岡浩一朗「座りすぎ 健康への影響」
2023年05月01日 (月)
早稲田大学 教授 岡 浩一朗 先生
最近、長時間にわたって座っている人が多くなっています。いわゆる「座りすぎ」がもたらす心と身体の健康への悪影響が注目されるようになり、盛んに研究が行われています。今日はこの問題について考えてみたいと思います。
まず、はじめに、座りすぎの健康への影響について解説したいと思います。みなさん、座りすぎが寿命を縮めると聞くと驚くのではないでしょうか?
たとえば、成人を対象に座っている時間が、死亡にどう影響を与えるか。
オーストラリアのシドニー大学の研究グループが、約2年10か月の期間にわたり追跡し、座っている時間の違いによる死亡率を調査しました。対象は45歳以上、22万人あまりです。結果は、調査の最初の時点で座っている時間が、1日にトータルで11時間以上の人は、4時間未満の人に比べて、死亡率が1.4倍と高くなることがわかりました。
重要なポイントは、たとえば、週あたり150分程度、普通のスピードで歩く以上の活動や運動を行っていたとしても、それ以外の時間に座りすぎていたら、このような健康への悪影響は十分に減らないという点です。
これまでの座りすぎの健康への悪影響について検討した複数の研究を統合して整理したメタ分析によれば、結腸がんや乳がん、心血管疾患や脳卒中、それら大きな疾患の原因である肥満や糖尿病などの発症にも、座りすぎが関与していることが知られています。
次に、座りすぎが健康障害を引き起こすメカニズムについてお話したいと思います。座りすぎがなぜ様々な健康障害を引き起こすのか、そのメカニズムについては未だ十分に解明されていませんが、ここでは近年の座位行動研究の分野において盛んに取り上げられている肥満や糖尿病、高血圧等に代表される心血管代謝疾患に着目し、その発症や機能低下が生じるメカニズムについて、現段階で想定されている説を紹介したいと思います。
一般的に、立っている時は姿勢を維持するためにふくらはぎの筋肉が持続的に使われ、歩くとさらに太ももの大きな筋肉も盛んに使われるようになります。このような身体を動かすことに伴う筋の収縮は、血糖や中性脂肪などに関わる代謝の働きを活発にします。一方、立っている時や歩く時に比べて、座ったり寝転んでいる場合は下肢の筋の収縮はほとんど生じません。そのため、座りすぎると代謝の働きが悪くなり、結果として様々な病気の原因となる血糖値や中性脂肪の濃度が高まると考えられています。
また、座りすぎが血管の機能を低下させる可能性も示されています。長時間座りすぎることにより下肢で赤血球が固まりやすくなり、血液の粘り気と炎症の有無や程度を表す炎症マーカーが高まることが指摘されています。さらに、座りすぎにより筋交感神経活動が高まり、血圧を上昇させ、血管の機能を低下させることも報告されています。
このようなメカニズムを通じて、座りすぎが肥満や糖尿病、高血圧といった生活習慣病の発症リスクを高めると考えられています。
最後に、座りすぎ対策の現状について紹介したいと思います。座りすぎを少しでも減らすために、どのような取り組みを行っていくべきかが世界中で議論されています。たとえば、仕事中にデスクワークが多い人の座位時間を減らすために、就業時間を8時間と想定した場合に少なくとも合計2時間程度はデスクワークに伴う座位行動を減らし、立ったり、少し身体を動かしたりするといった軽い強度の活動に充てることが奨励されています。
そのため、最近では昇降デスクがオフィスなどで有効活用されています。デスクの高さを上げたり下げたりすることで、立っての作業姿勢に容易に切り替えることができます。結果として、仕事中、座っている時間が約2時間減少するとともに、心血管代謝の健康指標や労働生産性に関わる指標が改善することも報告されています。
最近では、座りすぎ解消のためのウェアラブルデバイスも開発されています。中には長時間座っていると1時間に1回「立ち上がって、1分間ほど動きましょう」といったメッセージがバイブレーションとともに表示されます。このメッセージが刺激となって、トイレ休憩や飲み物を買いに行くために立ち上がって歩き回ったり、その場で軽めの筋トレやストレッチを行うといった行動が促進されるようになります。今後、さらにこのようなウェアラブルデバイス等が進化し、座りすぎ対策にとって重要な役割を果たす可能性があるでしょう。
世界保健機関(WHO)の健康づくりのための身体活動・運動の指針である「身体活動ガイドライン」が、約10年ぶりに改訂され、新しい試みとして「座位行動」がタイトルに含められました。このことは座りすぎ対策に積極的に取り組むことの重要性を強調しています。
成人に対する具体的な指針の内容として、「座りっぱなしの時間を減らすべきである。座位時間を身体活動に置き換えることで、健康効果が得られる」といった点に触れています。
日本でも、現在「身体活動・座位行動ガイドライン」の改訂作業を行っており、座りすぎ対策の推進に向けた内容を盛り込む予定です。できる限り座位時間を減らすとともに、長時間連続した座位行動を中断する必要性に注目しています。
新型コロナウイルスの流行により、以前よりも座りすぎを実感した人も多いと思います。そのため、1日の座位時間ができるだけ長くならない、目安としては8時間以上にならないように気を付けましょう。また、30分に1度は座った状態から立ち上がり、コーヒーブレイクやトイレに行くなど、少しでも良いので動く頻度を多くすることをお勧めします。
テレビのチャンネルを変える時にリモコンを使わない、テレビを見ながら他の用事(ちょっとした掃除、皿洗いなど)を済ますなど、日常生活におけるちょっとした活動を積み重ねることによって、座りすぎの健康への悪影響を回避していただければと思います。