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廣井悠「関東大震災100年 現在の地震火災リスクは」

東京大学 教授 廣井 悠

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 1923年9月1日に発生した関東大震災は、105,000人にも及ぶ犠牲者が発生しました。この地震は、強い揺れによる建物倒壊、土砂災害、津波などが関東地方を中心に襲ったものですが、犠牲者の大部分は火災によるものでした。この災害から今年で100年が経ちますが、わが国ではこの間、帝都復興計画をはじめとして現在に至るまで、関東大震災を教訓として、不燃都市を強く希求しつつも広域火災への対応を考えながら市街地整備や消防力を充実し、地震時を除いた平常時の都市大火は1976年の酒田大火を最後に発生していません。
しかしながら2016年に発生した糸魚川市大規模火災は約4haが延焼するなど広域火災リスクはいまだに存在し、さらに地震時は揺れによる火災安全性能の低下や、火災の同時多発によって需要がリソースを大幅に上回る対応量の問題などから、状況はより深刻になるものと考えられます。

このような状況を鑑み、今回は地震火災の被害量を説明する出火、延焼、消火、避難という4つのキーワードを切り口として、100年前の市街地と現代都市の地震火災リスクがどのように変化しているのかを考えたいと思います。
 最初に扱うキーワードは「出火」です。

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出火原因については、こちらの図のように関東大震災時はかまどや七輪が多かったのですが、阪神・淡路大震災や東日本大震災では電気が多いという傾向が明らかになっています。このように、この100年で火気使用環境が大幅に変化していますので、関東大震災の教訓を現代都市における直接的な参考とすることは難しい状況です。一方で、世帯当たりの出火件数で定義される出火率については、発災の季節や時間帯によって大きく異なりますので断定はできないものの、近年の事例を見る限りやや減少傾向にあると言えます。これは火気使用環境の大きな変化はもとより、火気器具における転倒出火防止措置のみならず、マイコンメータや感震ブレーカーの普及が現代では進んでいるためと考えられます。他方で、割合ではなく件数の比較となると状況は異なります。
例えば関東大震災時に東京市全体で134件であった総出火件数は、阪神・淡路大震災では285件、東日本大震災では398件が報告されており、また首都直下地震の被害想定でもケースによっては都内で何百件クラスの出火件数が想定されるなど、出火件数の絶対値は状況によっては増えています。これは近年の大都市部における人口増加にその一因があると考えられます。また飛び火リスクも2016年末に発生した糸魚川市大規模火災を見る限り、いまだ課題と考えられます。つまり出火については、この100年で出火率は低減したように見える一方、現代都市における集積の増加などもあり、総量としては関東大震災時よりも大きく改善していないとも言えます。

 つぎのキーワードは「延焼」です。関東大震災当時における東京の都市構造はほとんどが木造で、非常に「燃えやすい」構造となっていました。それゆえ、この教訓を解決する「都市の不燃化」は、わが国の都市計画上の悲願となりました。ところが、関東大震災から100年経過した現代都市は一部で不燃化が大幅に進捗したものの、わが国にはいまだに広域火災が懸念される木造密集市街地も少なくありません。

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例えば、こちらの図は糸魚川市大規模火災の被災範囲を示したものです。当日は強い南風により、海まで延焼が広がりましたが、風向が変化したり、西風や東風であったら、より被害が甚大になった可能性もあります。地震時は、建物が壊れることで市街地がより燃えやすくなったり、出火点が複数になることを考えると、延焼といった点でも楽観視はできません。
さらに、揺れの被害で防火設備や消火設備等が損傷した中高層建物が延焼した場合のリスク、これは震災時ビル火災などと呼ばれますが、そのような被害像も近年の地震等で顕在化しつつあります。すなわち、関東大震災時の教訓であった「都市の燃えやすさ」は、一部地域においては延焼速度が多少遅くなった程度であり、またこのような地域はわが国にいまだ数多く残されており、さらに近年の市街地の高層化、大規模化の影響も考慮すると、十分に教訓が解決されたわけではないといえそうです。

 3つめのキーワードは「消火」ですが、これについては100年前と比べて大幅に改善しているものと考えられます。しかしながら、大都市大震災時は複数点から出火することが考えられ、現在の消防力であってもこのような同時多発火災には十分に対応できるといえず、この教訓が完全な解決をみたわけではありません。さらに大都市部においては東日本大震災時の東京と同様に、帰宅困難者やその家族による自動車を使った帰宅や送迎などで、車道で深刻な交通渋滞が発生し、消防の現場到着時間が大幅に遅延し、初期対応が不可能になることも懸念されます。このため、地震火災発生時は自助・共助による初期消火に大きな期待が寄せられますが、いくつかの調査によれば近年の地震時に初期消火ができた事例は実際にはごくわずかです。継続的な訓練をしない限り、強震時の確実な初期消火は現実には難しいものとみることができます。

 最後のキーワードは「避難」です。関東大震災では地震発生直後の逃げ遅れのみならず、9月1日の15時くらいから深川区・本所区などで火災と火災に挟まれて逃げ場を失い、また安全だと思われた避難空間が火災に襲われ、多数の人が亡くなりました。このような甚大な被害と引き換えに得られた教訓をもとに、わが国ではこれ以降100年間、火災から命を守る避難場所、不燃化された橋、幅の広い道路や沿道が不燃化された避難路などのハード整備を精力的に行ってきました。しかしながら避難に関するソフト性能に目を向けてみると、現代都市では高齢化も進んでいるうえ、コミュニティが十分に機能していない地域もあり、広域火災からの避難行動を事前にイメージできる人は激減していると考えられます。市街地火災からの避難は風水害や津波の避難と比べて、経験の蓄積もなければ、防災教育もほとんど行われていない傾向にあります。また、関東大震災時は東京市人口約200万人でも群集事故の発生が記録されており、昼間人口が急増した現代都市でこのような事故が地震時に発生する可能性も否定できません。これらを考慮すると、避難に関するソフト性能については関東大震災時よりも劣っている可能性も高く、たとえハード性能が大きく改善したとはいえ、「避難」というキーワードについても100年前と比べて磐石とは決して言えません。
今回は、地震火災の被害を説明する4つのキーワードを切り口として、関東大震災から100年で地震火災リスクがどのように変化したのか、現代都市でどのような課題が残されているかについて説明しました。時間の関係で言及できていない点も多々ありますが、関東大震災で得られた火災被害の教訓は現代都市で十分に解決されたとは必ずしも言い切れず、また高齢化社会、都市の拡大、建築物の高層化・大規模化等に伴う新しい危険も潜在しており、近い将来の大都市大震災時にも条件が悪ければ甚大な被害が発生する可能性は否定できません。公設消防の充実によって平常時の大火を経験することのない我々は、ともすれば広域火災リスクを根絶させたような錯覚に陥りますが、この100年で都市の火災安全性能が飛躍的に高まっているわけでは決してないことに留意する必要があるでしょう。

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