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五箇公一「特定外来生物を考える」

国立環境研究所 室長 五箇 公一

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環境省の外来生物法が2022年に改正されました。
この法改正によって、6月1日からアメリカザリガニとアカミミガメが法的規制の対象種となりました。今日は、この二種の外来種の規制の内容と、それが我が国の生物多様性保全の上で意味するところを解説したいと思います。

今から17年前の2006年に施行が開始された外来生物法は、世界でも類稀なる外来生物に特化した国の法律です。この法律では、生態系や人間社会に深刻な影響を及ぼす、あるいはその恐れがある外来生物を「特定外来生物」に指定して、規制対象とすることになっています。
具体な規制として、
① 輸入すること、
② 国内で飼育すること、
③ 国内で移動させること、
④ 国内で逃すこと、および
⑤ 国内で譲渡・販売すること、
以上の行為が全て禁止されます。

また、アライグマやマングースなどのように既に国内に定着して、被害を及ぼしている種については、国および自治体が主体となって、駆除を進めることとされています。
この法律によって、これまで156種類の特定外来生物が指定されてきました(2023年4月1日時点)。

ところが、この中には、深刻な生態影響を及ぼしているとされる、侵略的外来生物の「大御所」の2種類が含まれていませんでした。その2種とはアメリカザリガニとアカミミガメでした。

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アメリカザリガニは北米原産の甲殻類で、1927年にウシガエルを養殖する際の餌用に輸入されたとされます。ちなみにウシガエルも北米原産の外来生物であり、1918年から食用目的で輸入されました。その後、ウシガエルの需要の伸び悩みから、養殖場が閉鎖され、ウシガエル共々、飼育されていたアメリカザリガニが野外に逃げ出しました。

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当初、その野生分布は、養殖場のあった関東付近に止まっていましたが、戦後、人為的な移送・放逐によって急拡大して、現在までに全都道府県で生息が確認されています。一緒に逃げ出したウシガエルも全国に分布を広げています。
戦後間もない食糧難の時代には、アメリカザリガニもウシガエルも貴重なタンパク源として多くの日本人の命を支えてきました。しかし、戦後の経済復興が進むと、どちらの種も、食べる人はほとんどいなくなり、その個体数と分布エリアが増え続けました。

これら2種は、いずれも雑食性の大食漢で、ゲンゴロウやヤゴなど貴重な水生昆虫を手当たり次第に捕食することで、その存続を脅かす存在となっています。特にアメリカザリガニは、水草をそのハサミで切り取ってしまうことで、水生昆虫の住処を奪うという影響までもたらします。

日本固有の生物多様性を損なうリスクを持つことから当然、ウシガエルとアメリカザリガニは特定外来生物に指定されるべき外来種となります。

ところが実際に法律が施行されて特定外来生物に指定されたのはウシガエルだけで、アメリカザリガニは指定を免れました。

その理由は、ウシガエルは飼育している人はほとんどおらず、野生化した個体をとにかく駆除すればいいのですが、アメリカザリガニのほうは、ペットとして、長く、愛好されてきた種であり、その飼育人口は子供を中心として膨大な数になります。おまけに、小学校での理科実験の教材に使われているケースまであります。

そのため、法律で規制対象に指定すれば、社会的に大きな混乱を招くとともに、飼育個体が一斉に放棄されてしまう恐れがありました。以上の理由から環境省は、当面、指定を見送ることとしたのです。

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一方の、アカミミガメは、アメリカザリガニと同じく、北米原産種で、1950年代から、日本にペット目的で子ガメが輸出されはじめました。以降、日本国内での人気が鰻登りとなり、1990年代には年間100万匹を超える個体が輸入されたとされます。販売される時は掌に収まるほどのサイズの子ガメで、国内では「ミドリガメ」という愛称で親しまれてきました。しかし、カメ故に、寿命が長く、死ぬまで成長を続けます。

アカミミガメの場合は、30年〜40年も生き、最終的には甲羅の大きさも30cm近くにもなります。
大きくなれば、それだけ、大きな水槽が必要となるし、餌やりや水槽の掃除など世話にかかる時間と労力も増えます。

その結果、飼いきれなくなった飼い主たちが野外へと放逐するケースが後を絶たなくなり、野生化したアカミミガメの個体数と分布域は増大しました。現在、離島も含めて人が住むエリアであれば日本のほぼ全域でその分布が確認されています。

本種もまた、雑食性の大食漢で、小型魚類や、カニ、ザリガニなどの甲殻類、水生昆虫、水草などを食害し、地域の生物多様性に対して深刻な被害をもたらしています。またレンコンやハスも食べることから、人間に対して直接的な経済被害ももたらします。
生態系および人間社会に対して深刻な被害をもたらす外来種であることから、本種もまた当然、特定外来生物に指定されるべきと、専門家は誰しもが指摘しました。しかしアカミミガメも、アメリカザリガニ同様、あまりに飼育人口が多く、飼育禁止を伴う法的規制は、飼育個体の一斉放棄というリスクをもたらすということから、環境省は本種も特定外来生物への指定を見送ることとしました。

せめて輸入だけでも止められないのか、という意見もありましたが、法律施行開始時の法制度では、輸入禁止、飼育・販売禁止、および野外への放逐、がセットで規制されることとなっており、輸入だけ禁止にするということはできない仕組みになっていたのです。

その後も、研究者や地域の自然保護活動家らの地道な努力により、これらの外来種に対する有効な防除技術の開発も進み、駆除の成功事例も蓄積されてきました。そして法律開始から16年の月日を経て、ようやくこの制度上の縛りが見直されることとなりました。

2022年1月に「中央環境審議会」と言われる環境政策の方針を取りまとめる有識者会議において「アカミミガメやアメリカザリガニのように、飼育を規制することによって、大量に遺棄されるおそれが想定される侵略的外来種については、新たな規制の仕組みを構築して必要な対策を講じるべき」と、答申されました。

この有識者意見を踏まえて、2022年5月に制定された改正外来生物法では、アメリカザリガニとアカミミガメについては家庭などで飼育する行為は規制対象とせず、商業目的で海外から輸入すること、国内で移送・増殖すること、販売すること、および野外に逃すことが禁止となる、という「条件付き」の特定外来生物に指定されることとなったのです。

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今回の外来生物法改正により、この国では、海外からのアメリカザリガニとアカミミガメのこれ以上の持ち込みは不可とされ、また、意図的な飼育個体の放飼・放逐は刑罰の対象となります。さらに、国および自治体は、積極的にこれら2種の野生化個体の防除に取り組む「権限」と「責務」を負うこととなります。

この法的規制は2023年6月1日から開始されています。
ようやく、外来種の大御所2種による生態系被害を食い止めるための錦の御旗が立ったことになります。

しかし、アメリカザリガニとアカミミガメの防除を成功させる上で、一番肝心な点は、現在、飼育している人たちが、飼育個体を意図的であれ、非意図的であれ、絶対に野外に逃さないようにして、野生個体群の供給源を断つことです。

今、ご家庭でアメリカザリガニもしくはアカミミガメを飼育されている視聴者の皆さんは、大事なペットを逃すことなく、その一生が終わるまで面倒を見ていただくようお願いします。そして、この終生飼育の原則は全てのペット生物に当てはまることも忘れてはなりません。

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