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首藤若菜「物流の『2024年問題』」

立教大学 教授 首藤 若菜

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私たちは、日々、コンビニエンスストアで飲み物やおにぎりを、スーパーマーケットで野菜や総菜を、インターネット通販で日用品や本を購入しています。こうした生活を支えているのが、物流です。日用品、飲料、野菜などは、生産された場所からコンビニやスーパーに、運ばれてこなければなりません。ネットで注文した商品は、梱包され、トラックに積まれ、自宅まで届けられなければなりません。商品の運搬、梱包、保管などの機能をあわせて、物流と呼びます。
この物流業界に「2024年問題」と呼ばれる危機が迫っています。
「2024年問題」とは、トラックドライバーの労働時間が短くなるために、これまでと同じように荷物を運べなくなるのではないか、という懸念を指します。
私は、トラックドライバーの労働問題を研究しています。今日は、「2024年問題」とは何か、また今後の対策についてお話いたします。

日本では、トンベースでみると、貨物のおよそ9割がトラックによって運ばれています。私たちの社会は、トラック輸送のうえに成り立っていると言え、この物流の停滞は、経済や暮らしに大きな影響を及ぼします。
そもそもなぜ、ドライバーの労働時間は、2024年から短くなるのでしょうか。これは、ドライバーにも、いわゆる「働き方改革」が適用されるためです。「働き方改革」関連法の一つとして、労働基準法が改正され、時間外労働の上限規制が導入されたのは、2019年4月でした。

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時間外労働の上限は、原則として月45時間、年360時間と定められ、特別な事情があり、労使が合意した場合に限り、年720時間となりました。
しかし、この上限規制の適用が、猶予され、かつ除外された業務がありました。建設業、自動車運転の業務、医師などです。これらは、深刻な長時間労働がみられるために十分な猶予期間が必要だとの理由から、施行が5年先となり、2024年4月からとなりました。
なかでも、自動車運転の業務は、段階的に労働時間を短縮させる必要があるとされ、時間外労働の上限を年960時間とする別の基準が設けられました。

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年960時間を12で割り、ひと月あたりにならすと、月80時間になります。厚生労働省は、過労死などをもたらす過重労働の判断として、「2か月間ないし6か月間にわたって、1か月あたりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合」を基準としています。 
すなわち、トラックドライバーにも、5年遅れて、時間外労働の上限規制が適用されますが、それは一般労働者よりも240時間も長く、いわゆる過労死ラインの水準です。
あくまでも例外的な基準として定められた年960時間は、「できるだけ早期に一般則に移行」する方向が示されています。このことから、ドライバーの労働時間の短縮は、2024年4月から始まりますが、これで終わるわけではありません。一般労働者と同じ規制のもとでドライバーが働くには、さらに労働時間を短縮させなければならず、2024年は、その始まりの年と言えます。

また、現行のワークルールでは、年960時間を超える労働が実質的に許容されていることも事実です。
全日本トラック協会の調査によれば、年960時間を超えて働くドライバーが「いる」と回答した事業者は、27.1%に上ります。
 こうした労働実態ゆえに、この業界では労災認定件数が突出して多い状況にあります。

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2021年度の脳・心臓疾患の労災支給決定件数は、172件でしたが、そのうち56件が道路貨物運送業でした。長時間労働などの過重労働によって引き起こされると言われるこの労災は、3件に1件がトラック業界で起きています。

一人あたりの労働時間を減らさなければならないのであれば、人手を増やせばいい、と思われるかもしれません。しかし、トラック業界は、なり手不足が深刻です。

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2023年3月の有効求人倍率は、職業計が1.22だったのに対し、自動車運転の職業は2.48と倍以上でした。有効求人倍率は、求職者数に対する求人数の割合ですが、「自動車運転の職業」では、求人数の増加以上に、求職者数の減少によって、有効求人倍率が上昇しています。
政府は、2022年9月に「持続可能な物流の実現に向けた検討会」を設置しました。
その議論の過程で、2024年4月には14.2%、約4億トンの輸送能力が不足するという推計値を発表しました。また、労働時間の短縮に、人手不足の影響もあわせると、2030年には、およそ34.1%、9.4億トンの荷物が運べなくなると見積もられています。

加えて懸念されることが、労働時間の短縮により、ドライバーの賃金が下がり、離職者が増え、人手不足がさらに深刻になるのではないか、ということです。

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今日、男性トラックドライバーの平均年収は、全産業の男性労働者平均を100とした場合、大型トラックで84.8、中小型トラックで78.8の水準にとどまります。ドライバーの賃金水準は、2010年以降、上昇してきましたが、それでも男性平均よりも2割ほど低い水準にあります。
また、残業代などが含まれる賃金でみると、平均賃金に近づくものの、残業代などを含まない賃金では、平均の8割か、それに達しないことも分かります。つまり、ドライバーたちは長い残業をこなすことで、平均に近い収入を獲得していることを物語っています。ドライバーの労働時間を短くし、かつ人手を確保するためには、賃金単価を上げる必要もあります。

では、どうしたらいいのでしょうか。労働時間を短縮し、賃金を上昇させるには、生産性を上げる必要があります。
ドライバーの労働時間を短縮させるには、例えば、従来、九州から東京まで一人のドライバーが荷物を運んでいた運行を、大阪でドライバーを交代させ、2人で運ぶようにします。中継輸送と呼ばれる方法です。ただ、ドライバーが一人から二人に増えれば、人件費が増加します。そのため、より大型の車両にしたり、積載率を上げたりして、一人がより多くの荷物を運び、より高い運賃を獲得する必要があります。私たち消費者も、運賃の値上げを受け入れることが求められるかもしれません。
また、ドライバーの長時間労働は、荷物を発注する側や、荷物を受け取る側の行動ゆえに引き起こされている面が少なくありません。例えば、トラックで荷物を運ぶには、必ず、最初にトラックに荷物を積み、運送後に荷物を下ろす必要があります。

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この積み下ろしは、荷物を載せる台=パレットを使えば、フォークリフトによって短時間で済ませることができます。しかし、パレットを使うと積載率が低下することや、パレットの回収が難しいことなどを理由に、パレットの利用が、なかなか進みません。その結果、ドライバーたちは、段ボールを一つずつ手で積み下ろす「手荷役」を強いられています。10トン車に手で荷物を積めば、およそ2-3時間かかります。これは、長時間労働の一因であるだけでなく、身体的負荷が極めて高い労働です。他にも、積み下ろしのために長時間待たされたり、運賃が低いために高速道路を使えなかったりすることが、ドライバーの労働時間を伸ばし、この業界の生産性を引き下げています。
 物流を止めることなく、ドライバーの労働時間を短くしていくためには、運送会社のみならず、荷主も、パレットを使う、待ち時間を減らす、高速代金を適正に負担するなどの協力が必要です。そして消費者である私たち一人ひとりにも、理解と協力が求められています。

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