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松井裕美「ピカソ没後50年 いま改めてキュビズムの魅力」

東京大学 准教授 松井 裕美

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今年は、世界的に知られた巨匠パブロ・ピカソの没後50年を記念する年でした。彼の活動は多岐にわたるものですが、なかでも彼の名を知らしめるきっかけとなったのは、彼が発展に関わったキュビスムという美術運動です。
キュビスム、と聞いて皆さんはどのような絵画様式を思い浮かべるでしょうか。この言葉は日本語では、「立体派」と訳されることが多く、立方体、つまりキューブのように対象を描く絵画様式を、第一に意味していました。
例えば、最初にこの言葉が生まれるきっかけとなった、ジョルジュ・ブラックというフランスの画家の1908年の作品についてお話しします。

建築物や自然の景色が幾何学的に抽象化されているブラックの絵を最初に見た批評家は、それらの作品の中で家や人が「キューブ」に還元されているのに驚き、レビューを新聞に掲載しました。そして翌年から「キュビスム」という呼び名が使用され始めます。
しかしこの作品を見て、立体派、という呼び名に、すぐに違和感を感じるのではないでしょうか。確かにここでは直線的な表現が多用されていますが、多面体を正確に描こうとする画家の意図は、ここからは読み取れません。絵の具の荒々しいタッチは、建物の壁の境界や、地面と建物、そして生い茂る緑の境目を、曖昧にしています。そのせいで、幾何学的な印象があるにもかかわらず、空間を幾何学的に、つまり理知的に理解することができないのです。
キュビスムは、このように私たちの知覚を大きく揺るがす効果を狙った芸術だったといえます。

ピカソが1912年にダンボールや糸を用いて制作した《ギター》という立体作品についてもお話しします。通常であれば凹状の丸い穴として表現されるべき部分は凸状の筒で表現されており、輪郭も途切れ途切れです。しかし全体を見れば、ギターの一部であると認識することはできます。細部は似ていなくても部分と全体との関係の中で総合的に対象が何なのかを知覚する私たちの認識のメカニズムが、ここでは問題にされているのです。

このように、何かある具体的な対象が描かれているはずのかたちがあり、朧げにそのイメージを把握することができそうなのに、なかなかその具体的なイメージに辿り着けない歯痒さを、ピカソやブラックの作品はあえて生じさせるものでした。それは、私たちの脳内でどのように具体的なイメージが形成されているのか、ということを知るための実験に、作品を見る人を巻き込み参加させるような試みだったと言えます。そのことを示すかのように、ピカソ自身は、1923年のインタビューの中で、キュビスムの試みが「自分たちの頭の中にまで、目を見開く」ものだったのだと、語っています。
1990年代末以降の認知科学の分野では、こうしたキュビスムの実験に関心を寄せる科学者も登場しました。認知学者セミール・ゼキや、ノーベル賞受賞者として知られる脳科学者エリック・カンデルなどです。こうした科学者たちはピカソたちが取り組んだ実験や、その実験から触発されるかたちで生み出されたさまざまな芸術実践を手掛かりにすることで、人間の認識や感性についての新たな研究の地平を開くことができると、期待を寄せています。
90年代以降顕著になるもう一つの研究動向は、ピカソやブラック以外のキュビスムの画家たちの革新性を明らかにするというものです。ピカソやブラックの他にも、パリにはキュビスムの拠点が複数ありました。その中でもパリのセーヌ川左岸のモンパルナスに集っていた芸術家たちの中には、美しい色彩を用いながらキュビスムの実験を展開した者もいました。

ロベール・ドローネーが描いた《パリ市》という作品を見てみましょう。

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現在上野の国立西洋美術館の「キュビスム」展に展示されている作品です。巨大なこの作品は、離れてみると、裸の女性が3人描かれているのがかろうじてわかりますね。しかし近づいてみると、

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女性は大きな色の広がりに分割されていて、その輪郭線を把握することがかなり難しくなります。色の塗り方も、かなり荒々しい部分があるので、より一層そうしたわかりづらさが強調されます。
この作品には、その主題においても興味深い点があります。3人の女性たちは、ポンペイの壁画にも描かれている、古代の三美神です。

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彼女たちの足元を取り囲むのは、自然の存在を暗示する鮮やかな緑色です。しかしその上には、現代的なフランスの街が広がっています。画面左手には、セーヌ川に鉄橋がかかり、その手前を汽船が走っています。彼女たちの右手には、鉄骨で作られ、当時近代的なパリの象徴となっていたエッフェル塔が描かれています。ここには、近代と古代の融合、都市と自然の融合のユートピア的なヴィジョンが、読み取れるのです。

このように、キュビスムの画家たちの中には、単に視覚的実験をするだけでなく、その主題の面でも、新しい考えを表現しようとする人々がいました。
こうした大胆な試みがこの時期のパリに華開いたのは、パリに世界中から多くの人々が集っていたことと深く関係しています。キュビスムに関わった芸術家の中にはパリに住んでいた、あるいはパリに住んだことのある外国人が多くいました。したがって、キュビスムがフランスの外の芸術とどのような相互的な関係を持っていたのかということについても、研究が進んでいます。この時期は、ドイツやイタリア、ロシアにおいても、同時並行的に前衛文化が花開きました。またロンドンやプラハのように、キュビスムと共鳴するような前衛的な文化がデザインや装飾美術の分野で進展した都市もあります。そうしたフランス以外の諸動向とキュビスムとの関係が、現在注目されています。

キュビスムのそうしたグローバルな展開の中には、日本も含まれていました。2005年に開催された「アジアのキュビスム」展や、2016年に開催された「日本におけるキュビスム」展などを通して、日本におけるキュビスムの影響についても、研究が進められつつあります。
キュビスムがそのような国際的な影響力を持ち得た背景には、早い段階からそれが世界中の展示場や市場で戦略的にプロモートされたこととも無関係ではありません。そうしたプロモーションの立役者となったギャラリストやコレクター、批評家たちについての研究も、現在進められているところです。芸術家の才能や作品の良し悪しだけではなく、どのようなネットワークや社会構造が特定の才能や作品の価値を生み出し承認していく基盤となっていくのか、また特定の作品や作家がそうした基準からは評価されなかった要因はなんなのか、ということもまた、今後さらに精緻に解き明かされるべき課題として残されています。

ピカソの没後50年を迎えた今、キュビスムという、彼が関わった革新的な芸術運動の様相について、あらためてさまざまな角度から理解することが進められています。

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