止まなかった劇作家だったということです。

井上ひさしが求めたのは皆が共に作り上げる共同体こそが、ユートピアだという思いです。その思いは数多く遺された著作の中に残されています。生誕90年の年に上演される作品それぞれが井上ひさしの声なき声と言えるでしょう。
井上ひさしを一躍有名にした作品、ひょうたん島も井上ひさしが作り上げた国家でありました。

VTR(ひょっこりひょうたん島タイトル)
ひょうたん岬のひょうたん島の爆発によって陸から離れ、海を漂流することになったひょうたん島。その名の通りひょうたんの形をしています。南風が吹けば北へ、東風が吹けば西へ向かい人口はわずか15名程度、規則や法律はなく、それぞれの価値観を持ち自分を大切に生きています。

s240130_003.jpg

s240130_004.jpg

大統領のドンガバチョをはじめ、元海賊のトラヒゲ、元ギャング団のダンディと小学校教師のサンデー先生と様々な個性の子供達です。次々起こる人災や天災、そして悪い大人が出てきて子供達を窮地に追いやります。この姿はなぜか今の日本とダブります。
今から50年以上前に、この作品を描いた井上ひさし。
その後、井上ひさしは国造りの理想を様々な小説に書いていきます。ある東北の村がいきなり独立宣言をして日本国ではなくなるという奇抜な作品、あの時は奇想天外と位置づけられましたが今はどうでしょうか。
コロナ禍のパンデミックがようやく明けたというのに、政治不信に物価高、そして環境破壊からくる温暖化、更には天災で沢山の方が今も大変な中で生活しています。私もよく、「井上ひさしがいきていたら今これらの問題になんと答えただろうか」という質問を受けます。
「井上ひさしではないので何とも答えられませんが、井上ひさしがなんというかを想像して動く事はできます。そしてその手引きになるのか彼が遺した演劇ではないかと思います。」と私は毎回こう答えます。

s240130_005.jpg

作品を書くにあたり、戯作(庶 民)、笑い(コント パロディ 言葉 ダジャレ)、憲法(祭りごと 権力)を三大要素として根幹に置いていました。
そこに趣向という仕掛けを作り、始まりから終わりまでのプロット作成が作品完成までの八割を占めていたと思います。
人間の卑猥さ滑稽さ、業や欲の中でうごめく姿を登場人物に託し、笑いや言葉で、果ては音楽も加えて提示し、十分毒気に満足した後、最後に哀しさや優しさを引き出し、観客が道徳観に満足して帰る。それが作家の狙いではなかったのでしょうか。

s240130_006.jpg

既に井上ひさしの芝居も日々古典に入る中、残されたものの使命としても、いかに芝居に現代を反映させていけるか、作者の言葉「芝居は生き物だ、どう変化させようが時代を射る目が戯曲にある限り、命を吹き込んでほしい、」を今は守っていきたいと思います。
愚かさや哀しみが優しさを産むという作業が私たちに伝えたいことだったのではと最近とみに思うところです。
時代はいつも変わる、変わるのは当然、しかし過去がなければ現在はなく、現在がなければ到底未来までの道はないねというスタンスで、父の勉強の多くは過去から引き出されたものが多かったようです。ヒントは人間の生き様の中に眠っているということで、一時も本を離すことのない日常を見てきて改めて物書きのすごさを身近に見たものだと痛感しています。

文明や医学や機械は進歩していくのを是として、人間の本質はそう変わるとは思わない、表現方法は個人から時代の流れまで大きく変わっていくとして生身の人間変わってはならないものを守りたいという思いがずっとずっとあったのだと思います。

生誕90年、亡くなった今となっては東日本大震災も、能登の地震も、ロシア・ウクライナの戦争も、ガザの現状も知りません。私自身が想像してみます。父は生きていたらどんな行動をしただろうかと思う事があります。
「混迷の中、人間の位置が問われているね」とそんな風に語っているようにも思います。

s240130_007.jpg

晩年、死に向かう中でもっとしたかったのは「農」と「自由」への思いでした。
自給のない国への危惧、と豊かさゆえに始まった人間喪失への不安が抱え旅立った作家は今あの世で背を丸め、机に向かって書いているのではないでしょうか。

s240130_009.jpg

あるインタビューに父はこう答えています。
このところ私は「平和」という言葉を「日常」と言い換えるようにしています。
平和があまりに使われすぎて、意味が消えかかっている。そこで意味をはっきりさせるために日常を使っています。「平和を守れ」というかわりに「この日常を守れ」というようにしていると。

今自分が幸せを感じているその瞬間にも、理不尽な状況に置かれた人たちの事を一瞬でも考える、他人事ではなく当事者として考えるような人間に皆が意識を向けていくことがいつか大きなうねりとなって、バタフライエフェクトのように何かを変える事があるかもしれない。いまその気持ちを大切に思います。一人では出来ないこと、一人の人間の力を超えた何か大きな豊かなもの、それこそが父が演劇に望んだ未来そのものです。

井上ひさし生誕90年。私たちの未来が大きく変わる年に私たちも本気で世の中に小さな羽を羽ばたかせたいと思っています。

こちらもオススメ!