NHK 解説委員室

これまでの解説記事

小池伸介「クマ被害 背景と今後の対策は」

東京農工大学 教授 小池 伸介

s231120_008.jpg

日本には北海道にヒグマ、本州と四国にツキノワグマの2種類のクマが生息していますが、この秋に各地で出没しているのは主にツキノワグマです。出没により住民の生活にも大きな支障が出ています。今日はクマが出没した背景とこれからの対策についてお話しします。

s231120_010.jpg

まず、前提としてクマは積極的に人を襲う動物ではありません。クマも人との突発的な遭遇によりパニックになっています。クマの攻撃は防御を目的としたもので、子どもを守ろうとしたり、自分の逃げ道を確保しようとして人を叩くことで、人は大ケガを負います。

s231120_011.png

クマは春には草や木の葉、夏にはサクラやイチゴの果実など、季節に応じて食べ物を変えます。今年の秋のクマの出没の直接の原因は、秋の主食であるブナ科の果実、ブナやいわゆるドングリの実りが悪いためです。クマは冬の間は冬眠をしますが、冬眠中のクマは何も食べません。そのため、秋の間に摂取した食べ物から得たエネルギーを、脂肪という形で体内に蓄えることで、冬眠中に必要なエネルギーをまかないます。1日あたり5,000キロカロリー以上を摂取することで、体重を夏に比べて秋には30%ほども増加させます。しかしながら、これらの果実には自然のリズムで、実りの良い年と悪い年があります。さらに、樹木同士で実りの程度が同調する傾向があります。つまり、実りの悪い年には山にドングリがほとんど実らないため、クマは普段よりも広い範囲で食べ物を探します。

森の外に目を向けてみましょう。過去40年近くの社会の変化に伴い、日本は急速な少子高齢化、人口の都市への一極集中が進んできました。そして、農山村からの住人の撤退が加速し、耕作地などが森に戻ることで、野生動物の分布域は日本各地で拡大してきました。

s231120_012.png

実際、クマの生息が確認される地域はこの15年間で40%近く増加しました。そのため、集落のすぐ裏山にクマが生息していることも珍しくありません。また、高齢化した集落では森の手入れも行き届かなくなり、耕作放棄地も増えることで、森と集落との境界線が不明瞭なことも多いです。また、河川敷や河岸段丘なども十分に手入れがされない場合には、森から市街地の中に向けて細長い緑地が突き出たような状態となります。

s231120_013.jpg

そのような長年の変化の中で、今年のようにドングリの不作に伴いクマがより活発な状態を迎えると、クマは簡単に集落や市街地に近づくことが出来てしまいます。しかし、クマはとても警戒心が強い動物です。よほどのメリットが無い限り、森や藪から足を踏み出すことはありません。

s231120_014.jpg

しかし、集落の中には写真のように現在では収穫されないカキやクリが多く存在します。それらは、クマにとっては魅力的な食べ物でしかありません。おそらく、初めのうちは、クマは恐る恐る、夜に森の近くのカキなどを食べていたのかもしれません。しかし、人に追いかけられることもなく、簡単に食べることができたという成功体験は、その後のクマの行動をだんだんと大胆にさせ、本来の活動時間である昼間に森から出たり、集落の中にまで探索に行くようになったのは想像に難くありません。つまり、クマが森から足を踏み出すには、誘引物や不明瞭な森と集落との境界線の存在など、人間に起因する要因も大きく影響します。

今年のような事態を繰り返さないためには、短期的には今年の出没事例を振り返り、誘因物を撤去するとともに、集落への侵入経路を遮断する必要があります。また、住民向けのワークショップや、学校での出前授業などを通じて、住民がクマに対する正しい知識を身に着けることで、正しい対策の実施が期待できます。一方、行政に野生動物に関する専門的な知識を備えた職員がほとんどいないという課題もあります。令和5年4月1日現在の都道府県の鳥獣行政担当職員に占める専門的職員の割合は4.7%となっています。そのような状況を踏まえ、2019年には日本学術会議より「地域に根差した野生動物管理を推進する高度専門職人材の教育プログラムの創設」の提言がありました。そのため、2022年より東京農工大学を中心に国内6大学が連携して、野生動物管理のための教育プログラムの試行を開始しました。

s231120_015.jpg

このプログラムでは野生動物の生態や被害状況を把握できる人材や野生動物による農林業被害などの問題を地域関係者と連携して解決できる人材の育成を目指しています。すでに、大学の演習林などで写真のようなシカによる森林被害を調査する実習も行っています。さらに、数年以内にはリカレント教育、社会人の学び直しとして、社会人向けの講義の実施が開始される予定です。既存の行政職員がこのような制度を利用して、野生動物管理の知識や技術を取得することで、現場での迅速かつ的確な対策の実施が期待されます。

s231120_016.png

長期的には各地域の状況を踏まえ、必要な地域ではクマの分布域を一定程度まで後退させることで、近くなり過ぎた人とクマとの距離を離す、人とクマのすみ分け、ゾーニングが求められます。具体的には、人間が生活する場とクマが生活する場所との間に緩衝帯を作り、緩衝帯にクマが恒常的に生息しないような森づくりといったハード面の整備を進めます。さらに、住み分けの状態を維持していくためのソフト面の整備も必要となります。たとえば、分布や個体数のモニタリングに必要な科学的なデータ蓄積の体制、行政による管理体制の構築が必要です。また、高齢化した住人や猟友会による森の管理やクマ対策には限界があります。そのため、確かな技能を備えたクマを専門に追い払う、あるいは特定の個体を選択的に捕獲する捕獲従事者を育成し、各地域で活動する体制も整備する必要があります。しかし、自治体任せではゾーニングの実現はできません。国による財政的な支援とともに、省庁の枠を超えた支援体制が求められます。例えば、法令の点では野生動物は環境省、農地は農林水産省、森林は林野庁、動物の移動経路となる河川は国土交通省など、各省庁で対応できる範囲には限界があります。長期的な国土のグラウンドデザインの中に野生動物の問題を位置付けていく必要があります。

クマは人との軋轢も大きく、適切に付き合わなければ人命を奪う存在にもなり、愛護だけでは、地域社会のみならずクマをも守ることができません。たとえば、市街地にクマが出没した際に、一番大事なのは地域住民の安全と安心です。住民の不安を一刻も早く取り除くには、市街地に出没した個体は捕獲する、さらには人の生活圏にはクマを侵入させない対策が必要不可欠です。対応にあたっている関係者は、クマと人との適切な関係を構築するために苦渋の選択をしています。都市に住む人々に出来ることは、正しいクマの姿、正しい現場でのクマをめぐる状況を知ることです。

ドングリの凶作は確実に近い将来にも訪れます。今年と同じ事を繰り返さないためには、そもそもクマを森から出さないために何ができるのかを、住民一人一人が自分事として捉える必要があります。さらに、野生動物の問題を他の自然災害と同じように位置づける必要もあります。100年に1回の大雨に備えて堤防を強化するのと同じように、数年に1回のドングリの凶作に伴うクマの出没に備えて、ゾーニングを維持し、誘因物を除去する、ということです。もちろん、これにはお金も手間もかかります。しかし、人口縮小社会を迎えた日本において、これまでと同じように野生動物と付き合うことには限界があります。
野生動物の管理にはお金も手間もかかるということ、また新たな野生動物とのかかわり方が必要であるということを、今年のクマ騒動は教えてくれたといえます。

こちらもオススメ!