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坂井豊貴「多数決の改善案」

慶應義塾大学 教授 坂井 豊貴

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1.多数決は多数派の意思を反映するか?
多数決は多数派の意思を常に反映するのか。しないとすれば、それをどう変えればよいか。今日は、複数の人々の意見を、ひとつに集約する方法について話します。

多数決は非常によく集団で使われます。選挙、会議、町内会。あるいはマンションの理事会。全員の意見が一致しているなら、皆の意見を一つにまとめる必要はない。でも大抵はそうではない。満場一致が常に起こるわけではない。そういうとき人間はよく多数決をします。

多数決というのはこういう仕組みです。まず選択肢が複数ある。各々の有権者は、その中で一番好きな選択肢に投票する。最多の票を集めた選択肢が勝ちます。

多数決への批判として、「少数意見も尊重せよ」とはよく言われます。しかし、そもそもですが、多数決は常に多数派の意見を尊重できているのでしょうか。実はそうでもないのです。よく似た選択肢のあいだで人々の票が割れて、多数派が負けることがあるからです。これを「票の割れ」といいます。

票の割れについて、2023年の衆院補選 千葉5区を例に説明しましょう。

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表はこの選挙の結果の上位を抜粋したものです。この選挙は、野党の立候補者が乱立しました。結果は、1位の英利アルフィヤさんと、2位の矢崎堅太郎さんの大接戦。当選したのは1位の英利アルフィヤさん。この選挙では3位から5位の人も、かなりの票をとっています。もし3位から5位の誰かが立候補しておらず、その票の多くが2位の矢崎さんに流れていれば、矢崎さんが当選していたでしょう。例えば、国民民主党や日本共産党の支持層は、自民党よりも、立憲民主党を相対的に支持する人が多そうです。選挙協力で立候補者を一人に絞れていれば、英利アルフィヤさんに勝てていたかもしれません。その場合、この選挙では、票の割れが起きていたわけです。立候補者が3人以上いる選挙では、こうした票の割れが起こりえます。

ところで、この選挙では、1位が過半数の票を得ていません。そこで、もし1位と2位で決選投票をしていたなら、結果はどうなったでしょう。決選投票では票の割れは起こりません。もしかすると、初回の投票で野党に票を入れていた有権者の多くが、決選投票では矢崎さんに投票して、矢崎さんが勝っていたかもしれません。

票の割れが起きにくいようゲームのルールを変えると、状況は変わります。多数決に決選投票を付ける、というのは一つのやり方です。初回の多数決で一位が過半数票を取らない場合は、票の割れが起きているかもしれないので、二位と決選投票をさせます。フランス大統領選ではそのような決選投票付き多数決が使われています。2022年の選挙結果がこちらです。

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1位はマクロンですが、過半数の票は得ていません。フランス大統領選には決選投票がついており、1位が過半数の票を取ってない場合には、1位と2位で決選投票をします。このときの決選投票では、マクロンが勝ちました。決選投票には候補者は二人しかいないので、票の割れは起きようがありません。

しかし初回の多数決では票の割れが起きているかもしれません。実際、2位ルペンと3位メランションは僅差です。4位以下の候補がどれか出馬していなかったら、メランションのほうが2位になり、決選投票に行けていたかもしれません。

2.さまざまな決め方と、決め方次第で変わる結果

単純な多数決では、票の割れが起こりえます。決選投票を付けると、決選投票では票の割れは起きません。とはいえ、決選投票の前の初回の多数決では、立候補者が3人以上いると、やはり票の割れが起こりえます。もっと本格的な代替案はないのでしょうか。一つの有力な案がボルダルールです。

ボルダルールとは、18世紀後半にフランスの数学者ボルダが本格的に分析した手法です。

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選択肢が3個だとすると、各有権者は一位の選択肢に3点、二位の選択肢に2点、三位の選択肢に1点を与えます。そして獲得した総得点が一番多い選択肢が勝ちます。図表をご覧ください。

図は次のように読みます。4人の有権者が、上からACBの順に好んでいる。これら4人の有権者の各々は、Aには3点、Cには2点、Bには1点を与える。この例だと、Cが最多の20点を獲得して勝ちます。重要なポイントですが、Cを一位にする有権者は2人しかいません。しかし誰もCを3位にしていない。いわばCは広い範囲からそれなりに高い点を集めているわけです。万人から広く支持されているといってもよい。

どういう選択肢が勝ちやすいかは、ルールによって変わります。
● この例では、普通に多数決をすると、Aは4票、Bは3票、Cは2票。Aが勝つ。
● 決選投票があるならAとBが決選投票に進む。そこでC支持者は、決選投票では次善のBに入れる。結果としてAは4票、Bは5票集めて、Bが勝ちます。

3.社会制度は天や自然から与えられるものではなく、人間が作るもの

さまざまな投票方式を研究する分野を、社会的選択理論と言います。この分野では、ボルダルールだけでなく、他にも優れた選挙方式が開発されています。

しかし、なかなか社会は新しい、優れた選挙方式を採用できません。選挙方式は一度導入すると、なかなか変えられないからです。選挙制度を変えるには、公職選挙法を変えねばなりません。しかし国会は唯一の立法機関で、与党が基本的に賛成しないと、公職選挙法は変わりません。ここで問題となるのはインセンティブです。現行の選挙制度で与党となっている人は、それを変えようとするインセンティブは乏しいです。これはどの国でも事情はほとんど同じです。一度選挙制度が法律で制定されると、それを変えるのは容易ではありません。

私たちは社会のなかに生まれます。社会制度に取り囲まれて生まれ、育ってゆく。そこにあるものを当然のものだと、受け入れてしまいがちです。しかし、いまある社会制度が使われていることは、その社会制度が優れたものであることを意味しません。
社会制度は天や自然から与えられるものではなく、人間が作るものです。作り変えることができます。

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